第五章 世界の瑕疵-『扉』 Ⅲ-ⅵ 【ルクト】
レクラムが、空に向かって右手を掲げると、"彼女"の口から、『聴こえない声』がイリシスに向けて発せられた。
『聞こえない声』……僕にはそう表現することしかできなかった。
"彼女"のパックリと開いた赤い口から何かが発せられていた。
そして、その何かは段々と存在感を高めていっている。
もし、それが『声』ならば、段々と音量が上がっていっているのだろう。
僕は、全く先の読めない展開に戸惑いながらも、しっかりとそれを受け止めようとした。
今から起きることに少しでも目を背けてしまえば……僕は、イリシスを見失ってしまうという確信があった。
そして、イリシスの方にも変化が見られた。
イリシスの両手はゆっくりと空へ向けて掲げられていく。
世界を映さない虚ろな瞳が、同じく世界から拒絶された"彼女"を見つめている。
僕は、そんなイリシスの姿を見て、美しいと思った。
僕は、オカシクなったのかもしれない。
こんなにもおぞましく、みすぼらしい存在を美しいと思ってしまうのだから。
僕は、『世界の瑕疵』を美しく感じる。
世界に対する冒涜。
世界に対する背信行為。
『教会秩序の擁護者』であるはずの僕が、『世界の瑕疵』に対してこのような感情を抱くことはあってはならないことだ。
でも、僕には、イリシスをとても美しいと思えた……そう思えてしまった……。