第六章 曖昧な輪は確定せず Ⅳ-ⅱ
―病院 ……それは……あの白い世界のこと……?
歪な自動人形だったあたし……。
そして、あたしをそんな姿にしたのは……今目の前にいるこの男……。
「…………」
マリーナは、口を動かすことができなかった。
エルバによって刻み込まれた恐怖が彼女の身体を支配しようとする。しかし、それに彼女は抵抗する。
―あたし……この男に……。
―あたし……この男が……。
―あたしは……負けない……この男には負けるものか!
マリーナは、数秒の沈黙の後、静かに「覚えています」という言葉を口に出した。
エルバは、その彼女の言葉を聞くと、ゆっくりと立ち上がり窓の方へ歩いていった。
そして、窓から外を見ながら「私は、最近貴方を取り調べたことをよく思い出します」と言った。
このエルバの告白は、マリーナにとって想像もしていなかったことだった。
彼女が把握しているエルバという人間は、そんなことを思い出すはずはなかった。
しかも……それを告白するときに、こんな憂いに満ちた表情をするはずはない。
マリーナには、窓ガラスに映ったエルバの表情が見えていた。
マリーナの中のエルバ像が揺らぐ。
「……どうしてそんなことをあたしに言うの……?」
「……さあ、どうしてでしょう……? 私にも分かりません」
「だったらそんなこと口に出さないでよ! 人の想いを理解できないくせにそんなことを言わないでよ!」
マリーナは、声を荒げた。
それは、怒りからではなく、戸惑いから生じたものだった。
「帰ります!」と言い捨てて、マリーナは部屋を出ていった。
そして、エルバは独り部屋に残された。
「『人の想いを理解することができないくせに』か……また言われたな……」
そう言って、自嘲ぎみに笑うエルバ。
彼の視線は、青く広がる空へと移っていく。
「ルクト……おまえは、オレとは違うんやろ?」