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それゆけ、孫策クン! 改  作者: 青雲あゆむ
第3章 覇王激突編

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50.孫呉の経済政策

建安10年(205年)6月 揚州 丹陽郡 建業


 襄陽で今後の軍備について話し終えると、俺はまた建業へ戻ってきた。

 なんといっても俺は江東の生まれだし、建業は華南の首都として、大開発の真っ最中だからな。

 そして戻って早々に、朗報を受け取った。


「伝書バトの実用化に成功しました」

「おおっ、とうとう成功したか」


 伝書バトの繁殖と運用研究を任せていた文官が、飼育師を伴って報告に訪れたのだ。


「へ、へい。建業で育てたハトが、襄陽や夏口から戻ってきやした。みんな元気そうです」

「そうかそうか。よくやってくれたな。担当者の全てに、感状と報奨金を出そう」

「へへ~、ありがとうごぜえます」


 その横で笑っている担当の文官も、誇らしそうだ。

 なにしろ4年以上も前から取り組んできた成果だ。

 いろいろと苦労があっただろう。


 まず最初はインド方面からカワラバトを仕入れ、それを飼いならすところから始めた。

 ハトにとって快適な巣で、愛情をこめて育ててやるのだ。

 そしてある程度、育ってから、少し離れた場所で放してやる。


 するとハトは帰巣本能に従って、巣に戻ってくる。

 そしたら今度はもっと離れた場所まで連れていって、また放す。

 これを繰り返せば、千キロや2千キロも離れた場所からでも、帰ってこれるようになる。


 現代ですら、そのメカニズムはよく分かってないらしいが、すごい能力だ。

 これを利用した伝書バトは、なんと5千年も前から使われていたらしい。

 まあ、数百キロも離れた場所に、1日で連絡がつくんだから、使わない手はないよな。


「よし、まずは建業、襄陽、成都、交州の連絡網を確立しよう。そしてゆくゆくは、各郡へ広げるんだ」

「はい、がんばります」

「うむ、期待しているぞ」


 そう言ってやると、文官と飼育師は誇らしげな顔で帰っていった。

 それを見ていた周瑜が、からかうように言う。


「相変わらず君は、人を使うのが上手いね。しかもハトの飼育員にまで、声を掛けるなんて」

「こういうのは、現場の人間のやる気が大事だからな。良い成果が期待できるなら、これぐらいどうってことはない」


 この辺は、前世の仕事で得た教訓である。

 ちょっと頭がいいからって、現場をおろそかにすると、とんでもないしっぺ返しを食らうのだ。

 新製品立ち上げ前のデスマーチとか、つらかったなぁ。


 現場との意思疎通に問題があると大抵、後で慌てるんだよな。

 おかげで何度も尻拭いをさせられたっけ。

 ちょっと悲しくなるから、これ以上思い出すのはやめよう。


「フフフ、おかげで我々、諜報部門も仕事がやりやすいですよ。孫策さまは密偵の仕事も、分けへだてなく評価してくれますからな」

「そんなのは当たり前だろ。俺だって元々、大した生まれじゃないしな」

「ゴホン。その心掛けはけっこうですが、言動にはお気をつけください。なにしろ孫策さまは、呉王なのですから」


 ここで張昭に釘を刺された。

 さすがは孫呉最大のお目付け役。

 史実でも皇帝になった孫権に、諫言かんげんしつづけたらしいからな。


 あんまり聞き分けがないんで、抗議して家にこもったら、孫権が怒って家の門を塞いだとか、冗談みたいな話が残っている。

 結局は孫権が頭を下げて、また出仕するようになったというから、筋金入りの頑固じじいだ。

 そんな張昭を、孫権は意地でも丞相にしなかったらしいが、俺は違う。

 その時がくれば、いくらでも重職につけてやる。


「分かってるって。それで、揚州の開発状況はどうだ?」

「順調でございます。孫策さまが王に就いてから、いろいろとやりやすくなりましたからな」


 相変わらず揚州は、開発景気に沸いていた。

 治水に始まって、港や水路の整備、道路網の整備、農地の開発など、枚挙にいとまがない。

 さらに賦役ふえきに多少の賃金を出してるので、銭が回って商業も好調だ。

 当然、人手が足りないので、山越族や中原からの難民もどんどん使う。

 最近は山越族との交流が盛んになり、山から出稼ぎにくる人間も増えていた。


「ふむ、交州の方はどうだ?」

「順調ですぞ。まだ士燮ししょうどのの恭順の効果は見えませんが、徐々に現れてくるでしょう」

「そうだろうな……しかしそうなるといよいよ、銭の不足が深刻になってくるな」

「はい、私もそのように聞いております」

「よし、その件について、劉巴りゅうはに話を聞きたい。彼を呼んでくれ」

「かしこまりました」


 それからしばらくすると、呼ばれた劉巴がやってくる。

 彼は益州の攻略後に、荊州でスカウトしてきた文官だ。


「お待たせしました、孫策さま。今日は例の件でよろしかったでしょうか?」

「ああ、銭不足の対策について、聞かせてほしい」

「はい、実はようやく素案がまとまってきたので、聞いていただこうと思っていたのです」

「それはよかった。それで?」


 改めて問うと、劉巴は一拍おいてから話しはじめる。


「ご存じのように、今、揚州は開発景気に沸いております。土木工事などで仕事はいくらでもありますし、農業生産も右肩上がり。さらに交州からは南海の産物が入ってきますし、最近は益州の絹織物なども流通するようになりました」

「うむ、そうだな。皆でがんばってきた成果だ」

「はい、そのとおりでございます。しかしその勢いが強すぎるため、貨幣が不足しております。特に銅銭の不足が、顕著でございます」

「そのようだな。しかし益州の銅山が使えるようになったのだから、増鋳ぞうちゅうは可能であろう?」


 しかしその問いに劉巴は、ため息をつきながら応える。


「はぁ……事はそれほど単純ではないのです。不用意に銅銭を増やしても、領内に行き渡るには時間が掛かりますし、局所的には物価の高騰を招いてしまいます。さらに銭不足を嗅ぎつけた民間の業者が、私的に鋳造したりすると、また混乱が生じます」

「まあ、そうだろうな。しかしそれに対する案は、考えたのであろう?」


 ここで劉巴は、誇らしげに胸を張った。


「はい。孫策さまが呉王になられた今だからこそ、できることでございます。まず孫策さまの支配領域において、銭の私鋳しちゅう、銅の私的保有や取り引きを禁止していただきます。また高額の取り引きについては、手形やきんの使用比率を高め、銅銭は一般市場へ流れるよう、誘導いたします」

「ふむ、今の俺がやれば、ある程度の効果は見込めるだろうな。しかしそれはそれで、市場に混乱を招く場合もあるか」

「はい。ですので今後の貨幣政策について、地道に啓蒙けいもうする必要がございます。すでに見込みのある文官を集め、教育を始めております。その者たちを各郡へ派遣し、主要な機関や商人へ説明をさせます。さすれば情報不足で、物価が乱高下するようなことも減るでしょう」

「ほほう、さすがだな」


 この劉巴は、史実でも蜀の貨幣政策を舵取りした人物だ。

 劉備が益州を乗っ取った当時、兵士や部下に大盤振る舞いをしたおかげで、州の金庫はすっからかんになっていた。

 そこで劉巴が考えた手法が、”直百五銖銭ちょくひゃくごしゅせん”だ。


 これは従来の五銖銭とほとんど同じ銅銭に、百倍の価値をつけて流通させるという荒業である。

 ただしそのまま使っても混乱を巻き起こすだけなので、


 ・塀で囲まれた閉鎖市場の中だけで使う

 ・役人に取り引きを監視させ、撰銭えりせんや受取り拒否などを禁止する

 ・物価の安定を図る


 という条件の下で、強行したらしい。

 この時代の市場いちばというのは、城内の限られた空間にしかなかったので、可能な話だ。


 これによって蜀の国庫は満たされたというが、そのあおりを受けた者もいただろう。

 こんなことをすれば既存の貨幣価値が下がるから、影響のないはずがない。

 おそらく景気のよい話の陰で、涙を飲んだ者がいたんだろう。


 それにしても、今回の劉巴の提案は、期待以上に優れたものだ。

 俺の権威を使って、貨幣の発行をコントロールし、さらに物価の安定にも注意を払っている。

 華南だけでは限界もありそうだが、さすが諸葛亮にも期待された男だ。


「全体の方向性としては、劉巴の提案に沿うとしよう。おそらく文官が足りなくなるから、増員が必要だな。それとこの件については、朝廷にも協力を要請しよう」

「それは当然、必要ですな。あまり期待はできませんが」


 劉巴は同意しつつも、諦め顔だ。

 今の朝廷にこれを実行する能力がないのは、明白だからな。


「そうだな。しかし我々だけでやるわけにもいかん。張紘と相談して、上奏の手続きを進めてくれ。それと物価の安定については、魯粛の方でも情報を集めてもらいたい」

「私がですか?」

「ああ、各郡を定期的に回る密偵を育てて、市場の情報を上げてもらうんだ。必要な情報については、劉巴とすり合わせてほしい」

「ああ、なるほど。現場の情報は大切ですからな。後ほど相談させてください、劉巴どの」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 劉巴も即座に情報収集の意義を悟ったのか、協力的である。

 この調子で経済が上手く回れば、曹操との対決にも有利だろう。

 もうしばらくは曹操も、おとなしくしていてくれるといいのだが。

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