第四章 曖昧な輪は望む者の手の中に Ⅲ-ⅰ
『聖ルッツ救護騎士団』本部は、法王宮である『聖ペテル宮』から三路地挟んだ場所にある。
同騎士団は、今でこそ法王庁直轄の騎士団として公的に認められているが、三年前までは、その存在は隠されていた。
なぜなら、同騎士団は、「『魔』に取り込まれた人間を救う研究」というかつて異端視されていた研究を行うことをその目的としていたからである。
『魔』に取り込まれた者に対する教会の態度は、ひどく厳しいものだった。
『魔』取り込まれ人外の存在へ変貌していく彼らの姿を"見せしめ"、つまり『一般予防』として機能させていたからだ。
したがって、苦しみ悶えている彼らを『救う行為』は、教会秩序に反する行為、即ち、『異端行為』とみなされていた。
もちろん、かかる教会の態度に対しては、教会の外部からだけではなく、教会の内部からも批判が少なくなかった。
しかし、世俗の諸侯の中で、安易に『魔法』に手を出そうする者がいる現状では、かかる教会の態度もやむを得ないとするのが多数意見だったのである。
いくら異端審問制度を大陸中に整備したとはいっても、まだまだこの世界の秩序は不安定だった。
しかし、若い律法師達を中心として、「少なくとも『魔物』化を防ぐ研究だけでも教会主導でやるべきだ」という意見が強くなってきた。
そこで、かつて同分野の研究の第一人者であり、それがために教会を追われたラルが教会に呼び戻された。
そして、ラルの主導の下、今の『聖ルッツ救護騎士団』の前身となる組織が作られた。
かかる背景がある為、正式に教会の組織となった今でも、『聖ルッツ救護騎士団』は、教会の多数派からは"異端視"されており、その組織の規模も他の騎士団に比すれば小さいものだった。
それにも拘らず、同騎士団のような末端の組織にまで法王選出会議から「ハンザ卿が編成する『教会軍』に参加せよ」という指令が通達されたのには理由があった。
ライン教の二大騎士団であった『聖ルゴーニュ修道騎士団』と『法王近衛騎士団』のうち、前者は"抹消"され、後者は、法王崩御と同時に解散させられていたのである。
この現状においては、『聖ルッツ救護騎士団』のような小さなの騎士団からも人を集める必要があったのだ。
同騎士団総長であるラルは、この通達を受け、同騎士団副長であるフィナ・ノバルティに対して二十名の修道騎士達を率いてルクトが編成する『教会軍』に加わるように命じた。
しかし、フィナは、このラルの命令に対して異議を挿んだ。
「自分以外の者を遣るわけにはいかないのでしょうか?」とラルに反論したのだ。
このフィナの態度にラルは目を閉じ、そして、一瞬呼吸を置いて「私は、貴方に命じたのですよ。ノバルティ副長」と静かに、そして穏やかに言った。
ラルには、フィナがどうしてこのようなことを言い出したのかについては分かっていた。
イリシスに対する"罪悪感"……。
それは、ラル自身も抱いているものだった。
しかし、そんな"罪悪感"によって、自らの使命を放棄することは許されない。
背負い込んだ罪は、最後まで、それこそ"結末"の時まで背負いつづけなければならない。
それが、これまでの人生において、多くの"罪"を背負い込んできたラルの信念だった。
「……分かりました」
フィナは、そう言って、自分の唇を強く噛みしめた。