表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンビエント・リング  曖昧な輪の連  作者: 降矢木三哲
アンビエント・リング 第一部
80/98

ある少女の日記  8月11日 晴れ

今日から日記を書くことにした。

 


さっき、ルッツさまから聞かされたことが、とても嬉しかったからだ。



一昨日、お兄ちゃんに真実を告げられたわわたしは、誰も信じられなかったし、信じたくもなかった。

 


ルッツさまも、フィナさんも……そして、お兄ちゃんも……誰も信じられなかった。

 


もう……何が本当で何が嘘なのかもわからなかった。

 

 



わたしが『聖女』……?

 

 



いきなりそんなことを言われても、何の実感もわかなかったし、どう反応すればよいのかよくわからなかった。

 

お兄ちゃんと再会したときに、ある程度のことは覚悟していたけど……まさか、自分が『ペジエの聖女』だったなんて……信じられるわけがない……信じろという方が無茶だ。


しかし、今はその事実を受け入れることができている。


それは、ルッツさまのおかげだ。

 

ルッツさまは、わたしについて、そして、この世界についての様々なことを丁寧に、そして、わたしの気持ちを考えながらお話して下さった。

 

もちろん、ルッツさまが言っていることを、はじめは信じることなんてできなかった……お兄ちゃんが、自分の師の『意思』を知るために、わたしを利用していたなんて……。



最初からわたしの考えていた"日常"なんてなかったなんて……そんなのひどすぎる……。



わたしが、そのことを自嘲ぎみにルッツさまに言うと、「それは違うぞ」とルッツさまは強い口調で仰った。



「確かに、ルクト殿は、イリシスを師の『成果』だと考え、師の『意思』を知る為にイリシスに接していたのかもしれない。しかし、イリシスを本当に大切に思い、そして、イリシスを利用していることに苦しんでいたことも事実だ」



「じゃあ、どうして黙っていなくなったりしたんですか!?」



「イリシスに、幸せになってもらいたかったからだよ。ルクト殿は、いつも元気で楽しそうにしているキミの姿を見て、『彼女にはこんな普通で穏やかな日常を過ごさせてあげたい、そのためには自分の存在が邪魔になる』と言っていた」


「なにそれ……どうしてお兄ちゃんの存在が、わたしが幸せになるのに邪魔になるの……?」


「検邪聖庁であり法王候補であるルクト殿が、"普通で穏やかな日常"なんて過ごせると思うか?」



「じゃあ、聖職者なんてやめればいいのよっ!」


 

わたしは、自分でも無茶苦茶なことを言っていると思った。


でも、このときのわたしは、ルッツさまではなく、お兄ちゃんに向かって喋っているような気になっていたのだ。

 

ルッツさまは、そんなわたしに、優しく微笑みかけて下さり、「ルクト殿も、できることならそうしたいと、一度私に言ったことがある」と仰られた。


「嘘よっ! そんなの信じられないっ!」


「本当だよ。私はそのときのルクト殿の悲しそうな表情をよく覚えている」


「嘘よ……そんなの嘘……」


「イリシス、ルクト殿は、自分に与えられた役割があることをよく理解されていた。確かに、能力のない者が、身の程を超えたもの求めることは罪だ。しかし、一方で能力のある者が、その能力に見合ったものを求めないことも罪なのだ。

 

ルクト殿は、教会にとって、そしてこの世界の秩序にとって必要な能力を持っている。その彼が、自らの役割を放棄したらどうなる?」


「そんなの……わたしには……わたしには、わかんないよ……」

 

嘘だ……本当は、ずっと前からわかっていた……お兄ちゃんには、お兄ちゃんの理由があるということを……。

 

でも、お兄ちゃんが、わたしの"お兄ちゃん"でいて欲しかったから、できるだけそのことには触れないように……気づかないようにしてきた。


「今はそれでもいい……ただ、ルクト殿は、本当にイリシスのことを大切に思い、そして自らの役割とイリシスの狭間で苦しんでいたということだけは覚えておいてくれ」


「そして……お兄ちゃんは、わたしを捨てて自分の役割の方を取った……結局、そういうことでしょ……」

 

 



本当に嫌な言い方だった。

 

 




しかも、ルッツさまにそう言ったのだ。


今思い返しただけでも、自分で自分のことが恥ずかしくなってくる。


「イリシス、それは違うぞ。ルクト殿は、キミを捨てることなんて出来ていない。その証拠がある」


「その証拠って何よっ! あるなら見せてよっ!」





「それは、キミ自身だよ、イリシス」





「わたし自身……」 


「そうだ」

 

 

そして、わたしは知った。

 

 



『聖女』と『扉』の意味、そして、これからわたしが迎える結末……。

 

 




ルッツさまは、激しく取り乱すわたしを慰め、諭しながら話してくれた。


「イリシスに『扉』の能力があることが判ったとき、ルクト殿は、『このことは長老達に黙っておいてくれませんか。長老達がこのことを知れば、イリシスは、もう"日常"に戻れなくなってしまいます。それだけは絶対に避けたい』と、私に言った。



もちろん私は、ルクト殿に反対した。



こんなことをキミには言いづらいが、私は、キミのことを直ぐに処分するべきだと主張したのだ。私は、『扉』の持つ能力、そして、それがもたらす危険性を非常に危惧していた。


 

しかし、ルクト殿は、『イリシスが『扉』に戻る可能性は、ほとんどありません。それに……もし、イリシスが『扉』になるようなことがあれば、私が責任もって処分しますっ!』と必死になって、土下座までされて私に頼んできた。

 

そのとき私は、ルクト殿にとってイリシスは、それほどまで大切な存在になっていたということに気づいたのだ。

 

私の方が年長者だとはいえ、教会における地位や能力ではルクト殿の方が上だ。そのルクト殿に、土下座までされては断ることなんてできなかった。それに、キミが『扉』に戻る可能性は、ほとんどなかったことも事実だった」

 


ルッツさまは、本当に、本当に辛そうにわたしに話してくれた。


もう誰も信じることができない、信じたくないと思っていた。


でも、その固く閉ざそうとしていたわたしの心に、ルッツさまの優しさが流れ込んで来た。





「イリシスに『未来』を見せるため、今ルクト殿は法王選出会議の元老達を説得している」





「……『未来』? だってわたしは……」


「"彼女"から聞いたはずだ。イリシス、キミは『眠り』につくだけだと」


「"彼女"って、あの『扉』の……」


「そうだ。"彼女"と『共鳴』したことによってキミの『扉』化を止められている。そしてキミは、その代償としてあと十日あまり後に『眠り』につくことになる」





その事実のどこに『未来』があるの?


 

……とわたしは口に出しそうになった。



「しかし、その『眠り』は、『未来』への可能性だ。今の我々ではキミを救うことはできない。しかし、時間さえあれば、そしてピエトのヤツの行方が分かればキミに『未来』を見せることができるはずだ。

 

イリシス、どうか我々を……ルクト殿を信じてくれ」

 


ルクト……お兄ちゃんを信じる……それは……なんて……。

 

それは……そんなの……信じたいに決まってるじゃない!

 

信じたい!

 

信じたい!

 

お兄ちゃんを信じたい!

 

信じたいよ!

 

そんなの決まってるよ!

 

だって!

 




わたしには、お兄ちゃんが必要なんだもの!

 

 

 



そのとき、わたしは決めた。

 

 

 


最後の最後まで、自分の信じていたこと信じ抜くということを。


決して、諦めないでがんばるということを。

 

わたしには、まだ『未来』があるかもしれないのだ。


その可能性が少しでもあるなら、わたしはがんばれる。その『未来』で、わたしの想いをお兄ちゃんに伝えたいから。

 

わたしは、これからこの日記に、わたしのお兄ちゃんに対する想いを書いていこうと思う。


そうすれば、もし……もしもわたしに『未来』が訪れなくても、この日記を読んでもらえば、わたしがお兄ちゃんのことが大好きだったことを、お兄ちゃんに伝えることができるから……。

 

 




ふーっ、今日は、これぐらいにしておこうかな……なんだかとても眠くなってきた……身体も少しだるいかな……。

 




疲れが出たのかなぁ……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ