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貫く赤ずきんと素直なおおかみ

作者: 水辺ほとり
掲載日:2026/06/19

 昔々あるところに、赤ずきんと呼ばれている男の子がおりました。

 とてもかわいい男の子でしたが、赤毛なのを童話になぞらえて、赤ずきんとからかわれていたのです。

 からかってくるやつは、村で一番大柄な子でした。いつも髪がボサボサで、母親から放っておかれているのは誰の目にも明らかでした。

「やーい、汚い赤毛の赤ずきん!」

「なんだと!?」

「赤ずきんと乱暴者がまた喧嘩してる……」

 赤ずきんは素直ないい子で、お母さんとお揃いの赤毛を気に入っていましたから、とても怒って、この子にからかわれるたびに喧嘩しておりました。負けじと応戦してはやられるので、赤ずきんは生傷が絶えませんでした。

 お母さんは、ジャム作りを生業にしている家の娘で、心が弱い人で、赤ずきんが生傷が絶えないことで、心配して、心が疲れてしまったようでした。

 ある時、赤ずきんが夜中に起きると、お母さんは起きていました。ここからは影しか見えませんが、ゆらゆらと揺り椅子に腰掛けているのがわかりました。きらきらした燭台の光が揺らめいたかと思うと、涙の影が落ちて行きました。

「お母さんどうしたの?」思わず近寄って声をかけると、ぎゅうと痛いほど手を握られて

「赤毛に産んでしまってごめんね」と消え入るように言われたのでした。

 赤ずきんは、はっと血の気が引きました。そしてふつふつと怒りがわきました。赤ずきんは手を振り払って叫びました。

「おれは、お母さんとお揃いがうれしかったのに!」

 そこから、赤ずきんはすっかりグレてしまいました。

 数年経つと、赤ずきんは髪をリンゴのような赤に染めました。いつもピリピリしている赤ずきんを皆、怖がって近寄りません。

 昔と変わらないと思って、

「やーい赤ずきん!前以上に真っ赤だな!」

とからかってきた奴は、黙って力の限りぶん殴って、ぼこぼこにしてやりました。それからそいつはからかってきません。

「髪を赤くしたの?かわいいね」と顔を見ながら擦り寄ってきた女は、睨みつけてやりました。赤ずきんはかわいい顔立ちでしたが、村人たちからみて、その面差しは常にいらだって、けわしいものでした。


 それでも、その面差しが緩む時間もありました。赤ずきんはこどもたちに「お兄ちゃん」と呼ばれて、慕われておりましたから。

 赤ずきんは、小さい頃、よく喧嘩した乱暴者が嫌いでした。でも、今はただ、哀れだと思っていました。ベタベタと気持ちの悪い、顔色ばかり伺ってくる自分の母親も、乱暴者を放り置いていた粗雑な乱暴者の親も、どっちも嫌でした。

 ガキなんかみんなガキなんだ、そのまんまでいられたら一番いい。そういう考えで、両親の作るジャムの搾りかすや廃棄から、たまにおやつを作っては、こっそりとこどもたちに分け与えて、食べさせながら話を聞いて、村のこどもたちにマメに目配りをしておりました。

 甘いものを食べると人間、気が緩むもので、おやつを食べながら喋るこどもたちはみんな素直で裏表がなくなりました。こどもと過ごしているときだけは、赤ずきんも心が癒えるようで、ガキ大将のような粗い喋り方をすれども、顔つきは穏やかそのものでした。そんなわけで、話し方がちょっと怖いけど、優しいお兄ちゃんとして、こどもたちに怖がりながらも愛されておりました。

 乱暴者やその仲間は、ガキ大将だと陰口を言ったり、呆れたりしていました。どうせ怖がらせて手下にしているんだ、なんて言われるのでした。


 そんなガキ大将の赤ずきんが唯一、逆らえないのは、おばあちゃんです。元村長で、めちゃくちゃ怖くてしっかり者で、頭の切れるばあちゃんは、裏表がなくて、赤ずきんにとっては話しやすい家族でした。

 ある日、両親に「おばあちゃんの様子を見に行って」と言われた赤ずきんは、

「しょうがねえな!」と怒鳴ったあとに、似合わない可愛いバスケットを持って、おばあちゃんの家に向かいました。

 そんなところから、始まり始まり。



 ばあちゃんちは、隣の村との境界線を示して、村を見守るように、岩がちな標高の高いところにある。赤ずきんがドンドンと扉を乱暴に叩くと、

「赤ずきんかい」としゃがれた声が答えた。

「ばあちゃん、その呼び方やめろっつっただろ」

 中に入ると、けたけたと笑うばあちゃんが、ベッドから身を起こし、猟銃の手入れをしていた。この村の老人にしては背が高く、白髪に痩せた面差しと鋭い目が猛禽類を思わせる。若い頃は綺麗だったんだよとひっそり母から言われたことを思い起こしていた。きっとキツい美人だったことだろう。 

「体痛めてる老人が無理すんじゃねえよ。……これ母さんと父さんから。薬だと思って、ジャムもしっかり食って体力つけろ、だとよ」とバスケットを差し出すと

「ジャムは名産品だから余ってるの間違いだろ。甘いものは苦手だよ。いらないって言ってるのにねえ、律儀な子達だよ」と笑った。

 ふと真面目な顔になったばあちゃんはこちらを見つめて話し出した。

「ねえ、孫よ。猟師だったじいさんが亡くなってから、この古い猟銃が扱えるのはあたしだけだ。それじゃあ、いざって時に困る。これは、お前にやるから、使い方を覚えなさい」

「縁起でもねえこと言うんじゃねえよババア」

「ババアの言うことも聞けないのかい!耳の穴かっぽじってよく聞きな。お前は真っ直ぐだし、肝の据わった子だ。そこを見込んで、お前にこれを貸すから、夜、寝る前にこの森の近辺を見回りしておくれ」

 ばあちゃんの普段の軽口とは違う話しぶりに、赤ずきんは飲まれた。

「なんだよ、何か出るのか」

「さあね。ただ、狼らしき遠吠えが最近聞こえるもんでね。魔物か狼かわからない」

 赤ずきんは目を細めて、まずいな、とつぶやいた。

「ここは、森のはずれだからいいけどね、もっと村の方に来られちゃたまったもんじゃないよ。若者ばかりじゃなく、赤子もこどももいるんだ。その子達に何もないように、お前には遠吠えの正体を突き止めてほしい。これは、元村長からの頼みだよ」

「……わかった」

 赤ずきんは珍しく真面目に頷いた。

 激しく咳き込むばあちゃんから、猟銃の扱いを教わり、赤ずきんは空になった可愛いバスケットと、ものものしい猟銃と弾倉を携えて帰宅した。


 赤ずきんが見回りを始めて数日。

 しんしんと星が囁く静寂の夜、猟銃を担いだ赤ずきんは仮眠から起きて見回りを始める。一度寝た振りをしないと、あの心配性の母が何を言い出すか知れない。

 夏の森の夜は霧が出やすく、ひんやりと湿っぽかった。やわらかな苔を踏みしめて、あたりを警戒していると、何者かが草むらに飛び込み、姿を消した。

 更に夜がふけた頃、あおーーんという物悲しい遠吠えは聞こえるが、そちらの方に行くと、もう姿を隠している。これだけ臆病な生き物なら、里を襲うとは思えないが、警戒心が強い家畜食いの狼もいるから一概には言えない。

 ついでのように、鳥や動物を狩ることで、狩猟の腕前は中々よくなっていったが、一向に狼は現れなかった。


 何箇所か遠吠えが聞こえる場所を特定した。その一つに張り込み続けて、やっと狼が現れた。痩せているが目がくりくりしていて、まだ幼い狼のようだ。

 赤ずきんは猟銃を構え、ジリジリと距離を詰めた。引き金に指をかけると

「ひえ!撃たないで!やめてください!!」

「は!?」

 狼はすくっと二本の後ろ足で立ち、ぼふんと魔法の煙を立てて、狼は、狼耳の少女に変身した。狼少女は耳を興奮でぴこぴことさせながら話した。

「あの、ご覧のとおり、私、魔物で獣人です。でも、人なんか美味しくないから食べません!あの、甘いものが好きなんです!この森のはずれは、たまにジャムが捨てられているから、有難くて、舐めに来てただけなんです!ほんとです!」

 あンのババア!甘いもの苦手だからって差し入れのジャム、森の奥に捨ててたのかよ!

 そんなことより。

 じゃき、と赤ずきんは猟銃を構えた。

「そう言われても人間の俺たちは魔族を信用できねえ。悪いがこの森から出てってくれ。お前はまだガキだから殺したくない。元いたところに帰れ」

 しゅん、と狼少女の耳が横に倒れて怯えた。

「そんな、帰るところ、あるわけないじゃないですか」震える声の狼の少女は、ポロポロと涙をこぼした。

「魔王国が滅ぼされたときに、魔族として死んだほうがマシでした。こうやって毛駄物のふりをしながら、殺されそうになるか、奴隷になって死ぬよりひどい目に合うしか生きる道がないんですよ……だから、仲間がいたら、と思ってひっそり遠吠えしてたけど全然いないし……」

 ぼろぼろと泣く狼少女は、そのへんのこどもにしか見えなくて、赤ずきんは猟銃を下ろした。村のこどもたちを守ろうと思って構えた銃を、他のこどもに向けるのは違う、と思った。

「……この森を抜けて山を登れ。洞窟がある」

「え?」

 狼少女は顔を上げた。

「食べ物があれば飢えずに済むんだろ。届けてやる。出歩かれて、里の人間をおどかされても困るしな。ジャムは名産品だ。失敗した分は捨てるから、それをくすねてもバレねえよ」

「そ、そんな!嬉しいですけど!バレたら大変なことに……」

「バレねえよ。大丈夫だから早く行け」

「でも、もらってばっかりじゃ……」

「じゃあ、村を魔物や大きな獣から守ってくれ」

 こくこく、と頷いた少女は、またぼふんと魔法の煙を立てて、こどもの狼に変身すると、するりと月に照らされた森の夜を駆け抜けて、洞窟の方へ消えた。



 そんなこんなで、赤ずきんはばあちゃんちに行くついでに、狼少女の元に立ち寄るようになった。


「ばあちゃん、来たぞ。……体調いいのか」

 扉をドンドンと叩いて入ると、ばあちゃんはゆれる椅子に腰掛けていた。

「おお、来たかい。今日はまぁまぁだよ。……おや、ジャムがなくなったね、言ってくれたのかい」

「おー、滋養がつくからって、手土産に加えたがるからそっと除いといたぞ」

「そうかい。狼はどうなった?」

「あぁ……痩せた野犬だったよ。空砲で追っ払った」

 簡単だった、と言うようにひらひらと手を振ると、

「ならよかった。安心して過ごせるよ。あとはお前が嫁でももらってくれたらねえ」とばあちゃんはけらけら笑った。

「うるせえな!赤ずきんの嫁になりてえ女なんていねえよ。帰る」

 ここのところ、いつもすぐ帰りたがる。珍しいこともあったもんだ、両親とは仲悪いのにね。まさか嫁候補でも見つけたのかい?とばあちゃんは訝しんだ。



 強い日差しの中で、斜めに傾いた木漏れ日が鋭く差し込む森を早足で抜けて、山奥の洞窟に向かう。赤ずきんのポケットの中で小さいジャムの瓶が包んだ布巾越しにかちかち鳴る。中には、ジャムで作った琥珀糖とジャムが入っている。前にはジャムそのものをあげたので、今回は見た目の綺麗なおやつも作ってきた。

 山奥の洞窟に行く道のりは、小川が近いせいで、ぬかるんだ急な斜面は誰も登らない。苔に足を取られかけながら、踏みしめて登りきると、頂上に洞窟が口を開けている。登りきった頃には、日が少し傾きはじめて、日向の色が蜂蜜色にとろけていた。

「わーー!待ってました」洞窟の入口で狼少女がふさふさのしっぽをぶんぶんと振っていた。ぱっと上げた顔がきらきらした笑顔でいっぱいだった。

「おい!危ないから中にいろよ!」

「えへへ、良かった、また来てくれて。待ちきれなかったですもん……さ!さ!中へどーぞ」

 洞窟の中には簡易的なテントが建ててあり、床には板が渡してあって、羊の毛皮と絹織物だろうか、ふわふわした寝具とすべすべした刺繍のついた掛布が丁寧に畳んである。泥の上に立てたテントがこれだけ綺麗なのは不思議で、魔法というやつだろうかと赤ずきんは首を傾げた。手狭ながら過ごしやすそうに整ってきており、赤ずきんは少し安心した。しかし、寝床もキレイだし、ナイフや服が丁寧に並んでおり、育ちが良いのだろう。

「つか、ジャムや菓子ごときでそんな喜ばれてもな……」

「そんな言い方しないでください。おいしいですもん」

 赤ずきんがひょいと無造作に渡したジャムと琥珀糖の瓶を、狼少女は両手で大事そうに受け取った。傾いてきた太陽に向けて琥珀糖を掲げてニコニコと眺めている。

「わあ!キレイな色!宝石というものは見たことがありませんが、こんな感じなんですかねえ」

 綺麗な菓子でこんなに喜ぶなんてなぁ。赤ずきんは、こいつまだガキなんだなとしみじみして、頭と狼耳をぐしゃぐしゃと撫でた。

 狼少女は、わふぅん、という鳴き声と共に手に耳を擦り寄せてから、恥ずかしそうに手を振り払ったあと、ぽろぽろぽろ、と涙をこぼした。

「あ、あれ、涙が……」

 耳がへたりと横に寝ている。赤ずきんはなんと声をかけたらいいのかわからなくて、ジャムをくるんでいたふきんをぶっきらぼうに差し出した。

「ふけよ」

「あ、う、ありがとう、ございます」

 涙で震えた声が深呼吸で少しずつ落ち着いていった。

「ひとから美味しいものをもらうのも、撫でてもらうのも、久しぶりです。えへへ」 張り詰めていたものがほどけたようで、ぼろぼろと涙をこぼしながら、狼少女は笑った。

 赤ずきんはテントを見渡すと、端に空になって綺麗に洗われているジャム瓶が並んでいるのが見えた。瓶を拾うと、少し下ったところにある小川の水を汲みに洞窟を出る。あんなの、ただの育ちのいいこどもじゃねえか。なんでジャムぐらいで、撫でるだけで、泣いちまうくらいに、しんどい人生送らなきゃならねんだ。やるせない気持ちで、ジャム瓶に水を汲んだ。少しでも楽になれ、と早足に戻り、狼少女に手渡した。

 狼少女は、ごくごく、と音を立てて飲み干した。

「ぷはー!ありがとうございます!」と元気に言った。耳はもうピンと三角に立っていた。

「……落ち着いたか?」

「はい!とっても。へへへ。恥ずかしいとこ見られちゃいましたね。ありがとうでした」

「気にすんなよ」

「えーでも、お返しとか……うーん?あっ、そうだ!もらってばっかりじゃ嫌なんです。これ、皆さんでどうぞ」

とずっしりとした麻袋を引きずってきた。

「な、なんだこれ」

「猪を仕留めました!どうぞ!」

「おお……。ええと、ありがとよ。一人で仕留めたのか?すごいな」

「ふふーん!魔法に長けた私には朝飯前ですよ!」

 面倒くさいことになった、どう始末すれば良いんだ、と赤ずきんは心の中で頭を抱えた。

「せっかく獲ってくれたしなぁ」

 本当に大きな獲物だ。村の皆で食べれるほどの量のご馳走になることだろう。でも、ぬかるんだ斜面で、この獲物を汚さずにどうおろしたものか。手押し車もたぶん持ってはこれない。

 調理しちまうか?燻製とかに。

 鍋と干した木片を持ってこなければなぁと考えていると

「何に困ってます?もしかして持ち運び?」と狼少女が聞いてきた。

「おー。これだけたくさん肉があるなら、干し肉とか燻製にしたいんだけどなぁ。俺が運ぶとたぶん泥まみれにしちまうし、肉が傷んじまう……」

 森の村に住んでいるそれなりの年の男子だから、赤ずきんだって、獲物の解体や肉の燻製はやったことがあった。でも器具がなければできないし、どうしたものか。

「そ、それなら!あの!魔法で焼いてみましょうか?大きな鍋を作ったり、火を起こしたりはできますよ」

「でかした」赤ずきんは小さく笑みながら狼少女の頭をグリグリと撫でた。

「ややややめてくださいよ!そんなにされたら縮みます!」

 頭を押さえて後ずさる狼少女に

「燻製を作る。作ったことあるか?」と聞いた。

「くんせい、ってなんですか?」

「あーー、そこからかぁ」

 がりがりと硬い岩の上に脆く白い小石で絵を描いた。

「下の方で、香りのする木の枝を燃やしてな、そのあっつい煙の上に生の肉を吊るしとくんだ。今ならそうだなぁ、日が落ちるまで煙につけとくと、しばらく保存できる肉になる」

「ほええ。知らなかったです。火起こしは任せてください!あっ、でも、細かいことってできないんです、魔法は大味なので……」

「じゃあ解体は俺だなぁ。あの薄いピンクの花が咲く……うーん、ギザギザのまるい葉っぱで、ゴツゴツしてる黒い色の樹ってわかるか?」首を傾げる狼少女のために、赤ずきんは、その樹の葉っぱつきの枝をもいで、狼少女に渡した。

「これだ。この木の枝を拾ってきてほしい」

「任せてください!」

 狼少女が枝を集める間に、赤ずきんは、携帯しているナイフでなんとか大きな猪を解体した。オレンジ色の光が、もう時間がないことを知らせている。落ちる影も色濃く、斜めに伸びる。できる限り手際よく、もう血が抜けている猪を洗い、皮を剥いで、内臓を取り除き、肉を部位ごとに切り分け、薄切りにしていく。

「木の枝、集めました!」

 という声に顔を上げると、一抱えほどの枝を後ろにぷかぷかと浮かせて、狼少女が戻ってきた。

「うお、そんなこともできんのか」

 赤ずきんは、つる植物をよってロープにして渡し、次々と肉を吊るした。

「なぁ、肉の下に枝をおろして、火をつけてくれないか」

「お任せください!」

 狼少女は口の中でモゴモゴ何かをつぶやくと、左手を枝に向けてかざした。

「枝よ落ちろ!火よつけ!」

 ふんわりと着地した小枝が音を立てて崩れ、折り重なる。かざした狼少女の手のひらから、複雑な紋様の魔法陣が浮き出たあと、ごう!と熱く燃える火の玉が現れ、ふわふわと枝の上に着地した。木に火がついて、パチパチ鳴り出し、いい香りをさせたあと、あっという間に広がって、肉に向かってもうもうと煙を立てて大きな炎が燃えだした。

「すげえ!!こんなこともできんのか!」

「全然できない方ですよ〜」と手をパタパタ左右に振りながら、狼少女は照れた。赤く染まっているのか、炎で明るいのかわからない。

 大きな大きな夕日が半分体を地平線に埋めている。

「他の奴らはもっと魔法ができるのか?」

「もちろんです!とってもみんな、強かったですよ」

 狼少女は、今度は泣かずに、切なそうに笑った。

 あと少し、日が落ちるまで。肉の燻製が出来上がったら帰るんだ、と思いつつ、狼少女が語る話がおもしろくて、赤ずきんはついつい話に聞き入ってしまった。

 赤ずきんは生まれてからずっとこの村から出たことがない。この村、この森のことは隅々まで知っていても、外の世界、まして魔界のことなどほとんど知らなかった。

 二人で吊るした肉を回収し、綺麗で大きな葉っぱに包み終えた頃には、どっぷり日が暮れて、あたりは真っ暗になっていた。


「帰っちゃうんですか、足元すべりませんか……?」狼少女は、心配そうに赤ずきんの服を握って、引き留めようとしていたが

「帰らないわけにいかないだろ」と赤ずきんはすげなく振り切った。

 無理して帰ろうと歩いてみたが、あたりは真っ暗。松明も心許なくて、どこにいるのかも、ぬかるんだ足元の石も、わかりにくい。極めつけは、何かの唸り声が聞こえた。熊だろうか、と二人で顔を見合わせた。

 とにかく、帰るのは諦めた。赤ずきんは、どうかばあちゃんがうまく母親を誤魔化してくれるように祈った。

「これじゃあ帰れないですね」と狼少女が耳をぴこぴこと動かしながら言う。

「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」と赤ずきんは毒づいた。

「ひとりの夜ってさみしいんですよ。家族と雑魚寝してたから、誰かと過ごすの、とっても懐かしいです」と狼少女はひんやりした夜空を眺めてから、嬉しそうに笑った。


 赤ずきんは、人と同じ空間で寝るのが久しぶりでうまく寝付けなかった。寝付けないときにやるのは決まってお菓子作りだ。

 燻製のときの燃え残りと小枝を集めて、火を大きくすると、石を組んで台を作る。紫のジャムの瓶を置いて、小枝で混ぜながら煮詰め始めた。紫のジャムで飴を作るのだ。

 石同士をぶつけて割り、いい感じの楕円形の凹みを作ると、川に浸けて冷やす。山の川は夏場だってすごく冷たい。ある程度、時間をかければ、飴を固めるくらいには冷えるだろう。

 ふつふつ言う紫のジャムを静かに混ぜながら、耳を澄ませる。火で枝が柔らかにはぜる音、川の流れる音、森の葉擦れのざわめき、何かの大きな唸り声。

「……?」聞き慣れない音が混じって、赤ずきんは余計に眠気が飛んだ。狼少女もオロオロした様子で目をこすりながら起きてきた。

「なんだか獣の鳴き声が……」耳を横に倒して狼少女は少しばかり警戒の表情だった。

「したよな?お前が聞いたなら間違いないな」赤ずきんはむしろホッとした。少なくとも半分寝ていたとか夢とかではないらしい。

「狼獣人の声ではないです。魔物じゃないといいんですが……ってそんなときに何作ってるんですか」いざというとき逃げ損ねますよう、と心配そうに聞いてくるので、赤ずきんは笑った。

「火をたいていれば少しは獣よけになるだろ。今はジャム煮詰めて飴作ろうと思ってな。寝てていいぞ」

「あんな怒った唸り声聞いたら眠れないですよ」獣にしても結構大きいですよ、とちょっと怯えた様子のあと、気持ちをそらすような空元気で狼少女は続けた。

「それにいい匂いです!とろっとしてて、つぶつぶで……つたの果物のジャムですかね。早く食べたいです!」

「何作ってるのか分かんのか?」と聞くと首を傾げた狼少女のために、赤ずきんは、先程水につけた石を拾い出した。

「このくぼみにあっちいこれを垂らして、冷えるまで食べれねえよ?」

「あれっ、冷えれば良いんですか?冷やしますよ!その石、地面に置いてください!」

 何をする気だと思いながら、赤ずきんが石を地面に置くと、狼少女は何やら口の中でもごもご言ったあと手から魔法陣があらわれた。

「石を冷やせ!」という狼少女の号令に従うように、魔法陣からごうっと白い風が吹いて、石は雪でも降ったかのように、キンキンに冷たくなった。

「すげえじゃん……」赤ずきんは少し呆然としながら、太い枝二本で瓶を挟んで、ドロドロに煮詰めた紫のジャムを垂らした。

 とろおっと垂れたジャムはみるみる冷えて固い紫の飴になった。

「わあ、すごい!ジャムからこんなに色々と作れるなんて、知りませんでした。魔法使いみたいです!」

「そんなことねぇよ」今度は赤ずきんが恥ずかしくて頭をかいた。

 しばらく置いて、完全に固まったので、ぱきん、と石のくぼみから飴を外す。綺麗な大きめの半円と、残りはくぼみの上で粉々になった。

「ほらよ」赤ずきんは、狼少女に綺麗な半円の飴を渡すと、粉々の飴をすくってじゃりじゃり食べ出した。

「わっ!これきれいな方じゃないですか!いいんですか!」狼少女は飴を高く掲げて小躍りした。

「当たり前だろ、冷やしてくれたんだから。それに俺はいつでも食べれる」

「えへへ、ありがとうございます」

「そのかわり、燻製の時の小枝みたいに、モノを浮かせることできるんだろ?悪いが、肉を下におろすの、魔法で手伝ってくれねぇか」赤ずきんは、手伝いのお返しが飴ぐらいしか思いつかなくて本当に情けない限りだったが、

「このきれいな飴にかけて、任せてください!」狼少女は得意げに胸を叩いてくれた。

 狼少女は、嬉しそうに紫色の薄い半円を炎にかざして眺めていたが、意を決すると、飴を噛み砕いた。

「おいしい!うう、食べるとなくなっちゃう、もったいない!あっ、果肉のところに来ました、つぶつぶしてておいしい〜」おいしそうにとろける顔、減っていく焦りや悲しみの顔、今度は驚いてにこにこする顔。コロコロ変わる表情、ぴこぴこ動く狼の耳を赤ずきんは飽きずに見ていた。

 赤ずきんは、まだ紫のつたの実のジャムがうっすら残る瓶に水を汲んで火にかけて沸かした。そのへんの野花の花びらを花粉を除いてむしり、沸かした湯に放り込み、即席の暖かい飲み物を淹れた。

「ほえー。こんな飲み物を思い付くなんて。案外繊細なんですね!」狼少女がつんつんと赤ずきんの脇腹をつついてくる。洒落たものを思いつきますね、と少し悔しそうに呟いた。赤ずきんは、脇腹に意趣返しをされると、くすぐったいからやめてほしかった。

「うるせえぞ、不味いなら俺が全部もらう」赤ずきんが怒ったふうな声で手を出したが、狼少女はけらけら笑って高く掲げるように避けた。

「やですよう、美味しいです。不思議で落ち着く味ですねぇ」狼少女は飲み物の香りを吸い込んで、ほうっと息をついた。赤ずきんはひとまず飲み物を気に入った様子の狼少女になんだか安心して、赤ずきんもため息を付いた。

 夏でも、夜の山頂は冷える。火に当たりながら、ふたりはちょうどよい暖かさになった飲み物を回し飲みした。

「この飴にも良く合いますね。あ!生の果物にこの飴を薄く塗って、ぱりぱりにして食べるの、きっとこの飲み物に合いますよ」狼少女がきらきらした顔で飴を頬張りながらうっとり話す。

「へえ、美味しそうだな、今度やってみるか、また冷やしてくれよ」赤ずきんは意外と作れそうな新しい菓子の話に少し前のめりになった。

「いいですよ〜。いろいろ試しましょう?私の国には、赤くて汁気たっぷりの果物に飴をかける食べ物があるんです」

「へえ、色んな美味いものがあんだなぁ」焚き火に狼少女の上気した頬が照らされている。赤ずきんは生き生きと楽しそうに話す狼少女の話をゆっくりと聞きながら飲み物を飲み下す。胸が暖かいのは決して飲み物のおかげだけではないだろうが、なんだかむず痒いし、少し癪だった。

 火の番をしながらふたりで喋っていたが、狼少女の言葉がだんだん舌足らずになってきた。月が真上に来た頃、ことん、と電池が切れたように狼少女の頭が膝の上に崩れ、静かになった。狼少女は寝てしまったようだった。

 しんしんと瞬く星と煌々と輝く月明かりが、遮るもののない山頂を強く照らしている。風もなく、森は静かに深い闇を湛えている。

 赤ずきんは耳を澄ました。唸り声は聞こえないし、変な気配もこの辺にはなかった。

「寝るか……」

 赤ずきんは、狼少女を寝具の中に入れると、その横で番をするように、丸くなって眠りについた。


 翌日、起きたら真昼になっていた、呑気なものであった。ふたりは話し合って、狼少女は旅の魔法使いということになった。薄手の掛布を魔法使いのローブの代わりにして、耳を隠した。隣の村を超えて洞窟に宿営したところ、猪に襲われて、見回りしていた赤ずきんとふたりで倒した、という筋書きだ。ちょっと赤ずきんがかっこよくされている気がするが気の所為である。

 狼少女、もとい魔法使いの少女は、魔法で後ろにぷかぷかと葉で包んだ肉の燻製を浮かべた。そうして、二人は洞窟のある山頂を降りた。

 ざわめく暗い森をふたりで踏み締めて抜けていく。奥まではやはり見通せない。森は深く、昼間でも薄暗いところがある。遠くから低い怒ったような唸り声が聞こえて、ふたりは顔を見合わせた。村の方から聞こえた音だった。

 しばらく下ると、切り立った崖や川に近い岩がちなところに出た。そろそろばあちゃんちだ。

 赤ずきんはドンドンドン!と扉を叩いた。

「赤ずきんかい!?まったく!どこをほっつき歩いてたんだい!」怒っているのにどことなく安心した様子のばあちゃんが勢い良く扉を開けたあと、はた、と止まった。後ろにいるローブの少女に気づいたのだ。

「そちらの方は魔法使いに見えるが……旅の方かい?それとも山の癒やしの方かい?」張り詰めた声が、どうかそのどちらかであってくれ、という問いに聞こえて、赤ずきんは痛ましい気持ちになった。

 魔法使いは、元々は癒やしのもので、山の奥に隠れ住み、魔法をひっそりと研究している存在だった。旅で見聞を広げるものも多かった。

 しかし、魔国との戦争のたびに、魔法は政府によって研究され、人の間で国家的に軍事転用されてきた。魔法使いの軍人は数を増やし、威張り散らしていた。このあたりにいた癒やしの魔法使い、山の魔法使いは大変抵抗したが、徴兵に来た役人によって連れ去られたという。連れ去った徴兵役人は若い魔法軍人だったとかつてばあちゃんは語った。赤ずきんの小さい頃に魔国を滅ぼす形で終戦したこの戦いも、ばあちゃんの世代は一番激しく、戦線も一進一退だったという。徴兵で男が居ない間、ばあちゃんが当時、女だてらに村長をやることになった、という経緯があった。

 張り詰めた様子のばあちゃんと赤ずきんを困った顔で伺う狼少女を制して、赤ずきんが返答した。

「この魔法使いは旅人で、遠くの国からこちらにきたんだってよ」と赤ずきんが答えると、ばあちゃんはホッとした様子だった。

「そうかい。ありがたいねえ。旅の魔法使いさん、ここは大した村じゃないけど、樹の実も砂糖も、甘いものだけはたくさんあるんだ、たんと食べていっておくれ」

「えへへ、甘いものは大好きです、ぜひいただきます!魔法でお手伝いできることをしますから、なんでも言ってくださいね」にこにこする少女に、ばあちゃんは今度こそ胸を撫で下ろした様子だった。赤ずきんはこいつ人懐こいもんなぁと目を細めて眺めた。

「そうそう、これ、お近づきの印に」少女は、後ろのプカプカ浮いている荷物の中から大きな葉に包んだものをばあちゃんに手渡した。

「なんだい?」ばあちゃんの手にはずっしりと葉に包まれたものが鎮座した。

「猪肉の燻製です」えっ、という声を飲み込んだばあちゃんのために赤ずきんは先程即席した話を話そうとした。

「洞窟に寝泊まりしていたところを、猪に襲われて、見回りしてた俺がそれを見つけた。やっつけたのは魔法使いだけど、燻製したのは俺だ」どうにも嘘をつくのが苦手な性分が出てしまった。半分くらいは事実だ。

「なぁんだ、肉の始末で帰ってこなかったのかい!安心したよ」ばあちゃんは赤ずきんの初めて見る柔らかい笑顔で笑った。

「いやあ、猪を倒す女の子なんて、本当に頼もしいじゃないか!それに後ろの荷物ほとんど猪肉の燻製なのかい?ひとりじゃ食べ切れないだろ?あんたさえよければ、村のみんなに配らせておくれよ?そのときに紹介するから、夕方には広場で宴を開こうじゃないか」

 そんなわけで、元村長直々に村に案内され、にこにこした少女が猪肉を手渡す挨拶が色々なところで行われた。

「村長です。旅の疲れを癒やしてくださいね」汗かきの丸い中年男性がにこにこと微笑みかける。農作業もする現在の村長はいつも麦わら帽子を被った素朴な人だ。

「わあ、ありがとうございます!」いい人だなぁ、ありがたいなぁと感じ入ったように少女は呟いた。

 畑の横を歩いていると、一箇所だけ大きな落石のせいで、畑にできない場所があることに少女は気付いた。耕していた女性が挨拶にやってきた。首に巻いた布で汗を拭いながら、

「魔法が使えるんだって?今度畑の岩をどかしておくれよ」と気安く頼んだ。

「お任せください!」少女も負けず劣らず気安い返事をして、魔法で岩を退かした。

 次は牧羊や畜産の牧場についた。

「今度夜の番をするための大きな火をつけてください」ぺこりと羊番がお願いをすると

「ぜひー。夜になったら呼んでくださいね」とにこやかに少女は請け負った。

 新たに人に会うたびに、なんでもにこにこと安請け合いするものだから

「おい!なんでも頼むな!こいつだって旅で疲れてるんだからな!」と赤ずきんはいちいち凄んでいた。にこやかな少女を守ろうとする赤ずきんが微笑ましくて、誰も怖がったり怒ったり、もうしなかった。

 唯一、赤ずきんの母親だけは様子が違った。

「あぁ、どこに行ってたの、赤ずきん、心配したんだから!あなたがいなくなったら私は!」赤ずきんは縋り付いてくる母親を必死に剥がした。

「いてもいなくても同じだっつうんだよ。うるせえな」

「……自分のお母さんに向かってそんな態度でいいのですか?」むっとした少女にむかって、赤ずきんは

「ベタベタしすぎだ。こっちが自分の意志で動ける人間じゃなくて、お人形だと思ってっからあんなこと言うんだ」と手厳しいことを言った。

 同行していたばあちゃんは

「母親として大事な時期にあたしは村長やってたからねえ。村に育ててもらったようなもんだよ。いい子でいなきゃいけないって思い込んで、自分の意志のないまんま大人になっちまった。あの子こそがお人形だよ」あたしの失敗さ、とばあちゃんは静かに嘆いた。

 赤ずきんの母親は、どんな女が私のかわいい赤ずきんを誑かしたのか見てやろうと思っていたのに、にこやかなこどもがそこにいて、毒気を抜かれてしまった。素直ないい子だった。なんだ、息子の子分のこどもたちのひとりなんだわ、きっと、と適当な理解をした。

 次の場所に行くと、もらった猪肉を眺めてから真剣な声色でお願いをされた。

「今朝、村で獣の唸り声が聞こえてね?猪をやっつけたんならきっと君は強い。唸ってる獣もやっつけてくれないか?ごめんな、大人の男として恥ずかしいけどお願いするよ」赤ずきんと少女は目を見合わせた。昨夜聞いた唸り声の持ち主は明らかに山を降りて村まで来ている。

「頑張ります」と真剣な顔で少女は答えた。

「夜にはつたの実の酒も振る舞うよ、渡された肉を持っておいで」ばあちゃんが話すと、嬉しそうに村人たちは帰っていく。


 夕方になり、村のみんなが広場に椅子やテーブル、肉の他にもご馳走や酒をたくさん持ち寄った。

 ばあちゃんが少女の肩を抱いて真ん中に立つと、みんなが注目して静かになった。

「みんな、良く集まってくれたね。もう紹介されただろうけど、この大きな猪肉の燻製は、この旅人の魔法使いが倒して、私達に分けてくれたんだ。ありがたくいただこう。歓迎の宴だよ!」場が湧いたとき、不似合いな絹を裂くような悲鳴が聞こえた。

 どさ、と端っこに座っていた村の女が大怪我をして椅子から崩れ落ちた。

 村人たちは混乱し、みんな叫んで、ご馳走をひっくり返しながら、逃げ惑い、散り散りになった。

 場の興奮に呼応するように怒ったような低い唸り声が広場に響き渡る。何か獣が、テーブルの影にいる。

 場に残ったのは、赤ずきんと少女だった。

 対峙するように現れた獣は、大きな馬に似ていたが、真っ黒で角が2本あった。

「下がって!!火球よ出でよ!」少女は獣に向けて手をかざすと火球を放ったが、うまく避けられてしまった。

 魔法が効くから避けている、今までも魔法の気配がしたから襲ってこなかったんだ、と納得した。でも、これ以上、ここで攻撃をしたら、付近に隠れている村人に攻撃が当たってしまう。少女は、力の限界が近いのを感じていたが、やるしかなかった。

「黒馬よ、浮け!」中空でもがく黒馬を高いところから叩き落とした。少女はくらりと足元を揺らがせたが、踏みとどまり、馬の首に乗った。しがみつき、振り回されている少女はもはや少女と呼べない。びっしりと毛を纏う二足の獣は、グルルルルと唸り、鋭い牙で首に食らいついて、血を浴びながら、二本の角を地面に押さえつけた。

「おねがい!!」少女の悲鳴のような声に赤ずきんは応えた。燻製を捌いたナイフを振りかぶり、黒馬の獣の目を深く、深くまで刺した。血がびしゃりと噴き出す。

 力をなくした黒馬の獣は倒れ伏すと、さらさらと粉になって、二本の角を残して消えた。

 わあっ!と場が揺れたのかと思うと、たくさんの村人が血だらけの赤ずきんと狼少女を囲った。

「よくやった!」

「村を守ってくれてありがとう!」

「やっつけてしまうなんて、すごい!」

「逃げてごめん、こわかった、ありがとう、ありがとう」

 胴上げしそうな勢いの村人たちに、

「わ、わたし、こんな耳ですし、さっきまで毛むくじゃらでしたし……怖くないですか……?」と狼少女が聞くと、

「そりゃあびっくりしたけどね、さっきまでニコニコしてた小さい女の子が、あたしたちを守ってくれて、さらに嫌いになる意味はないさね」

「それにねー、さっきはちょっと怖かったけど、もふもふのお姉ちゃんもこもこしてた、かわいかった!」無邪気な小さいこどもの言葉に赤ずきんと狼少女は目を見合わせて笑った。

 赤ずきんと狼少女が着替えて戻ると、村のみんなは今か今かと着席してふたりを待っていた。

「何が始まるんですか?」と不思議そうに尋ねた狼少女に元村長は威勢良く言った。「村を守ったふたりの英雄を祝うよ!乾杯!!」うおー!と村人たちの雄叫びが響き、楽器の弾ける者たちは愉快な音楽を鳴らし、酔っ払った大人たちが千鳥足で下手なダンスを踊った。

 狼少女はご馳走を頬張りながら、

「美味しいです」とべそべそ泣いた。

「ごはんで泣くのかよ」あんなに強いやつが、と赤ずきんは苦笑いした。

「こんなに賑やかで、歓迎してもらえて、あったかいごはんまでいただいて……泣いちゃいますよ」むしゃむしゃ食べてはボロボロ泣く狼少女に

「泣くか食べるかどっちかにしろ、喉詰まらすぞ」と赤ずきんは飲み物を差し出した。飲み干して、人心地ついた様子の狼少女の頭を赤ずきんはグリグリと撫でた。狼少女はまんざらでもなさそうに耳を倒して、目を細めた。

 

 翌日、赤ずきんは、外で大騒ぎしているばあちゃんと現村長の声で目覚めた。

「あんたみたいな軍人は嫌いだよ!!帰っておくれ!」

「けが人が出たのは、国の魔獣不始末が原因だぞ!角を軍で徴収するなんて、おかしいじゃないか!賠償の代わりだ、あの角はこの村のものとさせてもらう!あと元村長も静かにしてください!」

 なんの騒ぎだと出てみると、うんと背の高い軍服、軍帽にマントの男が人だかりに巻かれていた。

 ……これが噂の魔法軍人か。赤ずきんは困惑しながら目の前のやり取りを眺めていた。

 魔法軍人はぎろり、とあたりを見渡すと

「私は、大きな魔力反応があったので、その理由を探しに来ただけだ。証拠品を押収したら、すぐに帰らせてもらう」

 そう言うと、ばあちゃんを突き飛ばした。赤ずきんは頭に血が上ったが、戸惑った人だかりが邪魔で軍人までたどり着かない。苛立っていると、ひょいと全員を飛び越えて、狼少女が躍り出た。最悪だ。

「おや、こんなところに魔獣が」

 すうっと温度の下がるような侮蔑と威圧の視線にも狼少女は怯まなかった。

「私のことを貶すのは構いません、でもこの人は私を最初に優しく迎えて入れてくださったんです。突き飛ばすなんてありえません」狼少女は、ばあちゃんを抱き起こして、燃えるような瞳で一心に魔法軍人を見据えていた。

 赤ずきんは、あの狼、相当頭にキているな、とかえって冷静になった。そうだそうだー!と人だかりも熱狂し始めたが

「は?」

 軍人のひと睨みで、囲っていた人だかりが2歩退いた。それほどの圧だった。

「ふむ、角を出したくないと見える。ならば、成果物としてこの獣人をいただいていこう。これならば上もご満足くださるだろう」ニヤニヤと笑う軍人が狼少女の肩を鷲掴みにして抱き寄せる。

 赤ずきんは、自分の中でぶつんと怒りがはち切れるのを感じたが、頭の中は氷のように冷え込んでいた。背中に背負っていた猟銃を構えると、狙いを定める。

 パン!!!

 軍人の帽子はつばに穴を開けて跳ね上がり、村人たちの間に落ちた。村人たちは、みな伏せている。呆然としている軍人に赤ずきんはズカズカ近づいて、猟銃を突きつけた。

「猟銃の腕前は、ばあちゃん仕込みなんでな、ばあちゃんほどじゃねえが、狙うのは得意になったわ。なあ、あんた俺と変わらない年だろ、銃口を向けられるのは初めてだな?銃口が頭にくっついてりゃ、外すことはねえのはわかるよな?」

 軍人はぶるりと震えると、両手を上げた。

「どうしたら帰してくれる?なんでもしよう」先程の威圧的な態度から一変して、媚びへつらうような笑みを浮かべた。

「絶対にこの獣人のことを口外するな。角ぐらい、二本あるんだからひとつくれてやる。国から村ごと目をつけられるのは勘弁願いたいからな」赤ずきんの目は今までで一番鋭く、相手を突き刺していた。

「村長、悪いな!角をくれ」と猟銃を突きつけたまま、赤ずきんが申し訳なさそうに言うと

「英雄に言われたんじゃしょうがないね」と現村長は走って家から二本の角のうち一本を持ってきた。

 魔法軍人は、奪い取るように角を受け取ると、向けられたままの銃口から逃れるために、脇目も振らず走っていなくなった。

 

 赤ずきんが猟銃を下ろすと、よろよろと狼少女が歩み寄ってきた。

「こ、こわかったです」ぽろぽろと涙をこぼす狼少女に、あれが!!??と実は従軍経験のある村の男たちの心が一つになった。

「怖かったな。でも大丈夫になっただろ」と赤ずきんが涙を拭くためのハンカチを差し出すと、

「安心させてください」と狼少女は赤ずきんの手に頭をグリグリと押し付けた。

 みんながみてる前で!と思いながら、赤ずきんは狼少女を力強く抱き寄せて、頭をグリグリと撫でた。



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