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アンビエント・リング  曖昧な輪の連  作者: 降矢木三哲
アンビエント・リング 第一部
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第五章 世界の瑕疵-『扉』  Ⅲ-ⅴ 【イリシス】 

「どういうことですか?」


わたしは、目の前にいる女性に対して問いかけた。


彼女は、レクラム・クレメンスと一緒にいたあの女性だ。


しかし、何故かこの場所では、あの本能から来る恐怖を身にまとっていない。


それどころか、彼女が本来持っていた美しさ、優しさを充分に感じることができた。


気づいたとき目の前にいた彼女は、「貴方は、これから眠りにつくことになります」と唐突にわたしに告げた。


わたしには、彼女の言っている言葉の意味を全く理解することができなかったので、「どういうことですか?」と聞き返した。



わたしの問いかけに、「そうですね……」と彼女は少し困ったように微笑んだ。



「もし、貴方が眠らなければ、貴方は、死より過酷な運命に身を委ねることになります」



なんて持って回った言い方なの。


そんな言葉でわたしは、はぐらかされたりはしない。はぐらかされたくない。



「もっとはっきり言って下さい!」



もどかしかった。

 

彼女の気遣いがもどかしかった。


それを彼女の気遣いと感じている自分自身がももどかしかった。


「眠りを拒めば、貴方は自らが大切に想っている方と二度と笑いあえなくなります。同じ場所にいても、同じ世界にはいられない。そうなってしまうのですよ」


「……なにを言っているの……どうして……どうして、わたしが……?」

 

彼女は、とても残酷なことを告げている。

 

わたしの唯一の願いを否定している。

 

……なぜ? 

 

…………どうして? 

 

……………………どうしてわたしが!?


「それについては、わたしの口から言うべきことではありません」


「教えて下さい!」


心がざわざわする。

 

心がざらざらする。


「もし、わたくしの口から真実を聞いたとしても、貴方はそれを信じないでしょう。それに、この『事実』は、それを語るべき人間の口を経ないと『真実』になりません」


「でも、何も知らないまま眠りにつくなんて嫌です!」


なぜか、わたしは彼女の言葉を信じていた。

 

もちろんこの状況に混乱しているからだと思う……しかし、それ以上に彼女の言葉には私を納得させるだけの力、私を不安にさせるだけの力があった。


「それは大丈夫です。貴方には、眠りにつくまでしばらくの猶予が与えられます。その間に、自分の運命を知れば良いのです」

 

 



運命……?

 




……そんなの……。





「どうでもいい……運命なんてどうでもいい……」


「どうしてですか?」と彼女は、穏やかな笑顔で言う。


「そんなことはこれまでも考えてきました。自分がなんなのか。それこそ、お兄ちゃんと一緒に暮らしていたときから……不安だったんです。ストアでの生活は、毎日がとても楽しく、そして、充実したものだったから……。それこそ何も考えなくても良いくらいに。


でも、お兄ちゃんもフィナさんもルッツさまもみんな時々すごく悲しい目をした……特に、お兄ちゃんは……わたしが耐え切れなくなるほど悲しい目をわたしに向けました。もちろんわたしには、どうしてそんな目をするのか全く分かりませんでした。

 

……そして今も分かりません……お兄ちゃんのことも自分のことも。


考えれば考えるほど、どんどん分からなくなっていく……」





強くなろうと決めたのに。

 

何があってもがんばろうと決めたのに。

 

もう逃げないって決めたのに。

 

……わたしの口から零れ落ちるのは"弱い"言葉だった。


「貴方には、まだ時間が残されています。まだ、考えることができます。だから、考えることを諦めないで」

 

彼女の口から放たれるのは、"強い"言葉。

 

"強い"人間には、"弱い"人間のことなんて分からない。


考えられない。


考えても分からない。


そうだ。


考えても分からない。


分からない。


お兄ちゃんのこともわたしのことも考えてもわからない。

 




「……考えても分からない!」





……どうしてこんなに自分声が虚しく聞こえるのだろう……。





どれほど強く叫んだとしても、口から出るのはこんなにも弱々しい声。


しかし、彼女はそんな無様なわたしを嘲笑するどころか優しい笑みを見せてくれた。


「それは一人で考えているからですよ。貴方も貴方の大切な人も一人で考えて答えを出そうとしているのです。それでは、何も分からなくて当然です」


わたしは、彼女の言っていることを必死に理解しようとした。


「実はわたくしもなんですよ。自分が大切に想っている方のために、自分一人で考えて"最良である"と判断したことをしたのですが……結果は最悪でした。わたくしは、あの人を傷つけ、そしてわたくしは、この世界から拒絶されました」

 

彼女が語っていることは、とても辛いことだ。

 

悲しい記憶だ。それなのに彼女は、どうしてこんなにも普通に語れるのだろう。






「貴方は、わたくしのような過ちを犯してはいけませんよ。まだ貴方には『未来』があります。その『未来』を大切にして下さい。だから、わたくしと『共鳴』しましょう」


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