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アンビエント・リング  曖昧な輪の連  作者: 降矢木三哲
アンビエント・リング 第一部
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第六章  曖昧な輪は確定せず  Ⅲ-ⅱ 【ルクト】

そして、あれから、十年近く経ってしまった……。


この十年の間、オステル先生の『意思』を明らかにすることが僕の生きる目的だった。


イリシスと出会った頃の僕は、イリシスを、『魔』から生還した唯一の症例であると考えていた。





したがって、イリシスが普通の少女と変わりがないのなら、『魔』に取り込まれた者を救うことが教会の最重要課題となっている今日、オステル先生は異端者どころか救世主になることができる!

 




ストアは、いわばイリシスが"普通の生活"ができるか否かを試すための実験場だった。


僕は、イリシスの成長とその生活を観察し、ときには薬を使用したりしてイリシスが、"普通"の少女であることを証明しようとした。

 

この研究の当初、僕は、イリシスのことを単に『オステル先生が残された成果』としか見ていなかった。


僕は、イリシスを"普通の少女"であると口では言っておきながら、一人の人間として見ていなかったのである。実際あの頃の僕は、イリシスを自分の目的の為の道具としか考えていなかった。

 

僕は、何も知らないイリシスに対して、接しやすく、感情を見せやすい人格を装い、疑似家族を演じていた。


そして、イリシスは、徐々に僕に対して心を開いてくれるようになり、僕のことを"お兄ちゃん"と呼び始めた。

 





僕の思い通りの展開だった。

 





しかし、この生活を続けて行くうちに僕は、"演じている"という感覚がなくなっていった。


普通に"お兄ちゃん"としてイリシスに接するようになっていったのだ。

 


この人格自体は、家族や親しい友人に対して見せているものだったのでそう不自然なことでもないとも言えた。


しかし、全くの他人であり、しかも自らの研究対象であるイリシスに対しては別論だ。

 

 




この展開は予想外だった。

 

 




しかし、僕自身が違和感なくイリシスと接することは、この研究にとても都合が良いことであった。


この研究の目的は、イリシスが"普通"であることを証明することだったからである。

 

 




研究は、順調に進んで行った。

 

 




しかし、ストアで過ごす三度目の冬、レクラムが、『聖ルゴーニュの惨劇』を引き起こした。


かかる事件により、レクラムはオステル先生と並ぶ第一級異端者となったが、そのレクラム自身、オステル先生が残した覚書、『オステルの書』に基づいて『扉』を生成したということが、僕を混乱させた。

 

しかし、『扉』の原理とその生成過程を知った僕は、あることに気づいた。

 

 



もしかして、『扉』は、『聖女』の一段階前のものではないのか?

 

 




このように考えれば、全てが整合する。

 

つまり、『扉』の持つ効力は、オステル先生が意図したものではなく、研究仮定における単なる副産物にすぎないということだ。


僕は、研究の中止を勧告してきた長老達に、そう説明して納得させた。


しかし、僕はイリシスに、『扉』としての能力があることに気づいてしまったのだ。今は、"心"が『扉』を塞いでいる状態にあるので何の問題もないが、もし何らかの原因で"心"が消えてしまったら、イリシスは『扉』に戻ってしまうだろう。


この事実に気づいた僕は、確かに動揺はしたが、イリシスが"心"をなくす場合などまるで考えることができなかった為、長老達に報告はしなかった。


ただ、長老達がこの事実を知れば、もはや、イリシスを "普通の生活"に戻してあげることができなくなることは確実だった。

 

おそらく、イリシスと出会った頃の僕なら迷わずに長老達に報告していただろう。


しかし、そのときの僕は何の躊躇いもなく、一番にイリシスのことを考えた。オステル先生の『意思』でもなく、自分の研究のことでもなく、まず、イリシスのことを一番に考えたのだ。

 

 



そして、僕は、それから二度目の冬にイリシスの下を去った。

 

 




オステル先生の『意思』に対して自分の解釈をつけることができた僕には、もはやストアに留まる理由はなかったのだ。


そして、『交付契約説』と『創造説有因論』を整合させる理論、『二段階創造説』の基礎理論も完成していた。


あとは、先生にかかっている異端の嫌疑を晴らせば、イリシスは本当の自由を得ることができる。法王庁から監視されることもなくなるだろう。


自分の行きたいところへ行き、自分のやりたいことができるようになる。

 

僕は、そんなイリシスの姿を見たかった。

 

でも……

 

 



"終わり"は、初めから決まっていた……。

 





僕は、今まで『聖女』は『扉』の完全体であり、先生の『意思』は『聖女』、つまり『魔』に取り込まれた人を元に戻すことであると思っていた。


しかし、実際は、『聖女』と『扉』の両方ともが先生の『意思』ではなかった。


つまり、イリシスは、先生の『成果』ではなかったということだ。我々が『聖女』、『扉』と呼んでいるものは、先生にとっては単なる試作品にすぎなかったのである。


イリシスには、『扉』としての能力があり、その能力を抑えているのが、イリシスの"心"である。僕は、この"心"は『魔』に取り込まれる前と同じものであると考えていた。

 

 



しかし、そうではなかったのだ。

 

 




『オステルの書』には、テレーズ(先生は、イリシスのことをそう呼んでいた)は、試作であり、テレーズに宿っている"心"は、研究のための一時的なものであると書かれていた。


つまり、イリシスの"心"は仮のものであり、時間がくれば壊れてしまうというのである。

 

先生は、その耐用期間をおそよ十年ぐらいだと考えていた。

 

 










そして、先生がイリシスを生成したのが十年前のことだ……。


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