第一章 曖昧な輪、連鎖の始点 Ⅱ
森の中の街道を歩く美少女一人。
てへへ……自分で『美少女』なんて言うな! って声が聞こえてきそう。
もちろんそんな声は無視するけどねっ♪
なんと! わたし、イリシス・リヒトフォーエンは、今日、ルッツ司教さまから司祭の叙階を受け、ライン教会の一員としての第一歩を踏み出したのだ!
わたしの心は、これから始まる新しい人生に対する期待で膨らんでいた。
もう、パンパンである。
そう、パンパン!
パンパン!
パンパンだよぉー!
……ふうー、やっぱり、気持ちがついて行かないや……自分はやっぱり騙せないよ……。
今、わたしは、ベルグの街に向かっている。あの厳しい魔法の修行から解放され、『豊穣の都』と呼ばれている大都会へ向かっているにも関わらず、わたしの心は沈んでいた。
その原因は、司祭の叙階とともに与えられた、教会聖職者としての『務め』である。
『第一審問管区長付異端審問官』
「……」
何よそれ?
よりにもよって、なんで、異端審問官なのよ!
しかも、審問管区長といえば検邪聖庁さまのことじゃない!
その直属の異端審問官なんて……ああ、『夢であったらうれしいな♪症候群』に陥ってしまいそう……。
こんなことならストアで大人しくしていれば良かったよ……。
ダメよ、イリシス。貴方にはやるべきことがあるはずでしょ。こんなところで挫けてしまっていいの?
そうよね。がんばらなくっちゃ。
ありがとう! わたし……。
この”自分で自分を励ます”のって結構効果あるんだよね(寂しい奴なんて思わないでよ)。
でも、本当に、異端審問官なんてわたしにつとまるのかなぁ……。
だって、あの異端審問官なんだよぉ!
数ある教会の『務め』の中でもっとも恐れられているんだよぉ!
異端者を火あぶりにしたりするんだよぉ!
もちろん、本で読んだだけだけど……。
まあ、実際は、想像していたものとは全然違うのかも……。
うん! その可能性もあるわよねっ!
……まあ……それはそれとしても……。
どうして検邪聖庁さま付きなのよっ!
検邪聖庁―十年前に、大陸を七つに分割して設立された審問区を統括する七人の枢機卿の通称。十年前から始まった大規模な異端審問は、教会最高位の律法師でもある彼らの力と権威を背景に行われていた―。
わたしは、修行中に読んだ何かの本に書いてあったことを思い出しながら、憂鬱さを増幅させていた。
検邪聖庁さまにお仕えするなんて、わたしにできるのかなぁ……?
だって! あの検邪聖庁さまよっ!
法王聖下さえもその前には畏まるといわれている検邪聖庁さまよっ!
……ま、まあ、なんとなるわよね……うん、なる、なると信じよう……。
……でも不安だよぉ……。
▽
ラスティア大陸の東部メッツ山脈の麓にある山村―ストアは、500人に満たない小さな村である。しかし、そんな過疎の村でありながら一つの司教区となっていた。
ライン教会特別司教区『ストア』
他の司教区が法王の統制下にあるのに対して、ストアは、法王から独立した機関である法王選出会議の直轄司教区―特別司教区となっていた。
現在、特別司教区に指定されている教区はストアを含めて五区あり、それらの教区の司教には、聖ライン教会の中心的な要職の経験者が就いていた。
ストア司教ラル・ルッツも、二十年前までは法王庁の高官の一人だった。
しかし、当時教会が禁じていた研究―「『魔』に取り込まれた者を救済する研究」を手がけたために、ラルは教会を追われた。
ただ、それまでのラルの実績により破門されるまでには至らなかった。
そして、その後十年余りの間消息を絶っていたが、八年前、ラルは、再び教会に戻ってきた。
教会に復帰したラルがまず初めに手がけたのは、『聖ルッツ救護騎士団』の設立だった。
同騎士団は、「『魔』に取り込まれた者を救済するための実行機関と研究機関の両方の性格を持つ組織である。
ラルは、前法王ラスティアス三世の理解を得て同騎士団を設立し、初代総長として自ら先頭に立ってかかる救済事業を展開させていった。
50歳近くになったラルが、教会に戻ってきた理由、それは、かつて見失いかけた『秩序』ともう一度向かい合うためだった。
そして、彼はこの地で、当初考えていたこととは違う形で、自らの『秩序』と向かい合うこととなった。そして、ラルは、一人の少女に自らの『秩序』を託した。
その少女の名は、『イリシス・リヒトフォーエン』。
かつて、彼の『秩序』を崩壊させた男の『成果』だった。