第五章 世界の瑕疵-『扉』 Ⅰ-ⅴ 【ルクト】
「イリシス?」
気がついたら部屋の中にイリシスの姿がなかった
ついさっきまでそこのベッドの上に腰掛けていたはずなのに……いつのまに部屋を出ていったのだろう?
それに部屋もやけに暗い……。
ふと、窓の外へ目をむけた……
いつのまにか日が暮れていた。
「…………」
……やってしまったらしい……。
僕には、考え事をし始めるとどんどん周囲が見えなくなる癖がある。
最近は、かなり注意していたのだが……やはり、今のこの状況は、僕が自覚している以上にプレッシャーとなっているみたいだ。
まさかこんなにも早くに"あいつ"に会うことになるとは思わなかった。
くそ……エルバのヤツ……。
トロアに着いたとき、僕は町の様子に違和感を覚えた。
静か過ぎたのだ。
確かにトロアは、聖都の近くに位置しているにしては小さな町だ。
そして、その近さ故に、ここで宿を求める者も少ないのも事実。
しかし、その点を考慮しても人通りがあまりにも少なすぎだ。
宿を求めなくても、ここを通り過ぎる者は、かなりの人数になるはずだ。それなのに、町の様子は、怖いぐらいに静かだった。
この違和感の原因は、町に入ってしばらく経ってから判明した。
町にいる人間の全てが、教会関係者ーしかも、『教会の目』であるエルバのところの人間だったのだ。
トロアは、エルバによって占拠されていた。
エルバは、僕と面識のある奴らをわざわざ町の目立つ位置に配置して、僕に自分の意図を伝えようとしていた。
つまり、エルバは、ここで僕に何かをさせるつもりなのだ。
もし僕を捕まえるだけなら、こんな回りくどいことをしなくても良いはずだ。
僕は、取りあえずエルバの出方を見てみようと思い、すぐ近くにあった小さな料理屋に入ってみた。
すると、料理を運んできた女性が、こっそりと僕に小さなメモを渡してきた。
そのメモの主は、予想したとおりエルバだった。
そこには、今夜の『約束』が書かれており、さらにはイリシスの処遇については、僕の意思を尊重すると書き添えられていた。
「しまった!」
思い出した!
そうだった!
日が暮れたということは、もう"あいつ"が来ているかもしれない。
僕は、イリシスのことも気になったが、僕の意思を尊重するというエルバの言葉を信じ、町外れの教会へ向かった