EPILOGUE
「大いなる喜びを持って、大陸全土の人々にお伝えします。新しい法王聖下が選出されました」
ヴァルド枢機卿によってそう宣言されると、聖ペテル宮前の広場に集まっていた群集から大きな歓声が上がった。
「俗名ルクト・ハンザ。法王名は、エフィリアス9世」
さらに続けられたヴァルド枢機卿の言葉に、人々はさらに大きな歓声を上げる。
僕は、その歓声に応えるために、中央バルコニーへ歩を進めた。
広場は、人で埋め尽くされており、僕が姿を見せると、「法王聖下万歳!」、「エフィリアス9世聖下万歳!」という声が次々に上がった。
僕は、人々に静まるよう、右手を挙げると静寂が訪れるのを待つ。
そして、一瞬の沈黙を置き、法王就任の第一声をあげた。
「私は、この指名に恐れおおのいています。しかし、未だ混沌としているこの世界の秩序のために、そして、あなた方の、いや我々の幸福のために、私はこうしてあなた方の前に姿を現しました。
さあ、今から、我々の理想とする秩序ために、歴史の道を、教会の道を、ともに歩みましょう。
私のために祈って下さい。そして、あなた方に奉仕できるよう助けて下さい」
ここで、僕は言葉を切った。彼らの歓声を待つためだ。
法王聖下万歳!
エフィリアス9世聖下万歳!
次々を沸き起こる拍手と喝采。
僕は、人々の感情が高まる機を見計らい、声高に宣言する。
「全ては、秩序のためにっ!」
『全ては、秩序のためにっ!』
「全ては、秩序のためにっ!」
『全ては、秩序のためにっ!』
「全ては、秩序のためにっ!」
『全ては、秩序のためにっ!』
僕は、自分がこの世界の秩序の代理人、ライン法王の座に就いたことを実感していた。
この大陸で最高の権威と権力を持つ地位。法王の行くところ、拍手と喝采が沸きあがり、人々は誰しもその存在に憧れる聖俗両世界に君臨する最高の存在。
しかし、僕は法王になっても、なんら満たされることはなかった。僕の中の"渇き"は癒えることはなかった。
僕は、ルッツ卿から、イリシスが『扉』になったことを聞いた。そして、二つの物を渡された。
一つは、イリシスが作ったプディング。
そして、もう一つは、日記だった。
あの日、イリシスに真実を告げてから僕は、一度も、イリシスに会いに行かなかった。
もちろん、イリシスを『抹消』させないための政治的工作に忙殺されていたためだが、正直言えば、会いに行こうと思えば会いに行くことはできた。
でも、怖くて行けなかった……。
自分がした仕打ちに対するイリシスの反応が怖かったのだ……。
こんな情けない男が法王なんて……ほんまに笑えるわ……。
僕は、イリシスの日記を読んだ。
何度も……何度も……涙で紙がぼろぼろになるまで読んだ……。
自分の存在に対する戸惑い。
自分の運命に対する恐怖。
そして……あるかもしれない『未来』への想い……。
恐怖と闘いながら、それでも強く生きようとするイリシスの姿がそこにはあった。
あるかもしれない『未来』で、僕はイリシスに言うことができるのだろうか?
たった一言を……そう……『おまえのことが必要や』という言葉。
……気づくのが遅すぎた……。
よく、失ってからそのものの大切さを知るというがまさにその通りだった。
どうして失う前にそのことに気づかなかったのだろう。
どうして、どうして、僕は、イリシスに「おまえのことが必要だ」と言ってあげられなかったのだろう……
たった一言なのに……それなのに僕は……それを言うことができなかった……。
僕は、なぜあんなに悩んでいたのだろう……ただ、イリシスが必要だ、一緒にいたい、それだけで良かったのに……。
『贖罪』のために一緒にいるなんて……どうして僕はそんなふうにしか考えられなかったんや……。
イリシスと一緒にいるのに、理由なんていらなかったのに……。
そう、理由なんていらなかった。
イリシスと一緒にいたい……それだけで十分だった……それだけで十分だったんや。
でも、僕にはそう思うことがとても難しかった……いや、難しいと思い込んでいただけか……。
ほんま、バカな"お兄ちゃん"やな……。
『わたし、どんな姿になっても、お兄ちゃんとずっと一緒にいたいです……』
イリシス……僕は、おまえがどんな姿になっても、ずっと一緒にいる。
そして、このおまえの願いを"最後"の願いなんかにさせへん。
絶対におまえに『未来』を見せたる!
もう一度、イリシスと一緒に暮らしたい。
もう一度、イリシスと一緒に笑っていたい。
そして……もう一度、イリシスと出会いたい。
まだ、全ては不確定のまま……
イリシス……僕は、おまえに言いたいことがあるんや……。
「イリシス、僕には、おまえが必要や」
了
完結しました。
続編予定しております。
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