53.孫家の絆
建安10年(205年)11月初旬 揚州 丹陽郡 建業
「曹操が孫賁たちに接触してる?」
「はい、孫賁どの、孫権どの、孫輔どのへ、それぞれ将軍職と爵位を授与し、抱き込みを図っているようです」
「……いずれやるだろうとは思ってたが、とうとう来たか」
ようやく暗殺の動きが治まってきたと思えば、魯粛から新たな報告が入った。
今度は身内の離間工作で、従兄弟の孫賁・孫輔兄弟と、弟の孫権に対し、朝廷から使者が遣わされ、将軍職と爵位を与えたというのだ。
孫賁は征虜将軍、孫輔は平南将軍、そして孫権は平東将軍に任命されたらしい。
どれも俺と同格の将軍位だ。
現状、孫賁は豫章郡、孫輔は廬陵郡、そして孫権は会稽郡の太守を務めており、それぞれの土地で政務に励んでいる。
つまり俺から離れている親族なため、敵に目をつけられやすいのだ。
逆に他の親族は、この建業で政務や軍務に従事しているので、手を出しにくい。
孫匡や孫郎の疲れた顔をよく見るので、厳しく鍛えられているんだろう。
それはさておき、孫賁たちが狙われるのは分かっていたので、魯粛に命じて、監視をしていた。
なにしろ孫賁と孫輔は、史実でも曹操から官職を与えられ、揉めてるからな。
まず孫賁だが、208年に征虜将軍に任じられ、曹操の荊州侵攻後に人質を出そうとしたという。
幸いにも朱治に止められて未遂で終わったせいか、公式に罰は受けていない。
しかしその2年後に亡くなっており、暗殺もしくは飼い殺しのまま死んだ可能性がある。
弟の孫輔に至っては、平南将軍で交州刺史に任じられたと記録にある。
これは当時の孫権より高位の官職なので、曹操が与えたと考えるべきだろう。
その後、孫権に無断で曹操へ使者を送ったとして、孫輔は幽閉され、数年後に亡くなった。
これってどちらも曹操の離間策にはまって、孫権が有力な親族を処断したんじゃないかな?
そんな想いがぬぐえない俺に、周瑜が問う。
「どう対応するんだい? 孫策」
「……まずは3人を呼び出して、話を聞こう。そこで素直に白状してくれれば、なんともしないさ」
「白状しなければ、どうするんだい?」
「……さあな、それはその時に考えるさ。大至急、3人を呼び出してくれ」
「かしこまりました」
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建安10年(205年)11月中旬 揚州 丹陽郡 建業
しかし、呼び出しに応じて駆けつけてきたのは、孫権だけだった。
「え~と、兄上? 大事なお話とはなんですか?」
大事な話があるからと2人きりになった途端、孫権が不思議そうな顔で問う。
逆に俺は、冷徹な声で訊ね返した。
「……権よ、何か俺に報告することはないか?」
「報告、ですか?……あっ、そうだ。少し前に朝廷から使者が来て、私を平東将軍に任命すると言われました」
「ほう、そうか。それはめでたいな。お前も俺と同じ、3品の将軍か」
「えへへ~、ありがとうございます……あれ? なんか、まずかったですかね?」
孫権は祝いの言葉に浮かれつつも、俺の不機嫌な顔から、ようやく何かを察した。
そんな彼に、俺はなおも根気強く訊ねる。
「なにかまずいと思うのか?」
「え~~と……兄上に報告するのが、遅れちゃいましたね。すいません」
そう言ってヘラっと笑ったので、警告と同時に彼の顔を殴った。
「歯あ食いしばれっ!」
「いたっ! な、何をするのですか! ひどいではありませんか、兄上」
「このアホウが。まだ分からんのか! お前は今、斬り殺されていてもおかしくなかったんだぞ」
「……な、なぜですか?! ちょっと報告が遅れただけですよ。それに使者どのは、兄上も了承済みだと言っておられました」
「そんなの、ウソに決まってるだろうが! これは曹操による、離間策だ」
「ええっ、そうなんですか?!」
そんなこと考えてもいなかったという顔で、孫権がほうける。
そのあまりの頼りなさに、俺は首を横に振って呆れてみせた。
「なにをたわけたことを。そんなこと、常識だろうが……誰か周りに、指摘した者はおらんのか?」
「いや、それは~……虞翻がそんなことを、言っていたかもしれません。そういえば、大至急、兄上に弁明の手紙を書けとも……」
「ならば、なぜそれをしなかった!」
「いや、だって。兄上ならそんなこと、気にしないと思って――」
「馬鹿野郎っ!」
「いたっ」
俺は思わず、もう1発なぐっていた。
孫権はそのまま床に崩れ落ち、目に涙を浮かべる。
そんな彼の肩に手を掛けながら、改めて言いきかせた。
「よく聞け、権。もちろん今の俺には、曹操の狙いが分かるし、お前の不始末を見逃す余裕もある。しかしな、例えば領地で反乱が頻発するような状況では、そうも言っていられないんだ。疑わしきは罰せねばならないことも、あり得るのだぞ」
「そ、そんな、兄上。我らは兄弟ではありませんか?」
「兄弟でも血みどろの権力闘争なんて、よくある話だろうがっ!」
「そ、それはそうですが……」
なおも理解しようとしない孫権を、正面からにらみつける。
「いいか? 俺がどう思うかじゃない。周りがどう見るかが問題なんだ。将軍職をもらって無邪気に喜ぶお前を、担ぎ出そうとする者もいるかもしれない。そんな隙を、見せてはならんのだ」
「ウウッ、グスン……わ、分かりました。以後は気をつけます」
「よし。それならこの話は終わりだ。それにしても、虞翻に言われたなら、そうしておけばよかったのに」
「クスン……だって虞翻は言い方がきついから、素直に聞けないんですよ」
孫権はバツが悪そうに頭をかく。
たしかに虞翻は言い方がきついので、周りと衝突しやすい。
史実でもさんざん孫権とやり合って、最後は交州へ流罪にされたらしいからな。
俺はため息をつきながら、解決策を口にする。
「まったく、仕方ないな。虞翻はこちらへ呼び寄せて、別の者を郡丞にしよう。だがお前も、もっと大人になるんだぞ」
「えへへ~、努力します」
そう言って笑う孫権の顔は、本当に分かっているのか不安になるものだった。
これからは厳しく指導する必要を感じつつ、まずは兄弟の仲をさく謀略を回避できたことに、安堵した。
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しかしまだ、孫賁と孫輔の問題が残っていた。
「孫賁はなんて言ってるんだい?」
「病気のため、今すぐには来れないそうだ。一応、将軍職をもらった件は報告してきてる」
「ふ~ん……それで済ますのかい?」
「とんでもない。すぐにでも押しかけて、とっちめてやるさ」
「フフフ、孫策らしいね」
俺は宣言どおり、ただちに豫章郡へ押しかけた。
そして俺を止めようとする官吏を押しのけて、孫賁の執務室へ入る。
「よう、孫賁。元気そうじゃないか」
「てめえ、孫策! いきなり入ってくるなんて、失礼じゃねえか!」
「それを言うなら、仮病を使って呼び出しに応じないお前の方が、よほど失礼だろ?」
「ぐっ……まだ治ったばかりなんだよ」
「ほ~、そいつはずいぶんと都合のいい話だな」
俺はドカドカと部屋に踏みいると、孫賁の前に椅子を置いて腰かけた。
「それで、なんか征虜将軍になったそうじゃないか?」
「やっぱりその話か……おう、お前らは出ていけ」
「「はっ」」
一緒に仕事をしていた文官が、孫賁に言われて退出する。
それを見届けた彼が、事情を語りはじめた。
「たしかにひと月ぐらい前に、朝廷の使者が来て、将軍職と爵位を授けていった。使者がお前には話を通してあると言ってたが、なんかまずかったか?」
「ああ、まずいな。俺の方にはなんの連絡もなしに、お前と孫輔、そして孫権に将軍職が授けられたんだ。この意味が分かるな?」
すると孫賁は、バツの悪そうな顔をする。
「……俺たちの仲間割れを狙った、離間策だろうな」
「そうだ。なんで連絡しなかった?」
「なんでって、お前も知って――」
「馬鹿野郎っ! 俺が知らない可能性だって、考えてただろうに!」
「ぐっ……」
黙りこんだ孫賁に近寄り、その肩をつかむ。
「そんな隙を見せれば、曹操につけこまれるって、分かってるだろうが……なあ、お前は俺を裏切るのか? 俺に成り代わってやろうとでも、思ってんのか?!」
「ち、ちげ~よ……だけどこんなこと、必死になって弁明するのもカッコ悪いと思って……」
「どあほっ!」
「ぐあっ」
孫賁の顔を思いきり殴ると、ヤツが派手に転んだ。
しかしすぐさま立ち直って、俺をにらんでくる。
「てめえ、孫策!」
「いい歳こいて、ガキみたいなこと言ってんじゃねえよ! 俺はお前のこと、本当の兄貴みたいに思ってるんだぜ。それをカッコ悪いだのなんだのって……兄貴だったら、女々しいこと言わないで、俺を助けてみろってんだ!」
「この野郎、好きなこと言いやがって……俺が兄貴だってんなら、俺が呉王になるべきだろうが。ああっ? 俺を王にしてくれんのか?」
「お前みたいに頭の悪いヤツに、王が務まるわけねえだろうが! 身の程をわきまえろ!」
「なっ、言いやがったな。許さねえ!」
「いたっ。この野郎、ぶっ殺すぞ!」
「ほざけ!」
それからしばし、俺と孫賁の殴り合いが繰り広げられた。
ぶっちゃけ、ソンサクの能力であれば、孫賁など敵ではないのだが、ヤツにも何発か殴らせてやる。
そして互いの顔にアザを付けた状態で、しばしにらみ合っていると、ふいに孫賁が拳を下ろした。
「くっ、今日のところは、これくらいにしといてやらあ。今回は俺に非があったからな」
「なら、今後はどうするんだよ?」
「ふん、お前に従ってやるさ……まあその、なんだ。弟の面倒を見るのも、兄貴の役目だからな」
照れながら言う孫賁を見て、俺も拳を下ろす。
なんだかんだ言って、彼が親族の絆を大事にしているのが分かったからだ。
それが確認できただけでも、ここまで出張った甲斐がある。
その後、正式に孫賁と和解し、孫輔とも話し合った。
孫輔は兄に相談に来たところで、自分が処理するからと、追い返されてたらしい。
元々、孫輔は俺に報告するつもりだったので、すぐに話は片づいた。
こうして俺は、曹操の離間策を破るだけでなく、逆に絆を深めることに成功した。
雨降って地固まるとは、まさにこのことだ。
ザマーミロ、曹操。
孫家の絆を、なめんじゃねえぞ。(中指)




