第五章 世界の瑕疵-『扉』 Ⅲ-ⅲ 【ルクト】
「イリシスを『目覚めなき眠り』に就かせるということか?」
「一番近い状態は、そういうことになるだろう」
レクラムは、当然のように言い放った。
「レクラム!」と僕は、レクラムの胸倉を掴んだ。
しかし、レクラムは、少しも怯まなかった。
それどころか、僕の手を振り払い、今度はレクラムが僕の胸倉を掴んだ。
「いいから黙って聞け! 一度『扉』になってしまったらもうそれで終わりだ! 本当に終わってしまう! もう"こちら側"に戻ってくることは不可能になる! それが意味することが分るか!? 貴様にそれが分かるか!?」
……レクラム……。
「この世界から拒まれた存在に、どうやって、償いをすればいいんだ! 方法があるなら教えてくれ! ルクト!」
……レクラムの激昂……。
こんなレクラムを、想像したことはなかった。
これは、レクラムの本質なのか、それとも『扉』によって異端へと堕ちた結果なのか。
高まっていく激昂。
高まっていく想い。
夜の町に響き渡る言葉。
夜の町に消え行く言葉。
動く。
動いた。
誰かが動いた……ランカスティ司祭……か?
「……レクラム義兄様」
ランカスティ司祭が、ゆっくりと歩みながらレクラムに手を伸ばしていく、そして彼女は、そっとレクラムの手を握った。
レクラムの言葉が途切れた。
ゼンマイが切れた自動人形。
無音。
圧倒的な存在感を持つ音のない世界。
過去と未来とを隔てる境界。
今僕達は、その境界の上に立っている。
レクラムは、ランカスティ司祭に諭されるようにして肩の力を抜き、「……すまない……マリーナ……もう大丈夫だ」と俯きながら言った。
なんや……このレクラムは……?
こんな弱々しいレクラムを僕は見たことはない。
これじゃあまるで……