幕間: 劉備クンはふっきれた (地図あり)
建安9年(204年)9月 涼州 漢陽郡 隴
【劉備】
「ギャ~ッハッハッハ、ほらほら、もっと飲め」
「ガハハッ、わりいな。おう、お前らも遠慮すんなよ。飲め飲め」
「は、はあ。どうも……」
つい先ごろ、孫策に益州を追い出された俺たちは、涼州へと流れてきた。
そこで韓遂と馬騰という武人に出会う。
この2人、ただの下品なおっさんかと思ったら、実は鎮西将軍と前将軍という、けっこうなお偉いさんだった。
幸いにも俺は2人に気に入られ、その下で働かせてもらってる。
実をいうと俺は、漢王朝を牛耳る曹操に目をつけられてるんだが、韓遂たちはそんなの気にしない。
俺たちがそれなりに戦える人間だと分かると、細かいことは言わずに使ってくれた。
ありがたいことだ。
それにしても、今日はやけに機嫌がいいが、どうしたんだろうか?
「あの~、韓遂どの? 今日は機嫌がいいみたいですけど、何かあったんですか?」
「おお、よくぞ聞いてくれた。実はな、これが来たんだ」
そう言って韓遂は、懐から手紙らしき束を取り出した。
「これはな、江南の孫策からの親書だ」
「そっ、孫策!」
つい最近まで争っていた強敵の名前に、思わず声を荒げてしまう。
すると韓遂は不思議そうな顔をしてから、納得したように言う。
「ああ、そういえばあんたら、益州で孫策に負けたんだったか」
「ま、負けてなんかない! ただちょっと……居場所がなくなっただけ、です」
「ん~、そうなのか? まあいいや。それでこの孫策だがな、これがなかなか見どころのある奴なんだ。俺たちが体を張って、北を守ってるってことを、よ~く分かってるんだな」
「ほう、そうなのか? ちょっと俺にも、見せてくれ」
それを聞いた馬騰も興味を覚えたのか、孫策の親書を読みはじめる。
やがて馬騰も顔を輝かして、感嘆の声を上げた。
「おいおい! こいつ、分かってんじゃねえかよ!」
「ああ、そうだろ? 普通は遊牧民どもの脅威なんか、まったく分かっちゃいねえからな。それを抑えている俺たちの貢献を、こいつは認めてくれてるんだ。おまけに酒や食料だけでなく、布や南海の珍品まで送ってくれたんだぜ」
「マジかよ。そいつは豪儀なもんだな」
そんな話を聞かされて、俺も中身が気になった。
「あの、俺にもその親書、見せてもらえませんかね?」
「おう、いいぞ。ただし汚すなよ」
「あ、はい」
手紙を受け取って読みはじめると、関羽や趙雲も寄ってきた。
彼らにも見えるようにして読み進めると、そこには実に調子のいい話が書かれていた。
要約すると、
”いつも北方辺境を守ってくれて、ありがとう。今回、私は益州の混乱を収めることに成功したので、ささやかながら贈り物をさせてもらいます。これらの物品で英気を養って、今後も北方の防衛に励んでください。また珍しいモノが手に入ったら、送りますね。孫策”
てな感じである。
それなりに敬意を示しつつ、韓遂たちへのねぎらいと親密さが感じられる文章だった。
「なんか、けっこう親しそうですけど、前からつき合いがあったんですか?」
「ああ、2年くらい前から、たまに手紙や贈り物をくれるんだ。中央の情報なんかも教えてくれて、いろいろと助かってる。それにしても、前はせいぜい揚州だけだったのが、荊州や益州まで治めるなんてなぁ。まったく、てえしたもんだ」
「そうそう。”江東の小覇王”だったのが、とうとう”華南の覇王”になったって、もっぱらの噂だぜ」
それを聞いて、思わず負け惜しみを言ってしまう。
「俺だって、一時は徐州牧だったんですよ」
「ああん? ああ、そういえばそんなこともあったっけか。だけどよう、お前。呂布に乗っ取られてちゃダメだろう。あんな脳筋にさ」
「おお、そうだ、呂布な。でもあいつ、脳筋のようでいて、けっこうずる賢いとこあるから、仕方ねえだろう。災難だったな、劉備どん」
「あ、いえ、どうも……」
「なんだよ、顔がくれえぞ。せっかくいい酒もらったんだからよ、飲め飲め。ワハハハハハッ」
「おう、そうだそうだ。嫌な思い出なんて、忘れちまおうぜ。ギャハハハハハッ」
その後、2人のオヤジにメチャクチャ飲まされた。
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「ふう、ようやく抜け出せたな」
「ああ、飲みすぎて、気持ち悪い……ウップ」
「ハッハッハ……しかしなんだな。やはり我らは、負けるべくして負けたんであるな」
「ああん? なんの話だよ? 関さん」
ようやく韓遂たちから解放されたと思ったら、関羽がおかしなことを言いだした。
「孫策であるよ、長兄。益州を取って油断しているかと思えば、とんでもない。すでにこの涼州にまで、手を回していたとはな」
「なんだとっ、あいつがここまでやってくんのか?」
「いや、それはないであろう。おそらく韓遂どのや馬騰どのを、味方につけようとしているのではないかな」
先走る張飛を関羽がなだめると、趙雲もそれにうなずく。
「ああ、それは私もそう思いました。彼らを味方につけて、曹操に対抗でもするんですかね」
「いや、必ずしもそうではなかろう」
「そうじゃないって、他に何があるんだよ? 関さん」
すると関羽は、どこか遠くを見るような目で語る。
「もちろん牽制ぐらいには考えておるかもしれんが、孫策の狙いはさらにその先であろう。おそらく今後の北の守り、ではないかな」
「北の守りって、どういうことだよ?」
「漢王朝もさんざん、遊牧民どもに苦しめられてきた。今後もそれは強まることはあれど、なくなりはしないであろう? ゆえに孫策は、北辺防衛の当事者と関係を持って、将来を模索しているのではないかな」
「なんだよ、それ? 孫策はもう、曹操にすら勝ったつもりってことか?」
「いや、そういうわけでもないだろうが、ヤツは先を見据えているということだ。我らより、何歩も先をな」
そう言われて正直、悔しかった。
俺なんか、足元にも及ばないんだと、言われてるようで。
「くっそ。だから俺はダメだってのか? 俺が考えなしだから!」
「そうではない、長兄よ。孫策は多くの武将を従え、さらに優秀な参謀もついているのであろう。それに対抗するなら、それなりの陣営を作る必要があるのだ。それができないなら、いさぎよく諦めるのも、ひとつの手だろうよ」
「なんだよ。結局そうなるのかよ、くそっ…………だけどまあ、そうかもしれねえな。ここは下手に焦らず、機会を待つのも手か」
「うむ、そうだな」
「でも、あにい。そんなことしてたら、俺たちそのうち死んじまうぜ」
「そん時はそん時よ。それが天命ってもんだろ?」
「ずいぶんと悟っちまったなぁ、あにい」
「いいじゃねえか」
まあ、そのうち、なるようになんだろう。




