第六章 曖昧な輪は確定せず Ⅱ-ⅱ 【ルクト】
僕は、白いベットの上で横たわるイリシスの姿を見ている。
こんなにも穏やかな顔をしているのに、こんなにも普通なのに、イリシスは、こんなにも厳重に『管理』されている。
『聖女』=『扉』。
もう否定することはできない。
長老達は、イリシスを『凍結』するだけではなく『抹消』することを僕に求めてきた。
今回のエルバの行動は、長老達の意思とは無関係だったようだ。
トロアの件以降、エルバはエフィアにあるハンザ宮殿において謹慎させられている。
『聖女』=『扉』という図式が成立する限り、長老達が態度を変えることはないだろう。
僕は、こんな結末を必然として受け入れないといけないのか……。
イリシスを『抹消』しなければならない。
くそっ!
なんでやっ!?
なんでこんなことになるねんっ!
僕は、あまりに辛い結末を予想している自分に腹が立っていた。
こんな結末を信じたくなかった。
しかし、僕の手にはそれが正しいことを裏付ける確固たる証拠がある。
『オステルの書』
僕は、何度もこの本を読んだ。
そして、読めば読むほど、そこから導き出される結末に絶望していった。
確かに、ここに書かれていることだけでは先生が何を目指していたのかは分からない。
しかし、これまで自分が考えていたことを、この本から得た知識で修正、補完すると、導き出される結末は一つだけだった……それは、
『聖女』=『扉』。
もうイリシスの顔を冷静に見ることができそうになかった。
もうイリシスの言葉を冷静に聞くことができそうになかった。
オステル先生の『意思』を明らかにするため、イリシスこそがオステル先生の『成果』であり、それは、『この世界の秩序を壊す存在』ではなく、むしろ『この世界の秩序に資する存在』であることを証明しようとしていた自分が愚かしかった。
僕がこれまでやってきたことは、全て無駄やったんか?
そうだとしたら……僕は、どうしたらええねん。
そうだとしたら……僕は、これからイリシスに何をしてあげられるんや……。
全ては、不確定。
全ては、もうすぐ終わる。
そして、終われば……全ては消えてしまう。
そして、それは、はじめから決まっていた。
諦めたくはない。
イリシスから目を逸らしたくはない。
僕は、イリシスに対して『贖罪』をしなければならない。
それはわかっている。
わかっているんや。
でも……今の僕に何ができるというんや。
こんな現実を突き付けられた今……僕は……。
「ハンザ猊下」
誰かが、僕に声をかけた。