第六章 曖昧な輪は確定せず Ⅳ-ⅰ
「お、これは珍しいお客さんやな」
エルバは、机の上に投げ出していた足を下に降ろすと訪問者を部屋の入口で迎えた。
「私は、エルバ様に呼ばれて来たと思うのですが」とマリーナは、たっぷりと不愉快の色を含ませた声で言った。
「そうやった、そうやった。長老達に謹慎されてしまって暇をもてあましててんや。少し話し相手になってくれへんか?」
「公務でなければ失礼させていただきたいのですが」
「ま、公務が半分、そして個人的なことが半分といったところや」
「……わかりました」
マリーナは、エルバの勧めるソファーに座った。そして、その向かいにエルバも座る。
「では、まず公務の方から片付けようか」というとエルバの顔つきが変わった。
『教会の目』の顔だ。
マリーナの身体がピクンと震えた。
マリーナには、まだエルバに対しての恐怖心が残っていた。
こうして近くで真正面から接するときあの恐怖が少しずつ蘇ってくる。
「トロアにおける貴官の命令違反についてだが……」
マリーナは、覚悟を決めていた。
この男は、絶対にそういうことは許さない。
今までも同様の件で処分されていった人間を何人も知っている。
「ま、あれはあれで良かったから、今回については御咎めなしということでええわ」
「えっ?」
マリーナは、一瞬何を言われたのか理解することができなかった。
「だから、今回は大目にみるってことや」
エルバは、笑顔でそう言う。
マリーナは、その笑顔のエルバを見つめる。―この男……何を考えている?
「そんなに見つめやんといてや……恥ずかしいやん、さてはオレに惚れたな?」
「惚れてません!」
マリーナは、全力で否定した。
「そんなに力いっぱい否定せえへんでええやん。この前、フィナちゃんに『おっぱい揉ませて』と言ったときもこんな感じに否定されてんから……」とエルバは、ほとんど半泣きの状態で言った。
―この男……そんなことを言ったの……あの『女狼』と呼ばれているフィナ・ノバルティに……?
やっぱり、こいつバカかもしれない……。
「ま、それはそれとして、次は個人的なことなんやけど……」
「手短にお願いします」
マリーナは、毅然とした態度をそう言った。
「私が、貴方の病院に訪ねていったことを覚えていますか?」