第四章 曖昧な輪は望む者の手の中に Ⅳ-ⅲ 【ルクト】
……もうイリシスから『魔』―"向こう側"の気配は感じられない。
『扉』は、また塞がったみたいだ……よかった。
今、僕とイリシスは、街道から少し外れた森の中にいる。
僕達は、大きな木に持たれながら座っていた。
この場所までは、結界を張りながら飛んできたので、エルバ達に直ぐ見つかることはないだろう。
取り敢えず、これからどうするかを考えなければならない。
今、僕が採っている行動は、教会の秩序にとって決して好ましいものではない。
しかも、今はレクラム達とコトを構えている大事なときだ。
本当なら、教会秩序の擁護者である僕が、こんなことをしていて良いはずがない。
直ぐに、エルバ達のところへ戻るべきだろう。
……でも……僕にはイリシスがいる……。
いったい僕は何をしているんだ?
自分でも頭がおかしくなったとしか思えない。
"手段"と"目的"を取り違えているとしか思えない。
自らの責務を放棄したとしか思えない。
「ルクト……オマエは、なにをしようとしているんや?」と小さく声に出してみる。
今は、『揺らぎ』の段階だからまだいい。
だが、もし本格的に『扉』が開き始めたら……
「僕は、どうするつもりなんや?」
自分で自分のことが分からない、理解することができない。
どうすれば良いのか分からない。
採るべき道が見えない、見ようはしていない。
このままでとイリシスは、『扉』になる可能性がある。
……僕は、この現実から目を逸らそうとしている……。
結論は、一つしかないことが分かっているのに、その結論を肯定することができない。
「『扉』は、この世界の秩序を害する存在や」
だから……僕は、イリシスを……
「……お兄ちゃん……」
イリシスの口から、微かに言葉がこぼれ落ちた。
イリシスは、意識を取り戻したみたいだ。
僕は、自分の動揺が伝わらないように、出来るだけ静かに「……なんやイリシス、起きてたんか」と言った。
イリシスに、自分の身体のことを悟らしては駄目だ。
イリシスに、自分が『聖女』であることを悟らしては駄目だ。
イリシスに……自分に『未来』がないことを悟らしては駄目だ……。