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第五章 世界の瑕疵-『扉』 Ⅱ-ⅰ
「猊下が、レクラム・クレメンスとお会いになられました」
本来ならばトロア市長が座っているはずの椅子に陣取っていたエルバは、その部下からの報告を聞くと満足そうに笑みを浮かべた。
そして、机の上に載せていた脚を左右に揺らし始めた。
これは、エルバが機嫌が良いときにする癖である。
「そっか、おつかれさん。じゃあ、全員に町の外へ退避するように伝えてくれ」
「了解しました」
「そうそう、あと『聖女』はどうしている?」
「……それが…………」
「どうしたんや?」
エルバの脚の揺れが止まる。
「猊下と一緒にいらっしゃいます」
「なんやと……」
エルバは、一瞬表情を険しくしたが、すぐに元の飄々としたものに戻した。
そして、「すぐに、あの聖ルゴーニュの女に『聖女』を確保するように伝えるんや」と命じた。
しかし、そのエルバの命令に受けても部下は動こうとはしなかった。
「ん? どうしたんや?」
「実は、先程からランカスティ様のお姿が見えないのです」
「なんやと?」