第四章 曖昧な輪は望む者の手の中に Ⅱ-ⅳ 【ルクト】
なにぃ!
この女、いきなりなにを言い出すねん!
アホちゃうか?
いやアホですわっ!
ほらほら、そんなことを言い出すから、イリシスが……泣きそうになってる……?
なんで?
目がゴミに入った……なんてことはないよな……。
ああっ! もうっ! なんでこんなことになるんや!。
こうなったらエルバにフォローを入れてもらうしかないっ!
僕は、エルバの方を見た。
エルバは、少し離れたところでニヤニヤしていた。
くそっ!
あいつ全然、僕を助ける気がないな。
……ていうか、むしろ、面白がっているし……。
しかし、暫くするとエルバは本当に僕が困っていることが分かったらしく、近寄ってきてくれた。
「こらこらマリーナちゃん、検邪聖庁さまがお困りになっているやん。それぐらいでやめといてあげなさい。イリシスちゃんも泣きそうになってるで」
エルバの言葉を聞いた彼女は、イリシスの方を見ると、少し困ったような表情をした。
「ルクト様、ごめんなさい。あたし、少しはしゃぎすぎたみたいです」
少しちゃうやん! バリバリやん! というツッコミを入れたくなったが、検邪聖庁的にやめておいた。
なんでこんなことに体力を使わなあかんねん。今は、こんなことで余計な力を使っている場合やないのに……。
今日の早朝、僕達は、ライン教の総本山エフィアに向かうためベルグを発った。
ベルグは、法王領であるエファーニア地方の大司教座の一都市である。
したがって、同じエファーニア地方にあるエフィアまでは徒歩で三日ぐらいの距離である。
昨日、エルバが長老達の使者として、僕を教会軍総司令官、『教会の旗手』に指名する旨を伝えにやって来た(エルバが、僕の部屋にいたのはそのためである)。
昨日は、様々なこと(僕自身でややこしくしてしまったが……)があったので、この件についてはお座なりになっていたが、イリシスとのことが一息ついた僕は、すぐに動き始めた。
長老達は、直にエフィアに戻り、教会軍の編成に携ることを、僕に求めていた。
したがって、僕は、可及的速やかにエフィアに向けてベルグを発たなければならなかったのである。
そこで問題となったのが、『誰を同行者として連れて行くか?』ということだ。
エルバが同行するのは当然として、残りの同行者を誰にするのかについて、僕は思案に暮れた。
もともと、僕は、あまり大勢で行動することを好まない。僕の審問のスタイルも、少数精鋭である。
なぜなら、訴追権と裁判権の両方を併せ持つ異端審問官は、その与えられている権限が強大なため、自らの力の行使に対して謙抑的になることを心掛けなければならないと考えているからだ。
僕は、何よりも自分が持つ力が、他に与える影響について注意を払っている。
"力を持つこと"は自らと周囲を不幸にする可能性を伴うことを忘れてはならない。
したがって、今回の同行者もできるだけ少なくしようと考えていた。
そして、通常であれば、直属の審問官を同行者とするのが当然であるのだが、その一人がイリシスであったことが僕を悩ませた。
イリシスを、長老達の下へ連れて行きたくはない……。
長老達は、既に"あのこと"に気づいているはずだ。
それにも拘わらず、イリシスを僕の傍に置いていることには、何か理由がある。だから、できることなら長老達がいるエフィアにイリシスを連れて行きたくはなかった……。
……僕は、もう……イリシスを僕の目の届かないところには置きたくはない……。
自分勝手と言われても仕方がない。
傲慢だと言われても仕方がない。
しかし、そうしなければ、僕は、今度こそ本当にイリシスを、見失ってしまうかもしれない……。
だから、僕は、不安を抱えながらもイリシスを同行させることに決めた。