第二章 再会は曖昧な輪の内側で Ⅳ-ⅳ 【イリシス】
わたしは、一人で、人通りの多い道に立っていた。わたしの心臓は、さっきからバックンバックンと高鳴っている今わたしは、さっきお店でマリーナさんが選んでくれたばかりの服を着ている……。
マリーナさんが選んでくれたのは、白いブラウスと黒いスカートいうシンプルなものだったが、それがわたしを大人びて見せていた。
自分で言うのもなんだけど”深窓の令嬢・という感じ……(すいません……ちょっと言い過ぎました……)。
いつもツインテールにしている髪を下ろして、軽く化粧をしているのも、わたしに”大人っぽさ・を与えていると思う。
マリーナさんは、わたしのコーディネートを全てを終えると「イリシスちゃん、すごく綺麗よ」と言って、わたしを鏡の前に連れて行ってくれた。
そして、わたしは鏡に映った自分の姿を見て、思わず「綺麗……」と言ってしまった。
……とんだナルシストぶりであると言われるかもしれないけど、そのときは、鏡に映った女性が自分であるとは思えなかったから、そういう言葉が自然に出てきてしまったのだ。
「これがわたし……?」
「そうよ。可愛らしい格好もイリシスちゃんには似合うけど、こっちの大人っぽい格好もいいわね」
マリーナさんは満足そうに言った。
実は、わたしは、ストアに居た頃からオシャレなんか、あまりしたことがなかった。
まあ、一三歳から一六歳という女の子がオシャレに目覚める時期に、魔法の修行に明け暮れていたのだからそれも当然か……。
「で、イリシスちゃん。これからあなたに指令を与えます」
「な、何ですか? 唐突に」
「今からナンパされに行きなさい」
「えっ?」
わたしは、マリーナさんが何を言っているのか全くわからなかった。
それをマリーナさんも感じたのだろう、「イリシスちゃん、もしかしてナンパって知らないの?」と聞いてきた。
「はい」
わたしは素直に答えた。
「合格っ!」
マリーナさんは、ガッツポーズをキメる。
な、何がですか?
「だから、イリシスちゃんの魅力が、世の男どもをどれだけ惹きつけるかを身をもって体験するのよ! それが、真の大人の女性に近づく一番早い方法よ!」
マリーナさんは、返事も聞かずにわたしを大通りに連れて行くと「がんばっていい男を釣ってくるのよ♪」と言ってどこかへ消えてしまった。
わたしは、置き去りにされてしまったのだ。
ど……どうしよう……。
わたしは、ただ、呆然と立っていることしかできなかった。
審問衣を着ていない今のわたしは、ただの田舎から出てきた十六歳の女の子にすぎない(魔法は使えるけど……)。
それなのに、知っている人がいない大都会の真ん中に置き去りにされるなんて……悪夢だよぉ……。
それにさっきからギラギラした視線をいっぱい感じるし……。
わたしは恐る恐る周りを見渡してみた。複数の男の人と目が合った。
彼らは、誰が一番にわたしに声を掛けようかと、お互いを牽制しているみたいだった。
すぐに、わたしは目を逸らした。
あの人達、わたしをナンパする気なのかなぁ……。
ナンパされるなんて初めてだよぉ……。
も、もし、変なことされそうになったら……魔法を使うしかないよね?
一般人に魔法をむやみに使うことは、厳しく禁じられているけど……この場合は仕方ないわよね?
うん。
わたしは、自分にそう言い聞かせると、来るであろうナンパを待った。
そして……。
「お嬢さん、今ヒマですか?」
ついに来ました! 来てしまいましたよ!
ど、どうしよう? こんなの初めてだから、どうしたらいいのかわからないよ。
で、でも、これも大人の女性になるための試練なんだよね。
がんばれ!
わたし!
わたしは、勇気を出して、そっとナンパ男の顔を見てみた。
……どういうこと?
わたしの頭の中は、一瞬真っ白になってしまった。