ある少女の日記 8月12日 くもり
今日は、フィナさんが会いに来てくれた。
フィナさんは、わたしの顔を見るなり、「イリシスちゃん、ごめんっ!」と言って頭を下げた。
「もういいですよ、フィナさん。わたし、ルッツさまから全て聞きましたから」
「……でも」
「本当にもう大丈夫ですから。それに、ルッツさまやフィナさんは、わたしのことを考えてくれていたことはわかっていますから」
わたしがそう言うと、フィナさんは穏やかな表情になった。
やっぱり、フィナさんにはこの表情が一番似合う。
こうしてわたし達は互いに打ち解け、以前のような関係に戻ることができた。
この関係は、以前と全く同じではないけど、とても懐かしく、心地良いものだった。
それからわたし達は、深夜まで色んなことを語り合った。
ここに、今日フィナさんが話してくれた中で一番わたしの印象に残ったことを書いておこうと思う。
それは、フィナさんのお兄さんのことだ。
フィナさんには、一つ年上のお兄さんがいるらしい。
背が高くて、顔が良くて、頭も良くて、しかも優しいとても素敵なお兄さんだと、フィナさんは言った。
いないよ。
そんな人なんているわけがない。
ちょっとフィナさん……うーん、何だっけ?
……あれあれ……えーっと、そうだ! "ブラコン"だ!
フィナさんってブラコン入っている気がした。
そのことをフィナさんに言ったら、「イリシスちゃんには負けるわ」と言われた。
むぅーっ、わたし、"ブラコン"なんかじゃないよっ!
ほんとにもう……フィナさんたらっ!
「でもね、私、お兄様との思い出があまりないの」
「どうしてですか?」
「お兄様は聖ライン大学に進学したから、休暇のとき以外には家にいなかったのよ」
「寂しくなかったですか?」
「もちろん寂しかったわよ。でも、あんなにがんばっているお兄様を見ていたら、わがままなんて言えなかった……むしろ、私もがんばらなくちゃって思ったの。だから、私は、お兄様と同じ騎士の道に進んだの」
「へぇー、お兄さんも騎士なんですか?」
「そうよ、本当にとてもカッコ良いんだから……でも……正直言うと、私、イリシスちゃんが羨ましかったんだ」
「どうしてですか?」
「だって、イリシスちゃんとルクトさんっていつも一緒にいたじゃない。本当に嬉しそうにルクトさんの世話をやいていたイリシスちゃんを見て、いつもいいなあって思っていたの」
「あ、あれはお兄ちゃんが、本当に情けなかったからで……フィナさんのお兄さんみたいな素敵な人の方が良いと思いますよ」
そうか……そうなふうに見られていたんだ。ストアにいるときは、本当に"しょうがないお兄ちゃん"だって思っていたんだけど……でも、なんだか嬉しいな……ちょっと恥ずかしいけど……。
「ルクトさんだって素敵じゃない?」
「あんなダメダメお兄ちゃんなんて素敵なはずないじゃないですかっ!」
フィナさんがお兄ちゃんを"素敵"だなんて言ったので、わたしは全力でそれを否定した。
……べつに嫉妬じゃないからね……お兄ちゃん……。
「まあ確かに……ルクトさんってほんとイリシスちゃんに頼りっぱなしだったからね。まあ、改めて考えれば、やっぱりルクトさんは、ダメダメお兄ちゃんか」
「そうですよ、お兄ちゃんは、ダメダメお兄ちゃんです」
そして、わたし達は、お互いに顔を見合わせると、同時に笑い出した。
本当にお腹の底から笑った。
本当に可笑しかった。
わたしは、可笑しすぎて涙が出るほどだった……。
フィナさんは、わたしが泣いているのに気づくと笑うのをやめて、わたしのことを優しく抱き締めてくれた。
でも、わたしは無理にでも笑い続けた。
だって、とても可笑しかったから……笑い続けるしかなかった……。
笑い続けるしかなかった……。