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アンビエント・リング  曖昧な輪の連  作者: 降矢木三哲
アンビエント・リング 第一部
29/98

第三章 曖昧な輪の欠落  Ⅱ-ⅵ 【ルクト】

「イリシス、これは……?」


僕は、思わず昔のようにイリシスに呼びかけてしまった。



どうしてこんな傷が、イリシスの手首にあるんだ? 


どうしてこんな傷が……これじゃあまるで、イリシスは、自ら命を絶とうとしたみたいじゃないか……。


こんな傷は、イリシスにあるはずはないんだ。だって、イリシスは、あんなに毎日を楽しそうに過ごしていたのだから……。


だから、僕は、安心してストアから去ることができたなのに……。


僕は、何か間違っていたのか……?

 

そんなはずはない……。




 

『お兄ちゃんには、わたしが必要……?』




 

ふと、そんなイリシスの言葉が僕の頭の中を過ぎった。


これは、いったいどいう場面で発せられた言葉だったのだろう? 


……そうだ、確か、イリシスと夕食を食べているときだ。でも、確かそのときは、なぜ、イリシスが急にそんなことを言い出したのか、全くわからなかったから、とりあえず適当にはぐらかしたはずだ。


「もちろん必要や」とでも言ったのかもしれない。

 

しかし、どうして僕はそんな言葉を今思い出したのだろうか? 


 

あ……そうか……あのときのイリシスの表情と今のイリシスの表情が同じだからか……。




 

『わたしには、お兄ちゃんが必要だよ……』




 

あのとき、イリシスは僕にそう言っていたのだ。

 


……それなのに僕は、それが分からなかった。


僕自身がイリシスの”日常”を構成していたことに気づいていなかった……。

 

僕がいなくなったことが、イリシスから”日常・を奪ってしまった……。


僕が、イリシスから”日常・を奪ったんだ……そして、イリシスを自ら命を絶とうとするまで追い詰めた……。




 

……僕のせいか……。




 

僕は、イリシスの背中に腕をまわした。


イリシスの戸惑いが彼女の身体から伝わって来た。


しかし、その戸惑いもすぐに消え、イリシスは僕にその身体を委ねた。

 

「イリシス、この傷……」 

 

僕は……言葉を続けることができなかった。


しかし、イリシスには、僕が何を言いたいのかが伝わったようだ。

 

イリシスは、無理やり笑顔を作って……明らかに嘘とわかる言い訳をした。


そのイリシスの姿がとても痛々しくて……僕は、ただ「そうか……」としか言えなかった。

 

僕は、床に落ちていた包帯を拾うと、イリシスの左手首に巻き直した。

 

言い訳をするつもりはない……。

 

僕は、この傷を見るのが辛かった……。

 

これは、イリシスに対する優しさよりも、自分の辛さから出た行動だった。


 

それなのに……イリシスは、僕に「ありがとう、お兄ちゃん……」と言ってくれた……そう……言ってくれた……。


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