幕間: 真の敵
今年最後の投稿です。
良いお年を。
【魯粛】
孫策さまの暗殺騒ぎの少し後に、私は呼び出された。
部屋には孫策さまと周瑜どのがいるだけで、どうやら内密の話のようだ。
「どうだ、魯粛。その後、進展はあったか?」
「いえ、確保できた残党からは、大した情報は得られません」
「やはりそうか。しかし逃げおおせた連中と奴らでは、その質が大きく違う。他に黒幕がいるのは確実だろう?」
「ええ、それは私も疑っていません。しかし実に巧妙に痕跡を消されていまして……」
すると周瑜どのが口を開く。
「さっきも孫策と話していたんだけどね、曹操の仕業と考えると、しっくり来ないかい?」
「曹操、ですか? あの司空の?」
「ああ。司空閣下は今まさに、袁紹と睨み合っている。後顧の憂いを除くため、刺客を差し向けてもおかしくない」
「それはまあ、そうですな」
周瑜どのの言うことはもっともだ。
事実上、宮廷を差配している曹操なら、凄腕の刺客も雇えるだろう。
しかしあくまで憶測にすぎない。
言葉に迷っていると、孫策さまから提案があった。
「いずれにしろ後ろ暗い裏稼業だ。はっきりした証拠なんて、残ってるはずがない。しかしいくつか目星をつけて、動向に注意しておけば、次の犯行を防げるかもしれないだろ」
「なるほど。何も手がかりがないよりは、対処しやすいでしょうな。それにしても敵が大きすぎて、的が絞れませんが」
「ああ、それなんだが、曹操は数人の参謀を抱えてるよな。たしか荀彧とか、郭嘉、荀攸とかいう奴らだ。今回みたいな暗殺は、こいつらが指示してる可能性が高いと思うんだ」
「たしかに、曹操が直接、指揮するとは考えにくいですな。つまり彼の参謀たちに的を絞って、網を張るわけですな」
「ああ、そうだ。今後も俺は領地を広げるつもりだから、どの道、曹操には目をつけられるだろう。そういう意味でも、決して無駄にはならないさ」
「そのとおりですな。まあ、張昭どのからは、また小言を言われそうですが」
私は張昭どのの顔を浮かべながら、苦笑した。
彼からは常々、金の掛かる諜報活動に苦言を呈されているのだ。
「ハハハ、あれはあれで、組織を思ってのことだからな。この件も話を通しておく」
「お願いします。今後もますます忙しくなりそうですな」
「ああ、悪いが頼む」
その後、指示どおりに曹操の周囲を探ってみた。
実際に曹操は優秀な参謀を抱えているようで、彼の躍進の何割かは、参謀の働きによるもののようだ。
そんな調査結果を孫策さまに報告すると、興味深そうに言われた。
「なるほど、こいつらが曹操を支えてるわけだな。そして一番、謀略に絡んでいそうなのが、この郭嘉か」
「はい。とはいえ、謀略の内容など、外に漏れるものではありません。あくまで外から見える状況による、推測です」
「いや、だがこの男、かなり頭は切れるが、人格に問題があるようじゃないか。暗殺を指示するのを、ためらうとは思えんな」
「その可能性が高いのは、私も同意です」
ここで孫策さまが、周瑜どのに話を振った。
「周瑜はどう思う?」
「限りなく黒に近い灰色だね。彼を中心に、監視の網を張るということで、いいんじゃないかな」
「そうだな。それじゃあ、そのようにしてくれるか。くれぐれも気取られないようにな」
「承知しました」
ふう、これでまた金が掛かるのは確定だな。
しかし孫策さまの命に、関わるかもしれないのだ。
必要経費ということで、押し切ろう。
張昭どのに会うのが、少し怖いがな。
あれから曹操の周囲を探りつつ、裏社会についても調べてみた。
従来なら巧妙に隠れているはずの組織も、この乱世では意外に大胆に振る舞っているものだ。
そんな伝手を辿っていくと、暗殺を請け負う組織の噂も耳に入る。
当然ながら、現在の政治の中心である許都にもそれは存在し、宮廷絡みの仕事もあると言う。
そしてその窓口となっている男の名前も、浮上してきた。
「ほう、やはり郭嘉が関わっていたか」
「はい。もっとも、噂に毛が生えた程度の話で、とても断定はできませんが」
「それは当然だろう。いくら乱世とはいえ、暗殺の首謀者が明らかになるはずもない」
「そうですな」
孫策さまとそんな話をすると、彼がしばし黙りこんだ。
「…………今はほとぼりを冷ますため、連中もおとなしくしているだろう。しかしいずれまた、確実に牙をむくと思う」
「はい。十分、考えられます」
「あれから警備体制は強めてるが、これ以上の対策は何かあるか?」
「曹操周辺の監視にも、限界があります。あるとすれば、敵に危害を加えて、警告とするぐらいでしょうか」
すると孫策さまが首を横に振る。
「いや、それは悪手だろう。向こうも報復に出て、泥仕合になる可能性が高い」
「……そうですな。つまらぬ事を申しました」
「いや、こちらも親衛隊を1人、失ってるからな。報復したい気持ちは分かる。呂範にこのことを教えれば、すっ飛んでいきそうだ」
「フフフ、呂範どのに、迂闊なことは言えませんな。しかしそうすると、確実な対策は難しいかと」
「ああ、現状では手詰まりだ。せいぜい曹操の周辺を見張って、すばやく情報を伝えるぐらいか。伝書バトは順調なんだろう?」
「はい、ようやく目処がつきました。後は実践あるのみです」
「そうか。今後も苦労を掛けるが、よろしく頼む」
「とんでもございません。こちらこそよろしくお願い致します」
孫策さまほど、諜報活動に理解のある主はいない。
資金面の援助のみならず、密偵の心情にまで配慮してくださるのだから。
あのお方のためならば、文字どおりに命を賭ける部下は多いだろう。
そんな孫策さまを失わぬよう、我らも知恵を絞らねば。




