第二章 再会は曖昧な輪の内側で Ⅳ-ⅶ 【ルクト】
僕は、ナンパした女性と一緒にカフェにいた。テーブルの向こうに座っている彼女の表情は、もうあの強張ったものではなく、薄っすらと微笑みを浮かべた魅力的なものになっていた。
ふと、彼女の左手首に包帯が巻かれているのが目に入り、それが少し気になったが、今はそんな些細なことよりも、この場をどう盛り上げるかについて考えなければならない。
「えっーと。じゃあまず自己紹介からはじめようか」
なに緊張しとんねん!
もっと気のきいたこと言えよ!
僕はあまりの自分の不甲斐なさに、ツッコミを入れた。
しかし、彼女は、「そうですね」と言って微笑んでくれた。
天使や……彼女は天使や!
もう、本気で惚れてもうたで!
いぐで、いぐで、いったるで!
よし! まずは僕から自己紹介をするか。
「僕は、ル……」
……ふぅーっ……あぶないあぶない。
あまりに興奮しすぎて、本名を名乗るところやったわ。さすがに本名を名乗るのはまずいやろ。
そんなことをしたら、僕が検邪聖庁やってことがばれてしまうかもしれへん。
そんなことになったら、彼女は退いてしまうかもやん。
ここは身分を隠さなあかん。
この恋は、マジで行くぞ。
僕、マジ恋。
「ルさんですか?」
彼女は屈託のない笑顔で、そう聞いてきた。
可愛い!
可愛すぎる!
ああ……でも、僕は”ルさん・ではないんや。
あっ!
でも本名を名乗られへんのやったら”ルさん・でもええかな。
そうや、そうしよう。
「そう、僕はルといいますねん」
彼女は、僕のこの言葉を聞くと一瞬”えっ・というような顔をした。
やっぱり、”ル・という名前じゃウソくさかったかなあ……一文字やし……。
しかし、彼女は、すぐに元の笑顔に戻り「個性的な名前ですね。わたしはそういうの好きですよ」と言った。
よっしゃ! 通った!
しかも好感触や!
僕は心の中でガッツポーズを決める。
よし!
この調子やったらええ感じでいけそうや。
どうやエルバ! 僕の実力はこんなもんやで!
僕は、どこにいるのかわからない従兄弟に向かって胸を張る。
「で、あなたのお名前は?」
「当ててみてください」
そう来たか!
そう来たか!
なんでいきなりクイズやねん!
そんなんわかるかっ! ……なんて言えない僕。
「ヒントはなし?」
「なし」
彼女は即答した。
「ちょっとだけ」
僕は、顔の前で手を合わせる。
「うーん」
彼女はしばらく考えていたが「いいでしょう。じゃあ、ルさんにとって親しみのある方の名前を挙げてみて下さい」という奇妙なヒントを出してきた。
そんなんで当たるんかいな……まあええわ。
取り敢えず適当に名前を挙げてみるか。
「フィナ」
「違います」
「ルシア」
「……違います」
「イリ……」
「えっ?」
彼女の表情が和らいだ。
しかし……
「ヤ」
「違います!」
彼女は、バン! とテーブルを叩いて立ち上がった。かなり怒っているようだ。
なんでいきなり怒り出すねん。クイズ形式したのは彼女の方なのに……もしかして、情緒不安定な人?
「ドウシテオコッテイルンデスカ?」
僕は恐る恐る聞いてみた。
「まだわからないの!?」
彼女はテーブルの前に身を乗り出す。
「……と言われましても……なんか僕、怒らせるようなこと言いましたか?」
「これならどう!?」
彼女はそう言うと、テーブルの上のお手拭で自分の顔を拭き始めた。
そして、化粧を落とすと、手で自分の髪をツインテールにした。
僕は、この彼女の行動をただ呆然と見ていた。
「どうと言われましても……化粧を落とすと以外に幼い感じがするとしか……」
いったい彼女は何が言いたいんや?
もしかして、これが彼女独特のアピール方法なんか?
確かに、ツインテールでこの顔は可愛い感じがするけど……こんな感じやったら昔から見慣れていたからなあ……って!
まさかっ!
ボクハ、トンデモナイコトヲシテシマッタノデハナイデショウカ……。
やばい!
シャレになれへん!
シャレになってへんよぉ!
よしっ!
こうなったら、
「あのう、すいませんが僕、ちょっと用事を思い出したので失礼させていただきます」
僕は急いでその場から離脱しようとした。
しかし、彼女の手が、僕の腕を掴んで離さない。
ヤッパリソウイカナイヨネ……。
僕はゆっくりと彼女の方を振り向く。
やはりそこには、成長して多少女性らしくなった見慣れた顔があった。
「もしもーし、手を離してくれへん?」
「だめだよ。聞きたいことが一杯あるんだから」
そして、一呼吸おいて彼女、いや、イリシスは「……ねえ、お兄ちゃん」と言って微笑んだ。
あ、悪魔の微笑みや……。