第五章 世界の瑕疵-『扉』 Ⅰ-ⅰ
「……なるほど、これまでの事情は把握しました。では、これから我々はどうすれば良いのでしょうか。
法王選出会議からは、今回のハンザ猊下捜索の件ついてはエルバ殿の指揮下に入るように命ぜられています」
フィナは、可能な限り冷静に淡々と言葉を選んで発した。
表情も変えない。
フィナの騎士としての本能が、このエルバ・ハンザという男に警戒しろと告げていた。
一見、カルイ感じを装っているが、とてつもないキレを隠しているのが分かる。
さすが『教会の目』と呼ばれるだけのことはあると、フィナは得心した。
「ま、そんなに慌てる必要はないって。アイツもアホやないんやし、ちゃんと戻るべきときに戻ってくるって」
エルバは、右手をヒラヒラさせながら言った。
このエルバの態度はフィナに不快感を与えた。
しかし、それを表には出さないところが、さすが優秀な騎士と評判の彼女である。
「しかし、猊下は、『聖女』殿を守るために失踪されたのですから、我々のもとに戻ってこられるでしょうか? もう既に猊下が失踪されてから二日が経とうしているのですよ」
フィナは、ルクトがイリシスのために元老達の命に反して失踪したと聞いたときは、自分の耳を疑った。
イリシスを"モノ"のように捨てたルクトが、イリシスのためにそんな行動に出るようにはどうしても思えなかったからだ。
しかし、エルバから詳しく事情を聞くにつれ、その事実を受け入れざるを得なかった。
「絶対に戻ってくるって。教会の秩序とルクトの秩序は相反するもんやないねんから」
「するとエルバ殿は、『聖女』殿を、異端とは考えていないのですか?」
「いや、アレは異端や」とエルバはキッパリと言った。
そこには何の迷いもなかった。
フィナは、『教会原理主義者』として教会の内外から恐れられている男の素顔を垣間見た気がした。
そして、イリシスの存在を否定されたことに対してひどく腹が立った。
だから「では、エルバ殿は、イリシスちゃんをどうするおつもりなんですか?」と言ってしまった。
フィナは言い終わってすぐ、少なくない後悔を顔に表した。
エルバは、ゆっくりとため息をつく。
「『イリシスちゃん』ね……なあフィナさん、そんな形だけの儀礼はええから、そろそろ腹割って話そうや。本当のあんたは、もっと感情的な人間やと思うけど……違うか?」
エルバの瞳がフィナの瞳を見据える。
フィナは、そのエルバの瞳から目を逸らすことができなかった。
『彼の瞳を見てはいけない』と頭では理解できているのに、身体が言うことを聞いてくれなかった。
沈黙……。
無言で見つめ合う二人。
笑みさえも浮かべているエルバに対して、フィナの表情は硬く、そして冷たい汗が頬を伝っいく。
エルバ・ハンザ……教会秩序に反する存在を悉く排除してきた『教会の目』。
あの『聖ルゴーニュの惨劇』の審問においては、最も激しく騎士達を追及し、それがあまりにも過酷なものだった為、それを諌める法王勅令まで出された男。
……怖い。
……とても、怖い……。
これは、本能から来る恐怖ではなく、理性によって裏付けられた恐怖だ。
こんな空気を身に纏えるまでに、この男は、どれ程の『場』を踏んできたのだろう……。
私には、全く想像がつかない。
でも、この男が揺ぎ無い『思想』を持っていることは分かる。その『思想』こそ、この男の強さであり、今私が感じる恐怖の源泉だ。
……どうすればいい……私には、この男と向かい合うには力が足りなすぎる……。
このままでは、"飲まれて"しまう……"壊され"てしまう……。
「フィナさん……」
エルバが口を開いた。その声は、とても静かで、とても重いものだった。
フィナは、躊躇いながら「……はい」と応えた。
「キミ、オッパイでかいなぁ」
…………は?
「オレな、実はむっちゃオッパイが大好きやねん」
「……は、はぁ……」
フィナは、エルバの会話に付いていくことができなかった。
「だから、オッパイ揉ませて」
「揉ませるかぁ!」
フィナは、絶叫した。