第五章 世界の瑕疵-『扉』 Ⅰ-ⅱ 【ルクト】
「お兄ちゃんっ! もう朝だよ! 起きなきゃダメだよ!」
耳元で、イリシスの声が聞こえる。
これは、夢か?
また僕は、ストアの夢を見ているのか?
この三年間、毎日、僕はストアの夢を見てきた。
どうして僕は、これ程までにストアの夢を見てしまうのだろうか?
しかも、全ての夢がとても楽しく、幸せで、光に満ちていた。
そして、その光は、まるで何かを隠そうとしているかのように、どこか後ろめたく虚ろな感じがした。
僕は、何を隠そうとしている?
僕は、何に怯えている?
僕は、何に後悔している?
『わたし、お兄ちゃんのことが必要だよ……』
「イリシス!」
僕が手を伸ばした先に、柔らかいモノがあった。
いったいなんだ、これは?
僕は、確かめようと揉んでみた。
よく分からない……だが、それほど大きくない……いやむしろ小さい……。
それにしても、頭がボーッとする……そうか、僕は眠っていたのか。
すると、さっきのイリシスの声が聞こえたのも夢の中でのことか……。
段々と頭が覚醒しいく。そして、目の焦点も合ってきた。
それにしても、今僕が触っているモノはなんなんだ。こんなモノが僕の寝室にあったか?
「……こんな小さいモノが……」
次の瞬間、僕の右頬に強烈なパンチが入った。
「げほっ!」
僕は、ベットの下に転がり落ちた。
「お兄ちゃんのバカっ!」
えっ……イリシス……どうして……?
僕の目の前には、胸のところを両手で隠しているイリシスの姿があった。しかも、半泣きになっている。
「あれっ? なんや?」
「『なんや?』じゃないよ! ひどい! ひどいよお兄ちゃん!」
イリシスは、とうとう本泣きに入った。
「どうしたんやイリシス? 僕、寝ぼけててよう分からんかってんけど……」
「お兄ちゃんは、わたしの胸を揉んだうえに、『小さい』って言ったんだよ!」
「なっ……なにぃ!」
頭の中で全てがつながった。
そうだった……今、僕は、イリシスと一緒に逃避行中だった。
昨日、森の中でこの小さな小屋を見つけて、そこに泊まったんだ。
そして、僕を起こしにきたイリシスの胸を揉んで、『小さい』と言った……。
「ご、ごめんイリシス! 僕、本当に寝ぼけててん! 全然悪気はなかったんや!」
「……ひくっ……胸を揉んだことは許すよ……お兄ちゃんが寝起きが悪いことはよく分かっているから……」
「そうか……ありがとう……じゃあ……」
「でも! わたしの胸を『小さい』って言ったことは許せないよ! あれは、お兄ちゃんの本音だもん! 寝ぼけてたから本音が出たんだもん!」
「そんなこと……」
……ある。
「ほら! 言葉に詰まった!」
「……ごめんなさい……」
それから、小一時間、僕はイリシスに謝り続けた。