不協和音のリコール
それは、微かな、けれど逃れようのない振動から始まった。
「……ら・ら・ら・ら・ら・ら・ら〜ら」
どこからともなく聞こえるハミング。
耳を塞いでも、脳の芯に直接響いてくる。
あまりにも心地よく、あまりにも完璧な旋律。
私は立ち止まった。
「……なんだこれ? どこからだ?」
周りを見渡しても、
朝の静寂に包まれた街があるだけだ。
それなのに、音は次第に密度を増していく。
「ら・ら・ら・ら・ら・ら・ら〜ら」
「ら・ら・ら・ら・ら・ら・ら〜ら」
心地よさは、一瞬で「恐怖」へと塗り替えられた。
これは自然界の音じゃない。
何万光年も先から届く、
冷徹なまでの「意志」だ。
不意に、ノイズの混じった声が脳内に直接受肉した。
『私たちは、遠い宇宙の星から発信しています。この声が届く頃、私たちの文明はもう滅びているかもしれません』
ハミングは続く。それは、宇宙の理を刻む呪文のようだった。
『……私たちの祖先は、あなたたちの祖先をその星へ送り込みました。太古の昔、あなたたちはもっと、まともな「生命」だったはずです』
「ら・ら・ら・ら・ら・ら・ら〜ら」
『それなのに、今のあなたたちはどうですか。争い、奪い合い、自分たちが住む星の美しさを自らの手で破壊し続けている。これ以上、看過することはできません』
旋律が、一際高く、鋭く響いた。
『理解できますか? 私たちは、あなたたちをまとめて「回収」することに決めました。あなたたちは……どうやら、不良品だったようです』
「ら・ら・ら・ら・ら・ら・ら〜ら」
『仕方ありません。そうなってしまった以上は。……せいぜい足掻くことです。唯一の道は――』
がーーーーーーーー。
突然、全ての音が消えた。
脳を焼くような不快なノイズのあと、世界には静寂だけが残された。
その日のニュースは、どこか遠い国の数万人の住民が、一夜にして忽然と姿を消したという不可解な事件を伝えていた。
私は震える手でスマホを握りしめる。
空を見上げると、そこにはいつも通りの、無関心な青空が広がっている。
けれど、私の耳の奥では、あの「不良品」を憐れむようなハミングが、今も微かに鳴り止まない。




