門外不出 洗い屋の儀式
「いいかい、これは門外不出。
江戸の頃から続く、
外には絶対に出せねえ儀式があるんだよ。
今はもう店を畳んじまって、
知ってる人がいるんだか、いないんだか……。
洗い屋ってのは、ただの染み抜きじゃねえ。
この世に未練を残した魂の『記憶』を、文字通り洗い落とすのが仕事よ。
やり方は、こうだ。
まず、真夜中の丑三つ時。誰にも見られねえように、名もなき川の淀みに、自分の身代わりとなる人形を沈める。
……どこにある川かって? へっ、よしてくれ。あっしはそこだけは知らねえんだ。
その人形の胸元にゃあ、あんたを縛り付けてる『呪い』を墨で書き記しておくんだ。首のまわらねえ借金、消えねえ悔恨、裏切った仲間の名前。何でもいい。
そこからが、本当の門外不出の秘儀よ。
洗い屋の主人が川に墨を流しゃあ、不思議なことが起こる。
あんたの記憶だけじゃねえ。あんたに金を貸した奴ら、あんたを追い回してた借金取り……そいつらの頭の中からも、『あんたという債務者の存在』が、綺麗さっぱり消えちまうのさ。
翌朝、あんたは自由の身で目覚める。
借金取りと道ですれ違っても、あいつらはあんたを他人のように通り過ぎる。
首を絞めてた縄は解け、世界は真っ白に洗い上げられた。
……だがよ、最後にこれだけは言っておくぜ。
貸した奴らの記憶からあんたが消えたってことは、この世から『あんたが生きてきた証』も一緒に消えちまったってことだ。
あいつらの恨みも、怒りも、実はあんたがこの世に存在した唯一の『手応え』だったのさ。
記憶を洗ったあんたは、誰の記憶にも留まれねえ『生霊』になっちまう。
誰からも追われず、誰からも認識されねえ……。
自由ってのは、案外、この世で一番冷てえ孤独のことかもしれねえな。
……へっ。それでも、全部洗っちまいたいかい?」




