30.賊を従えるには?
建安6年(201年)7月 揚州 丹陽郡 建業
領内で山越賊の被害が増えはじめたので、対策を話し合う。
するとほとんどが強硬な山賊狩りを提案する中、俺は硬軟おりまぜての対策を提案してみた。
「つまり孫策さまは、山越ごときに兵を使うな、と仰せですか?」
白いアゴヒゲをしごきながら、張昭が確認する。
俺はそれに対し、軽く首を横に振った。
「いや、必要なところには、惜しみなく兵を使う。だが強硬に迫害するだけでは、反発も強くなる。それじゃあ必要な兵は、増えるばかりだろう」
「ふむ、それゆえに硬軟おりまぜろとおっしゃるのですな。つまり、ムチだけではなく、アメも用意しろと?」
「そういうことだ。それについて、何か妙案はないかな? 遠慮なく意見を出してほしい」
「「「う~む」」」
俺の問いかけに対し、みんなが考えこむ。
するとその中で、弟の孫匡が疑問の声を上げた。
「あ、あの、兄上。そもそも山越って、なんで歯向かってくるんですかね?」
「いい質問だ、匡。分からないことは、どんどん聞け……ところで魯粛。山越賊とは、どんなものだ?」
俺のキラーパスにも驚かず、魯粛は冷静に答える。
「そうですな。元々は長江南岸に住んでいた異民族に、北から来た犯罪者や逃亡者が加わり、凶暴化したものです。その性質上、頭を押さえつけようとする権力者や勢力に、強い憎しみを抱くのでしょうな」
「ああ、なるほど。だから執拗に反抗するのですね」
「そういうことだ。しかし匡。全ての山越賊が、そんな人ばかりだと思うか?」
俺の質問に、孫匡は少し考えてから答える。
「いえ、揚州は広いですし、多くの異民族がいると聞きます。そのような犯罪者ばかりではないと思います」
「そうだ。中には家族思いの優しい人々もいるだろうし、戦とは無縁に、静かに暮らしたいと思う者もいるだろう。まずはそこを切り分け、分断することで、山越賊の勢いをそげると思うのだがな」
そう言って周りに目をやると、多くがうなずいている。
すると新顔の黄忠が、アゴヒゲをいじりながら訊ねる。
「しかしそれこそ言うは易いが、行うに難いことであろう? いかにしてそれを成すと言われるのですかな?」
「ああ、それなんだけどな、まずは武をもって、賊を屈服させる。ただしこれは、やりすぎてはいけない。よほど罪の明確な者でない限り、命は助けるんだ」
すると賀斉が、強い調子で反論してきた。
「そのような甘い対応では、ただなめられるだけですぞ。味方の兵の命も危険にさらされます」
「ああ、当然そうなるだろうから、最初は少数精鋭の部隊で急襲して、敵の首領格を押さえるんだ」
「むう……しかし首領を急襲するといっても、その居場所がよくわかりませんぞ。仮にそれができたとしても、奴らがおとなしくなるとは、とても思えませんがな」
「そう結論を急ぐな。敵の居場所については、魯粛の配下に探らせている。そしてそれなりに話ができる相手に渡りがついたら、俺が話しにいこうじゃないか。そして今後の関係について、盟約を結ぶんだ」
「なりませんぞっ! 孫策さま自身が蛮族の中に入っていくなど、とんでもありません!」
ここで大声を上げたのは、張昭だ。
張紘が許都にいる今、揚州の内政・外交を一手に仕切る彼は、最大のお目付け役でもある。
そんな彼からすれば、俺が山越賊と直に会うなぞ、論外であろう。
しかしここは俺も譲れない。
「とりあえず最後まで、話を聞けって。陸遜、今までさんざんにいがみ合っていた連中を、短期間で説得するには、どうすればいいと思う?」
「それは……孫策さまのような高位の人間が交渉におもむき、こちらが本気であるのを、見せることでしょうか」
「そうだ。口先だけで友好だ、信頼だって言っても、誰も信じやしない。だから少なくとも最初は、俺が出る必要があるんだ」
「「「むう……」」」
それは正論であるだけに、簡単に反論できない。
そこで頃合いを見て、魯粛が先を促した。
「仮に盟約を結んだとして、それからどうするのですか? 山賊との約束など、簡単に破られるかもしれませんぞ」
「うん。ここからが本題だ。まず山越賊の中で血の気の多いヤツとその家族には、利益を示して平地に移住してもらう。さらにその集団は、小分けにすることで、反乱を抑止するんだ。一方で山に残った人々は、その部族の有力者に管理させ、従属集団としてまとめてもらう。彼らが立ちゆかないようなら、こちらから多少の援助はしてもいい。そして彼らの血縁化、従属化を進めつつ、統治体制を固めるんだ」
そんな案を披露すると、部屋の中がシーンと静まりかえった。
まるで俺が、恐ろしいものにでもなったかのような顔をする者もいる。
「どうした? なんか変か?」
すると真っ先に、魯粛、龐統、陸遜、徐庶の軍師系が、苦笑いしながら声を上げた。
「いやはや、孫策さまはお人が悪い」
「まったくだ。人の良さそうな顔をして、腹の中でこんなエグいことを考えていたとはな」
「ちょっと引きますよ」
「いえいえ、ここは頼もしいと言うべきでしょう」
さらに張昭、諸葛瑾、秦松も苦笑しつつ、言葉を交わす。
「為政者としては歓迎すべき資質なれど、少々外聞が悪いかもしれませんな」
「いえいえ、その辺は表に出さねば問題ありません。場合によっては、我らがかぶればよいのです」
「ホッホッホ、実に頼もしいお方です」
一方、武官の多くは意味が分からないようで、ほとんどがポカンとしていた。
多少は分かってそうなのは、呂蒙ぐらいだろうか。
彼には常々、勉強の必要性を説いているので、多少は先見性が芽生えているのだろう。
実はこの山越賊の対策案は、蜀の南蛮西南夷対策を参考にしている。
劉備の死後、諸葛亮が北伐の準備を整えるため、南征で実行された施策なのだ。
それは実に巧妙で、精緻な統治政策であり、同時に残酷でもあった。
この政策に絡め取られた南蛮人たちは、狂ったような蜀の北伐に、その身を捧げさせられたのだから。
しかしそれだけに、俺たちが山越賊に対するための参考になる。
結局、俺の案をたたき台に参謀たちが細部を詰め、作戦を進めることで、意見は一致した。
武官たちには精鋭部隊の選別を急ぐように言い、また魯粛には山越賊の首謀者の探索を急がせる。
「また金が掛かりますが、よろしいのですな?」
「もちろんだ。それで兵士の命が買えるなら、安いもんだからな」
「むう……」
俺と魯粛が金の話をしている横で、張昭が苦い顔をしている。
なにしろ俺たちが諜報につぎ込む金額ときたら、常識を外れているのだから。
たぶん、この中華世界で諜報に一番カネ掛けてるのは、俺たちだろうな。
しかしそのおかげで俺たちは、わりと短期間で荊州を攻略できた。
夏口城では決死の破壊工作を成功させたし、襄陽内部では情報を操作して、内乱を誘ったりもしたのだ。
それらの運営と密偵の育成に、見事な手腕を見せたのが魯粛である。
元々、彼自身は武術に自信がないのもあって、政治寄りの考えを強く持っている。
さらに商人上がりの合理性も合わさって、他の参謀とは一線を画す思考形態を発揮していた。
ぶっちゃけ、彼はかなりの異端児なのだが、人当たりが悪くないせいか、それほど目立っていない。
たぶん好きなことをやれているので、心に余裕があるんじゃないかな。
いずれにしろ、稀代のスパイマスターの助力があれば、山越対策も遠からず進むだろう。
そしてそれは領内の治安費用を低減し、逆に戦力を増す効果すら見込まれる。
それが実現すれば、俺が生き残る確率も高まるってもんだ。
早く面倒をかたづけて、大橋とイチャイチャしたいなぁ。(願望)




