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アンビエント・リング  曖昧な輪の連  作者: 降矢木三哲
アンビエント・リング 第一部
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第五章 世界の瑕疵-『扉』  Ⅱ-ⅳ 【イリシス】

「レクラム!」


 

なに?

 


一変した周囲の状況にわたしは、戸惑った。

 

剣と剣とがぶつかる鋭い金属音が鳴り響いたと思った次の瞬間、レクラム・クレメンスと剣を交えている人が立っていた。





「……マリーナさん……」




 

レクラム・クレメンスに剣を向けているのは、マリーナさんだった。


その横顔は、いつもの明るく余裕のあるものではなく、とても厳しいものー"悲痛"という言葉が一番似合う表情だった。



「……マリーナか」

 


レクラム・クレメンスは、表情を少しも変えずにそう言った。



「そうだ! 聖ルゴーニュ修道騎士団ノヒラント騎士館副長マリーナ・ランカスティだ!」

 




マリーナさんが……聖ルゴーニュの騎士……うそ……。 

 




ちょっと待って……どうしてマリーナさんがここにいるの? 先にエフィアに向かっていたなら、もう着いていてもおかしくないはずなのに……。


「オレに何の用だ? ここはキミが上がる舞台ではない。早々に立ち去れ」


そう冷たく言い放つレクラム・クレメンス。


「お姉様を返してもらいにきた!」


「なにかと思えば……くだらん」


「くだらないだと!? お姉様をそんな惨めな姿にした貴様が、のうのうと生きている方こそくだらないじゃないか! 貴様のために何人の人間が死んだと思っているんだ!」


マリーナさんは、そう叫ぶとレクラム・クレメンスを激しく斬りつけた。


しかし、それは軽く阻まれた。しかしそれでもなお、マリーナさんは、剣の勢いを緩めない。


 

剣と剣がぶつかり合う鋭い金属音が、間断なく続いていく。


 

わたしの目から見てもレクラム・クレメンスとマリーナさんの力の差は歴然としていた。


確かに、マリーナさんの剣技は、目を見張るものがあったけど、それでもレクラム・クレメンスのそれには遠く及んでいない。


それは、レクラム・クレメンスとマリーナさんの表情を見れば明らかだった。

 

 

"余裕"と"焦燥"。

 

 

レクラム・クレメンスは、表情一つ変えないし、汗一つ流してはいない。


それに対して、マリーナさんは、息を荒げ、そして苦しそうな顔をしている。


「イリシス、今のうちにここから離れるんや」 


「えっ?」

 

わたしは、目の前で繰り広げられている戦いに気を取られていたので、お兄ちゃんが、わたしのすぐ傍に歩み寄ってきていたことに気づかなかった。


「ここから早く離れるんや。先に宿に戻っといてくれ」


「……お兄ちゃんは?」


「僕は、あいつとちょっと話があるから、先にイリシスだけ……」

 




「……いや」




 

言葉が口から零れ落ちた。


「……イリシス?」


「……いやだよ……そんなのいやだ……」


「おい、なにを言っているんや」


「だって! もうお兄ちゃんと離れるのはいやなんだもん!」


わたしの声とほぼ同時に、一段と鋭い金属音が鳴り響いた。



「くっ!」

 


マリーナさんのうめき声が聞こえる。

 

マリーナさんの剣が弾かれ、そのまま地面に突き刺さっていた。

 

レクラム・クレメンスの剣先が、マリーナさんの顔に向けられる。


「退け。キミのこの行動は無意味だ。これ以上、この舞台を荒らすな」


「退けるか! おまえに会うために、どれほどの恥辱に耐えてきたのだと思っているんだ! あの『教会の目』に従っていたのも、全て貴様の手からお姉様を取り戻すためなんだぞ!」


「では、死ぬか?」

 

レクラム・クレメンスの剣先が、いっそうマリーナさんに近づけられる。

 

しかし、マリーナさんは一歩を退かない。


その目は、まだ"死んで"はいない。マリーナさんは、まだレクラム・クレメンスに挑もうとしていた。


「お姉様を返せ」


 マリーナさんは、搾り出すようにして言葉を吐き出す。


「それに対するオレの答えは、既に伝えているはずだ。何度も同じ言葉を繰り返させるな」


「お姉様を返せ」


「……だから、何度同じことを……」

 

な……に?

 

……どうしたの?

 

わたしは、突然言葉を止めたレクラムの顔を見た。彼の瞳は、真っ直ぐにマリーナさんを見つめている。


わたしは、彼の視線の先を追った。

 

 

……マリーナさんは、泣いていた。

 

 

マリーナさんの瞳から大粒の涙が零れ落ちていた。それらは、止めなく零れ落ち続けていく。


「……お願いです……お姉様をもう解放してあげて下さい……お義兄様……」

 

マリーナさんの表情は、それまでの険しいものではなく、ある種の哀れみを感じさせるものになっていた。


「もうルシアお姉様を苦しめるのはやめて下さい。もう十分なはずです」



「…………」



「お姉様は、お義兄様のことを恨んでなんていません。だって……

 

 




お姉様は、自ら『扉』になったのですから」




 

 

とびら……とびらになる? 

 




トビラトビラとびらとびら扉扉扉……って……まさか! 

 

トビラトビラとびらとびら扉扉扉……わたしが"彼女"から感じていた恐怖の正体……"彼女"の正体。





"彼女"が『扉』なの……。





『扉』っていったなんなの……何のために存在するものなの? 


トビラトビラとびらとびら扉扉扉……わからない……わからないよ……怖い……怖いよ……なんだかとても怖いよ……。


「イリシス……どうしたんや?」

 

わたしは、そのお兄ちゃんの言葉で、自分の左手が震えていることに気づいた。





トビラトビラとびらとびら扉扉扉……。


 



違う。

 


震えているんじゃない……痙攣しているんだ。


 



トビラトビラとびらとびら扉扉扉……。



 

 

右手も痙攣し始めた。

 

痙攣が広がっていく。

 

身体中に広がっていく。

 

わたしの意志から離れていく。

 

視線がブレだした。

 

お兄ちゃんが私を震えた声で呼びかけている。


 




トビラトビラとびらとびら扉扉扉……。


 




わたしを取り囲む世界は、滲み出す。

 

意識がブレる。

 

ここはどこ? 

 

世界は、どっち?

 

誰かが呼びかけてくる。

 




お兄ちゃん……違う……お兄ちゃんじゃない、私の頭の中に呼びかけてくる人がいる。




 

頭が痛い。

 

トビラトビラとびらとびら扉扉扉……。

 

意識を保とうとすることが苦痛になる。

 

わたしを呼びかける声はどんどん大きくなっていく。どんどんわたしに侵食してくる。

 




……誰……誰なの……?

 




貴方は誰なの?

 

や、やめて……やめて!

 

呼びかけるのをやめて!

 

いきたくないよ!

 

そっちにはいきたくない!

 




トビラトビラとびらとびら扉扉扉……。

 




やめて!

 




トビラトビラとびらとびら扉扉扉……。

 




……お兄ちゃん。



 


トビラトビラとびらとびら扉扉扉……。


 

やめてやめて!


 




やめてぇぇぇぇぇ!

 

 




わたしの世界は暗転した。


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