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『過保護なハリケーン』と『アイアンクロー』の挟撃 キアス城生存日記  作者: FujiNoYukiAI


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9/12

禁断の書を開け 過保護な監視カメラに『知識のバグ』を仕掛ける

キアス・キャッスル 図書室

僕は今、アルヴィナ姉さまの隣の椅子に座り、まるで魂を抜き取られたように虚ろな目をしていた。

「……だからルー、この『アッサム茶葉の辺境伯領への影響』という章は、単なる貿易史ではないの。これは、茶器の材質が持つ魔力伝導率という、極めて繊細な研究テーマを含んでいるのよ。わかる?」

「……わか、ります。アルヴィナ姉さま。そして、その茶器の材質は、喉に詰まるリスクが……非常に低い、ですね」

僕は、もはや反射で「喉に詰まる」というアルヴィナ姉さまの懸念を先読みして付け加える。

『大浄化のハリケーン』から逃れた結果、僕は丸二時間、この「五時間のお茶の歴史講座」に耐えている。僕のダラダラしたいという切実な願いは、姉さまの無限の知識欲によって、跡形もなく消し去られようとしていた。

このままでは、精神が崩壊する。

僕は、視界の端に映る、新たに届いたばかりの木箱の山に目をやった。辺境から取り寄せられた古い書籍の山だ。

チャンスだ。アルヴィナ姉さまの過保護の弱点。それは、僕の安全よりも、知識の正当性と学術的真実を優先することだ。彼女の学者としての本能を刺激すれば、僕の監視どころではなくなるはず。

僕は、最も古く、埃を被った木箱を指差した。

「アルヴィナ姉さま。その箱の中にある、『非ユークリッド辺境弓術理論大全』の第11巻について、少しだけ気になることがありまして」

アルヴィナ姉さまは、持っていた茶器の解説書をピタリと閉じた。その目が、研究者特有の鋭い光を放ち始める。「非ユークリッド弓術? ああ、例の、矢の軌道を空間の歪みとして計算するという、非実用的な理論ね。それがどうしたの?」

「実は、その第11巻の巻末の脚注で、『辺境弓術に用いる弓の素材は、魔獣の腱よりも、むしろ城壁の石材から抽出した魔力結晶体の方が、理論上の誤差が少ない』と書かれていると、どこかで読んだ記憶が……」

僕は、もちろんそんな本を読んだことはない。この理論は、僕がこの状況を脱するために、頭の中で緊急で捏造した『知識のバグ』だ。

ヒュッ……

アルヴィナ姉さまの周囲の空気が一瞬、凍りついた。彼女の「高性能な監視カメラ」としての機能が停止し、「世界で一番本を読む人」としての機能が最大出力で起動した音だ。

「な、なんですって!? 城壁の石材!? そんな馬鹿なことが書かれていると? キアス城は、歴史的にも魔獣の腱を用いることで、この理論の誤差を最小限に抑えてきたはずよ! それがもし本当なら、辺境伯家の弓術史全体に対する、重大な、学術的な冒涜よ!」

アルヴィナ姉さまは、茶器のことなど完全に忘れ、木箱に突進した。彼女の理論的秩序が乱されたのだ。

「いけないわ、ルー! これをすぐに検証しなければ! その理論を提唱した著者と、キアス家の歴代当主が残した文献を全て照合する必要があるわ! この誤りを放置すれば、辺境の歴史が書き換えられてしまう!」

アルヴィナ姉さまは、図書室の全魔力光を点灯させ、風魔法で埃を払いのけながら、猛烈な勢いで文献の山を掘り始めた。彼女は、向こう一週間は、食事も風呂も忘れて、この「知識のバグ」の修正作業に没頭するだろう。

「ルーカス! あなたはここで、静かに、私の研究が終わるまで待っていなさい! 騒ぐと文献の配置が乱れるからね!」

ヒュオオオオオ!

僕の周囲に、アルヴィナ姉さまの魔力が、強力な「静音バリア」を張った。監視ではなく、音を立てるなという命令だ。

僕は、この静音バリアの中で立ち上がった。

成功だ。 僕は、過保護な監視カメラに「知識のバグ」を仕掛け、彼女の処理能力をオーバーロードさせたのだ。

僕はそっと図書室の扉を開け、自由の空気(清浄度が完璧な)を吸い込んだ。

「やった……! これで今日は、訓練からも、知識の監禁からも逃げられる!」

僕はスキップしたい衝動を抑え、廊下を小走りで進んだ。今度こそ、ダラダラする!

そして、城の回廊の角を曲がった、その瞬間だった。

ガシッ!

僕の腕が、力強く、しかし驚くほど静かに掴まれた。

「……逃げられたと思ったか、ルー」

次姉エリス姉さまが、剣を背負った訓練着姿で、廊下の真ん中に立っていた。彼女の瞳には、狩人が獲物を仕留める前の、冷たい確信が宿っている。

「エ、エリス姉さま!? なぜここに! 図書室には近づかないんじゃ……」

「フン。あんなに騒がしかった図書館が、急に静かになった。それは、貴様がアルヴィナ姉さまを説得サボタージュした証拠だ。貴様が知恵を使って逃げる場所は、いつもここだ」

エリス姉さまは、僕の逃走パターンを完全に予測していたのだ。「それに、私には聞こえたぞ。姉さまが『静音バリア』を張ったのがな。あれはつまり、『ここでいくら騒いでも、姉さまに怒鳴られる心配はない』という、私への完璧なサインだ!」

エリス姉さまは、悪魔的な笑顔を浮かべた。

「さあ、ルー。静音バリアの効いた回廊は、全力疾走訓練に最適だ。今日はお前の持久走記録を、この静かな場所で更新させてもらうぞ!」

逃げ場はない。僕は、アルヴィナ姉さまの「安全のための静けさ」が、エリス姉さまの「訓練のための無法地帯」へと変わる、最悪の挟撃のサイクルから、またも抜け出せなかった。

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