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アンビエント・リング  曖昧な輪の連  作者: 降矢木三哲
アンビエント・リング 第一部
31/98

《幕間》

この頃……あたしは、あの頃のことをよく思い出すようになった。




当時のあたしは、髪はボサボサ、頬がコケ、目も虚ろで、何を尋ねられても「……すいません、すいません……わたくしには、何も分かりません…………お姉様……お姉様はどこですか?」と繰り返すだけ……。


そして、あたしの身体には無数の暴行の痕があった。





『歪な自動人形』。





それが、当時のあたしを形容するのに最も適した言葉だ。


人形になったあたしは、何を尋ねられても、いくらに殴られても、どになに辱められても同じ言葉を繰り返すだけ……。


あたしは、歪な自律性に自らの身体を委ねていた。

 

あたしは、逃げていたのだ。

 




……そう……あたしは、逃げていた……あらゆるものから……そして、世界から……。

 




自分の大切な人が起こした悲劇。

 

自分の大切な人を奪った悲劇。

 

自分の大切な人に対する憎悪。

 

どんな言葉でもいい。その言葉によって、あたしの罪を確定させてくれるなら、どんな言葉でもよかった。

 

あたしは、自分の罪を確定してくれる存在を渇望していたのだ。





あたしの『断罪者』。 





『ペジエの惨劇』と並ぶ重大異端事件『聖ルゴーニュの惨劇』を担当した異端審問官達が、その審問過程においてかなりの"行き過ぎた行為"が見られたことは今では公知の事実となっている。


偏頗なき客観的で公正な審問が行われていない実情を憂慮した教会上層部は、『聖ルゴーニュの騎士達の審問は、枢機卿以上の聖位を持つ上級審問官によって行わなければならない』との法王令を出した。


もっとも、あたしの担当官は、そもそも異端審問官ですらなかった。


あたしがレクラム・クレメンスの婚約者の妹であり、生存者の中で最もレクラム・クレメンスに近い存在と思われていた為、他の者とは異なる機関の手に委ねられていたのだ。

 




『教会の目』


 



法王庁非公式情報機関。


その実態は全くの不明。


ただ、その名は"恐怖"という権威を伴って伝わっていた。


そして、あたしの前に現れた『教会の目』は、噂に違わない"恐怖"をあたしに見せつけた。


あたしは、どんどん追い詰められていった。



肉体に対する拷問。

 

精神に対する拷問。

 

『教会の目』は、私の口から吐き出せるものは全て吐き出させようとした。


そして、あたしは、もう肉体的にも精神的にも廃人同然と化した。


もし、法王令が出されるのが、あと少し遅ければ、今のように回復することはなかったかもしれない。


そして、新しいあたしの担当官は、三日後に現れた。それは、枢機卿の緋の衣を着た若い男だった。





あたしの『断罪者』。





彼は、今までのあたしを担当していた男とは違い、激しい尋問や暴力を用いてあたしから異端の事実を自供させようとはしなかった。


ただ、理性的に、そして淡々とあたしと向き合おうとした。


しかし、人形であるあたしは、歪な自律性に身を委ねていただけ……。



「貴方の名前は?」


「……すいません、すいません……わたくしには、何も分かりません…………お姉様……お姉様はどこですか?」


「貴方は、マリーナ・ランカスティさんですね?」


「……すいません、すいません……わたくしには、何も分かりません…………お姉様……お姉様はどこですか?」


「貴方は、一年前から聖ルゴーニュ修道騎士団ノヒラント騎士館の副長の職に就いていましたね?」


「……すいません、すいません……わたくしには、何も分かりません…………お姉様……お姉様はどこですか?」





 ……笑える話だ。





彼のあたしに対する審問は、全く進展をみせなかった。


あたしは、懸命に歪な人形に話し掛けているその男の姿がひどく滑稽に思えてならなかった。

 

そんな状態が、二週間ぐらいは続いと思う。そして、ある彼の言葉によってその笑える状態は終わった。





 

「もう一度お聞きしますが、貴方は、私が誰か分かりますか? 私は、異端審問官のルクト・ハンザです」






 ルクト?






『オレは、ルクトに負けたくない……負けるわけにはいかないんだ……』






 コイツ、イマナンテイッタ?






『マリーナ、姉さんは、ルクト様に嫉妬しているのよ。だって、レクラム様の中で、わたくしよりルクト様の方が大きいのよ……絶対そうよ』





ルクトダッテ? 





『オステル先生の意思を継ぐのはオレだ!ルクトのヤツではない! そうだろルシア!』





ソウイエバコイツ、ソンナコトモイッテイタナ。





『マリーナごめんね。姉さんは、あの人の苦しむ姿を見たくないの。あの人の役に立てるなら、わたしくはどんなみすぼらしい姿になってもいいの。あの人の中からルクト様への執着を取り除くためには、わたくしが『扉』になるしかないのよ』





…………ルクト……。





『……ルシア……本当はおまえがいればオレは満たされていたんだ……オレはおまえの為だけに生きたかった……しかし、それと同じぐらいにルクトに負けたくなかった……本当にすまない……』



「……ルクト……ルクト……ルクト……」

 


あたしの身体が震え出した。

 


「……ルクト……ルクト……ルクト……」

 


あたしは、髪を掻き毟り始めた。

 


「……ルクト……ルクト……ルクト……」

 


あたしは、立ち上がった。



「……ルクト……おまえのせいだ……おまえのせいで……ルシア姉様は…………レクラム義兄様は……」



そして、





「……殺してやるぅぅぅ!」





あたしは、男に飛び掛った。


疲労して精気が欠けていたあたしの身体にそれほどの力が残っていたことは自分でも驚いた。


あたしは、男の身体を審問室の壁に叩きつけ、男の首を力一杯絞めつけた。



本気で殺そうと思った。



しかし、次の瞬間にはあたしの身体は、男によって床に組み伏せられてしまった。


その後の記憶は、すっぽりと抜け落ちている。


おそらくあたしは、気絶してしまったのだろう。

 

次に、あたしの記憶が始まるのは、真っ白な世界からだった。


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