No.16 山影の道をひらく夏(和歌山県北山村)
ふるさとに咲く物語 第16作
『山影の道をひらく夏』
作者:常時謙仕
第一部 閉じた山道
昭和六十三年、七月。和歌山県北山村。
山々の緑は、雨をたっぷり吸って、いっそう濃くなっていた。谷間を流れる北山川は、日差しを受けてきらきらと光り、川面を渡る風が、家々の軒先に干された洗濯物を揺らしている。
小学六年生の千紗都は、祖母の家の裏手にある細い坂道を見上げていた。
道の入口には、傾いた木の札が立っている。
「この先、通行注意」
札の文字は、雨に洗われ、ところどころ薄くなっていた。道の両側からは草が伸び、木の枝が重なり合って、奥の様子はほとんど見えない。
「昔は、この道を通って山の上まで行ったんやで」
祖母が、縁側から声をかけた。
「山の上には何があるの?」
「昔の見晴らし場や。木が今ほど大きくなかったころは、村の屋根も川も、ずうっと見渡せたそうや」
千紗都は、もう一度、道の奥に目を向けた。
村では、夏休みに入ると、子どもたちが川辺や広場に集まって遊んだ。けれど、村の子どもの数は以前より少なくなり、同じ学年の友達も、千紗都を入れて四人しかいない。
この夏、千紗都たちの学校では、村の暮らしや自然について調べたことを、夏休み明けに発表することになっていた。
千紗都は、地図を広げて村の道を調べていたとき、古い見晴らし場のことを知った。そこからなら、北山川の曲がりくねった流れも、山に囲まれた集落も、一度に見られるという。
「行ってみたいなあ」
思わず口にすると、祖母は少し眉を寄せた。
「今は、勝手に入ったらあかん。道も荒れてるし、山の持ち主さんもおるからな」
千紗都はうなずいた。
行ってはいけないと言われたから、あきらめる。それで終わりにしてもよかった。
けれど、頭の中には、まだ見ぬ景色が残っていた。
その夜、居間のラジオから、明るい声が聞こえてきた。
「本州と四国を結ぶ瀬戸大橋が、今年四月に開通しました。人や物の流れが変わることが期待されています」
父が新聞をたたみながら言った。
「橋ができると、遠くの町まで行きやすくなるんやな」
千紗都は、ラジオの音を聞きながら、祖母の言葉を思い出した。
道があっても、通れなければ、向こうへは行けない。
では、通れなくなった道は、もう道ではなくなってしまうのだろうか。
翌朝、千紗都は学校へ向かう前に、ノートを一冊、かばんに入れた。
表紙には、鉛筆でこう書いた。
「山の上までの道を、もう一度」
第二部 願いを伝える
千紗都は、まず、担任の先生に相談した。
「先生、村の古い見晴らし場までの道を、もう一度通れるようにできませんか」
先生は、すぐには答えなかった。
「どうして、そこへ行きたいの?」
「村のことを調べるなら、地図や写真を見るだけじゃなくて、自分の目で見たいんです。それに、ほかの子にも、あそこから村を見てもらいたいです」
先生は、千紗都のノートを開いた。
そこには、道の入口の絵、祖母から聞いた話、村の人に尋ねてみたいことが、順序よく書かれていた。
「考えはわかった。でも、道を通れるようにするには、草を刈るだけでは済まないかもしれない。土地のことも、安全のことも、調べなくてはいけないね」
千紗都は、鉛筆を握り直した。
「じゃあ、何を調べたらいいですか」
先生は、ノートの余白を指さした。
「まず、必要なことを書き出してみよう」
千紗都は、家に帰ると、ノートに項目を並べた。
道の持ち主は誰か。
どこまで歩けるのか。
危ない場所はないか。
誰に相談すればよいのか。
道を整えるには、何が必要なのか。
ひとつ書くたびに、次の疑問が浮かんだ。
けれど、わからないことがあるからといって、願いそのものを引っ込める必要はない。
翌日、先生と一緒に村の役場を訪ねた。
応対してくれた職員は、古い地図を広げてくれた。見晴らし場へ続く道の一部は村有地ではなく、個人の山林を通っていることがわかった。さらに、長い間、人があまり入っていないため、足元の状態も確認しなければならないという。
「すぐに通れるようにする、というわけにはいかんね」
職員は、地図の上を指でたどった。
千紗都は、胸の奥が、きゅっと縮むのを感じた。
やっぱり無理なのだろうか。
しかし、ノートを開くと、自分で書いた問いが並んでいた。まだ、すべての答えが見つかったわけではない。
「じゃあ、まず、どこまでなら安全か、調べてもらうことはできますか。それから、山の持ち主さんに、お願いをしてもいいですか」
職員は、千紗都を見た。
「道を使いたいということだけでなく、何のために使うのか、どう安全を確かめるのかも、きちんと伝えたほうがいいね」
千紗都は、ノートに新しい項目を書き足した。
願いを伝えることと、願いをかなえるための準備をすること。
その二つは、別々ではなかった。
数日後、役場から、山の持ち主に相談する機会を設けてもらえることになった。
千紗都は、先生と一緒に、お願いする内容を整理した。
道を全部開きたい、と言うだけでは足りない。どの区間を使いたいのか。何人で歩くのか。危険が見つかった場合はどうするのか。道具や費用はどうするのか。
ノートのページは、少しずつ文字で埋まっていった。
けれど、最後の一枚だけは、白いままだった。
そこには、山の持ち主に、どうしても伝えたいことを書くつもりだった。
第三部 山影の向こう
相談の日、千紗都は、役場の小さな会議室に座っていた。
向かいには、山の持ち主の男性と役場の職員。隣には先生がいる。
千紗都の前には、何度も書き直したノートが開かれていた。
最初に話し始めたのは、先生だった。続いて職員が、道の場所や土地のことを説明した。
やがて、千紗都の番が来た。
膝の上で、指先が少し動いた。
大勢の前で話すのは、得意ではない。ノートに書いた文章なら読める。それでも、紙の上の言葉を読むだけでは、伝わらないことがある気がした。
千紗都は、顔を上げた。
「私は、山の上から村を見てみたいです。昔の人がどんな景色を見ていたのか、知りたいんです。それから、今の村のことも、ほかの人に伝えたいです」
男性は、黙って聞いていた。
千紗都は、続けた。
「でも、勝手に山に入ったり、危ないところを歩いたりするつもりはありません。まず安全を確かめて、通れるところだけでも使わせてもらえないでしょうか。必要なことは、先生や役場の方と相談して進めたいです」
言い終えると、部屋の中が静かになった。
千紗都は、ノートの端を押さえた。
男性は、しばらく地図を眺めていたが、やがて顔を上げた。
「山は、道だけ見てもわからん。雨のあとに崩れるところもあるし、見た目では気づかん危険もある。そこをわかったうえで考えなあかんな」
千紗都は、うなずいた。
男性は、地図の一角を指さした。
「このあたりなら、昔、道を直したことがある。ただし、今も大丈夫かは、見てみんとわからん」
その言葉を聞いて、千紗都はノートを開いた。
すぐに許可が出たわけではない。道を使えると決まったわけでもない。それでも、初めて、願いが現実の話として動き始めた気がした。
帰り道、先生が言った。
「千紗都さん、今日はよく伝えられたね」
「でも、まだ何も決まっていません」
「そうだね。でも、何も決まっていないことと、何も進んでいないことは、同じじゃないよ」
千紗都は、その言葉を心の中で繰り返した。
家に帰ると、ノートを机に広げた。
白いままの最後のページに、今日、話したことを書こうとした。けれど、鉛筆はすぐには動かなかった。
願いは伝えた。
話を聞いてもらえた。
けれど、これから先には、まだ確かめなければならないことがある。
窓の外では、北山川が、夏の日差しを受けて流れていた。
千紗都は、鉛筆を持ち直した。
ノートの端に、小さく書いた。
「次にすること」
その下は、まだ白い。
山の向こうから、ひぐらしの声が聞こえた。
千紗都は、窓の外を見つめた。
道が開くのかどうか。
誰と、どこまで進めるのか。
そして、山の上から見える村は、どんな姿をしているのか。
その答えは、まだ、山影の向こうにあった。
All Rights Reserved.
2026©tokotokikenji
とことき文庫
ふるさとに咲く物語 第16作
『山影の道をひらく夏』教師用虎の巻
作者:常時謙仕
1 作品のねらい
本作の主題は、願いを実現するために、必要なことを考え、準備を整え、周囲の理解と協力を求めながら行動することである。
主人公の千紗都は、村の古い見晴らし場へ続く道に関心を持つ。そこから村を眺め、自分の目で地域の姿を確かめたいと願う。しかし、道は荒れ、土地の所有者や安全面の問題もある。千紗都は、ただ「行きたい」と主張するのではなく、何を調べ、誰に相談し、どのように願いを伝えるべきかを考えていく。
ここで大切なのは、願いを持つことと、願いを実現するために責任を持って行動することの違いである。
強い思いがあっても、それだけで物事が進むわけではない。必要な情報を集め、相手の立場を考え、危険や制約を理解したうえで、実現可能な方法を探ることが求められる。
本作では、千紗都が大人の力を借りる姿を、単なる依存として描いていない。自分で考えたことを整理し、わからないことは質問し、必要な協力を求める。これは、自分の考えを持つことと、すべてを一人で行うことが同じではないと示している。
2 聖書とのつながり
本作の聖書的背景は、旧約聖書「ネヘミヤ記」2章1~8節である。
ネヘミヤは、目指すことを心に抱くだけでなく、機会を捉えて願いを伝え、実現のために必要な許可や協力を求める。
本作では、この流れを小学六年生の生活に置き換えた。千紗都は、古い道を通れるようにしたいという願いを抱く。次に、担任の先生や役場に相談し、土地の所有者や安全面の課題を知る。そして、何をしたいのか、なぜ必要なのか、どのように進めたいのかを整理し、相手に伝える。
重要なのは、「願えばかなう」という単純な物語にしないことである。千紗都の願いは、その場ですぐに認められるわけではない。それでも、願いを具体的な計画に変え、他者と共有できたことで、実現への可能性が生まれる。
聖書とのつながりは、人物名や宗教的な説明を示すことではなく、目的に向かって考え、準備し、行動する姿勢を物語の中から読み取らせることにある。
3 昭和六十三年の時代背景
本作では、昭和六十三年四月に開通した瀬戸大橋を、ラジオニュースとして取り入れた。
本州と四国を結ぶ大きな橋の開通は、人や物の移動、地域間の交流に新たな可能性をもたらす出来事だった。一方、山あいの小さな村では、日々の暮らしを支える道や交通のあり方が、身近な問題として存在していた。
この対比によって、遠くの地域を結ぶ大きな橋と、村の中にある小さな道を重ねている。
ただし、授業では瀬戸大橋の開通を過度に象徴化する必要はない。大切なのは、社会が変化する時代にも、地域の人々にとって必要な道や場所があり、その価値は規模の大きさだけでは決まらないという点である。
4 授業で注目したい場面
第一の場面は、千紗都が先生に相談し、道の所有者や安全面の課題を知るところである。
千紗都は、最初からすべてを理解しているわけではない。しかし、課題を知ったことで願いを引っ込めるのではなく、「何を調べたらいいですか」と問い直す。
ここでは、困難を知ったときに、あきらめるか、無理に押し通すかという二択にしないことが重要である。課題を具体的に把握することで、次に取るべき行動が見えてくる。
第二の場面は、千紗都が山の持ち主に願いを伝えるところである。
千紗都は、自分が行きたいという希望だけでなく、地域について学び、ほかの子どもたちにも村の姿を伝えたいという目的を説明する。さらに、安全確認や関係者との相談を欠かさないことも伝える。
相手を説得するためには、熱意だけでなく、相手が心配することに目を向け、具体的に説明する必要がある。この場面は、児童会活動や学校行事、地域活動などにもつながる学びとなる。
5 話し合いで深めたい問い
授業では、次のような問いが考えられる。
千紗都は、なぜ「行きたい」と言うだけでなく、必要なことをノートに書き出したのだろう。
道を使えるとすぐに決まらなかったのに、千紗都はなぜ前に進めたと感じたのだろう。
自分の願いをかなえるために、相手の心配や立場を考えることは、なぜ必要なのだろう。
自分だけではできないことに取り組むとき、どのように周囲の協力を求めればよいだろう。
ここで「千紗都のように行動しましょう」と結論づけるだけでは、作品の可能性を狭めてしまう。児童自身の経験に結びつけ、願いを実現するために何が必要かを考えさせたい。
6 「結」を書かない意味
物語は、道が実際に開かれたかどうかを明らかにしない。千紗都のノートには「次にすること」と書かれ、その下は白いままである。
これは、物語が未完成だからではない。願いを実現するための行動は、一度の相談ですべて終わるものではないからである。
児童には、道が開通するかどうかだけでなく、千紗都が次に何を調べ、誰に相談し、どんな準備をするのかを想像させたい。
本作の余白は、結果よりも、結果に至るまでの考え方や行動に目を向けるためのものである。
7 編集委員の評価
総合評価:4.7/5.0
第16作は、シリーズ第15作の「間違いを認め、周囲とともに立て直す」というテーマから一歩進み、「目的を持って願いを伝え、実現への道筋を考える」という主体的な行動を扱っている。
特に評価できるのは、千紗都の願いを単なる郷土愛や冒険心にとどめず、調査、相談、説明、許可、安全確認という具体的な過程に落とし込んだ点である。小学六年生にとっても、学校生活や地域活動で経験し得る課題として考えやすい。
また、ネヘミヤの物語に通じる「願いを伝えるための準備」を、宗教的な説明に頼らず物語の行動として表現できている。瀬戸大橋の開通という昭和六十三年の出来事も、地域をつなぐ道という主題を補強している。
一方、授業では「努力すれば願いはかなう」という成功物語に単純化しない注意が必要である。千紗都の願いが実現するかどうかは、本人の努力だけで決まるものではない。土地の所有者の意思、安全面の条件、地域の事情など、他者の判断や現実的な制約も関係する。
本作の価値は、願いが必ずかなうと教えることではない。願いを持ったとき、実現に必要なことを考え、相手の立場を尊重しながら、一歩を踏み出すことができると示している点にある。
第14作の「相手の声を聞いて必要なものを考える」、第15作の「間違いを認めて立て直す」に続き、第16作では「願いを具体化し、協力を求める」段階へ進んだ。シリーズ全体の道徳的な発展にも整合している。
授業では、次の一文を作品の核として共有したい。
「願いを持つことは、始まり。実現するために考え、準備し、人に伝えることも、その願いの一部である。」




