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第3話 新たな敵

 森の中に流れる魔力がどんどん強くなっていく。闇の魔力の発生源が、少しずつ近くなっていくような感覚さえする。

 もし俺の考えが正しければ、俺たちが向かっている先にいるのは──

 闇の精霊だ。

 魔力の純度から考えてもほぼ確実だろう。魔物が持つ魔力は、もっと濁っている。

 このまま進めば、必ず闇の精霊と鉢合わせてしまう。やはりリーダーに伝えなければ、そう思った瞬間――

 リーダーの目の前に、漆黒の塊が飛び出してきた。


「なんだこいつ、魔物か……?」

 リーダーが反射的に剣を振るう。

 だが、その刃は手応え一つなく、漆黒の塊をすり抜けた。

 リーダーの後ろから飛び出した戦士が、大剣を叩きつける。地面にヒビが入るも、漆黒の塊には傷ひとつなかった。

「なんだって!?」

 すると俺の隣に控えていた弓使いが、精霊に向けて矢を番えた。美しい軌道を描いた矢も、当然のようにすり抜ける。

 それもそのはずだ。

 精霊には物理攻撃が一切通用しないのだから。


 漆黒の塊から、黒く不気味なオーラが発せられている。次第にそれは大きく膨らみ、周りの音と光を飲み込んだ。

 呼吸が、うまくできない。

 体の内側から締め付けられるような感覚に、思わず膝が揺れる。

 「な、なんだ……これ……」

 戦士がうめくように声を漏らした。

 闇の精霊は何もしていないで、ただそこに存在していた。それだけで、周囲の空間を支配している。

「攻撃が効かねぇし、こいつはやべえ!全員退避だ!!」

 リーダーが声を上げる。その号令と共に、全員が後ろに向かって駆け出す。あの塊から逃れるために。

 俺も荷物を抱えながら、必死に足を動かす。

 闇の精霊は追ってはこない。ただこちらを眺めて、何もせずに佇んでいる。

 それが一層、不気味でならなかった。


 森を抜け、闇の精霊による圧迫感が完全に消え去ったところでようやく全員が足を止めた。

「ったく、あんなん聞いてねぇぞ…」

 リーダーは、たどってきた道を睨みつけながらつぶやいた。

 戦士は大剣を地面に突き立て、そのまま地面に寝転び、弓使いも呼吸を整えながら弓筒を背負い直す。

リーダーはあたりを警戒しながら俺たちの方を向いた。

「なんなんだあれは。普通の魔物じゃねえ」

「攻撃も効かないなんて、聞いてない」

 弓使いが不満を述べる。

「依頼内容は、狼型魔物二体の討伐だったはずだろ?」

「ああ。完全に情報が食い違ってやがる」

 リーダーは険しい表情で地図を睨みつける。

 その会話を聞きながら、俺は一歩引いた位置で荷物を下ろした。

 闇の精霊は、最初から俺たちを殺すつもりはなかった。ただ、縄張りに踏み込んだ侵入者を追い払っただけだ。


 そんなふうに考えていると、いきなり肩を叩かれた。後ろに振り向けば、弓使いのエルフが立っている。

「さっきのアレについて、何か知らないかい?」

少しだけ、声の調子が違った。

「あの様子じゃ、二人とも分かってないみたいだしねぇ……リオン、アンタにも一応、聞いておこうと思ってさ」

 初めて、俺から意見を言うことが許された瞬間だった。

「あれは魔物ではありません。おそらく、闇の精霊です」

 一瞬、沈黙が流れる。

 俺の言葉を聞いたリーダーが、ゆっくりと聞き返す。

「……精霊?そんなのがこの森にいるなんて、聞いたことねぇ」

「ええ、俺もなぜここにいるかはわからないのですが……」

 そう答えながら、視線を地面に向ける。

「ですが、さっきの反応……物理攻撃が完全に通らない点と、魔力の質を考えれば、それ以外に説明がつきません」

 弓使いが、驚きながら俺に問う。

「アンタ、なんでそんなに詳しいんだい」

 理由はひとつだ。

 図書館で、何度も読み返した本の知識。

 魔導士になった時、少しでも役に立てるようにと――

 魔物や精霊について、必死に学んできた。

 その知識が、今になってようやく役に立ったのだ。

「……対処法はあるのか?」

 その一言で、全員の視線が俺に集まった。

 さっきまで荷物持ちとして見られていた視線とは、明らかに違う。間違いなく、俺を頼りにしている。

「闇の精霊は、魔力そのもので構成された存在です。なので――」

 言葉を選びながら、俺は続ける。

「物理攻撃は先ほどの通り通用しません。攻撃するなら、魔法。それも、属性をぶつける形ではなく、干渉系の魔法が必要です」

「干渉系?」

 戦士が眉をひそめる。

「動きを縛る、魔力の流れを乱す、あるいは……対話です」

「はぁ?」

 今度はリーダーが露骨に怪訝な顔をした。

「精霊は魔物と違って、意思を持っています。さっき追ってこなかったのも、俺たちを排除するつもりがなかったからだと思います」

 あの圧倒的な存在感を思い出し、喉が鳴る。

「おそらく、縄張りに入った侵入者を警告しただけかと」

 弓使いが、腕を組んで小さく息を吐いた。

「つまり……無理に戦う必要はない、ってことになるねぇ」

「はい。下手に刺激すれば、今度は本気で来る可能性があります」

 再び、重たい沈黙。

 しばらくして、リーダーが舌打ちをした。

「……くそ。依頼内容と違いすぎる」

 そう言ってから、俺の方を見る。

「リオン。お前、さっきの低級魔法も使ってたな」

 心臓が跳ねた。気づかれていないと思っていたのに。

「あれがなきゃ、もっと被害が出てたかもしれねぇ」

 リーダーはそう言い、短く息を吐く。

「今回は、俺の判断ミスだ。新人を黙らせたのも含めてな」

 意外な言葉に、言葉を失う。

「ありがとう」

 そう言ってリーダーは頭を下げた。役立たずだと言われた俺が、リーダーに感謝されている。

「いえいえ、顔をあげてください!俺なんてほんと簡単な魔法しか使ってないんで……」

 慌ててそう答えると、リーダーはふっと鼻で笑った。

「簡単かどうかは関係ねぇよ」

「……え?」

「気づいたことを言えるかどうかだ。今回は、それができてた」

 それ以上、リーダーは何も言わなかった。だが、その一言だけで十分だった。俺はまだ、魔力量最低ランクの新人魔導士だ。できることも少ないし、前に出て戦えるわけでもない。

 それでも――

 見て、考えて、判断することなら、できる。

 森の奥に潜む闇の精霊の存在を思い出しながら、俺は魔導書を抱え直した。

 この知識が、いつか本当に必要とされる日が来る。

 そんな予感だけが、静かに胸に残っていた。


 その後、俺たちは森を抜け、街へと戻った。

 冒険者ギルドにつくと、リーダーが依頼の報告を行う。想定外の精霊との邂逅があったものの、狼型魔物の討伐は完了している。

「依頼内容は達成、ですね」

 受付嬢はそう言って、淡々と書類に印を押した。

 報酬も、規定通り支払われる。

 あの森で起きた出来事が、まるで何事もなかったかのように。

 ギルドを出ると、街の喧騒が耳に戻ってきた。笑う冒険者、次の依頼を探す新人たち。

 ――成功したはずなのに。

 胸の奥に残る、言いようのない違和感。あの闇の精霊は、今も森の奥にいる。

 俺は、魔導書を抱え直す。このままで、本当にいいのか。

 答えは、まだ出ない。

なんかめっちゃ長くなりました。

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