第二章 再会は曖昧な輪の内側で Ⅳ-ⅸ 【ルクト】
イリシスが、僕の胸の中にいる。
突然、イリシスが僕の胸に飛び込んできたのだ。僕は、このイリシスの行動に対して直ぐには反応することができなかった。
僕は、どうしたらいいのだろうか……?
僕の両の手は、イリシスを引き離すか、このまま抱きしめるかどうか迷うがまま、空中を彷徨っている。
どうすればいい?
イリシスが、この三年の間、どんな気持ちでいたのか、少しだけ分かった……。
僕の採った行動が、イリシスに『絶望』と『期待』を与えてしまったのだ。
『絶望』は、在り得ない未来を、イリシスに夢想させた。
『期待』は、在り得ない未来を、イリシスに向って進ませた。
全ては、僕の責任……。
全ては、イリシスを完全に拒絶することができなかった僕の責任……。
本当にイリシスのことを考えるのなら、三年前、はっきりとイリシスに告げるべきだったのだ。
『おまえは、私の道具にすぎない』ということを。
……でも、僕は、そうすることができなかった。
イリシスを完全に拒絶することができなかった。
その僕に、今、また、イリシスを拒絶することができるのか?
もし、今そうすることができるのなら、三年前にもできたはずだ。
だから、僕は……
イリシスの背中に両の手を回した。
イリシスは、驚いたらしく、初めは少し抵抗らしきものをしていたのだが、すぐに、完全に僕の胸に身を委ねた。僕達は、しばらく無言のまま抱き合っていた。
今イリシスは、顔を僕の胸に埋めている。
まだ、少し泣いているようだが、どうやら落ち着きを取り戻しつつあるようだった。
「お兄ちゃん……」
イリシスが顔を上げて、僕を見つめてくる。
僕とイリシスは、見詰め合った。
イリシスの瞳は、艶やかに濡れていた。
僕は、イリシスに引き寄せられていく。
イリシスは、目を閉じた。
僕とイリシスの唇は、もう少しで触れ合おうとしていた。
そして……
「よぉ、ルクトにイリシスちゃん。こんな昼間から人前で熱すぎるんちゃうか?」
誰や……こんな使い古された台詞を恥ずかしげもなく使うヤツは……と思ったら、エルバやんっ!
なんてタイミングのときに……でも、助かったんかもしれへん……もうちょっとで、取り返しのつかないことをしてしまうところやった。
ふぅ……助かったわ……って、ほんまに助かったんか?
僕は、さっきのエルバのセリフを思い出してみた。
そういえば、あいつ、確か僕のことを「ルクト」って呼びかけてへんかったか?