身体強化を覚えなければ死ぬ 命懸けの魔力修業(物理)
キアス・キャッスル 地下倉庫
結論から言うと、僕はもう限界だ。
昨日、僕は二人の姉さまの挟撃――直立不動スクワット――によって、全身の筋肉を破壊された。朝、ベッドから起き上がろうとした瞬間、全身に走った激痛は、このキアス城が魔獣の森よりも危険な場所であることを僕に再認識させた。
エリス姉さまの訓練に耐えられなければ、僕は永遠にサンドバッグだ。そして、サンドバッグのままでは、ダラダラしたいという僕の神聖なる願いは永久に叶わない。
生き残るためには、騎士の特訓から逃れる速度と、アルヴィナ姉さまの過保護から守る精神力が必要だ。そして、これら全てに共通する辺境伯家伝来の基礎技術がある。
魔力による身体強化だ。
「……やるしかない」
僕は、埃っぽい地下倉庫の一室に身を潜めていた。ここはアルヴィナ姉さまが「カビの魔物がいる」と敬遠し、エリス姉さまが「狭くて訓練にならない」と無視する、キアス城の安全地帯だ。
僕は深呼吸した。キアス家の人間は、生まれながらにして魔力を身体に巡らせる技術を持っている。だが、僕は魔術師志望なので、肉体への応用はサボってきた。
僕は、教本で習った理論を思い出す。体内に存在する魔力の流れを意識し、その流れを体の外側、特に皮膚や筋肉の直下に集中させる。そうすることで、物理的な衝撃に対する防御力と、瞬間的な運動能力を向上させる。
「フッ……」
僕は魔力を右腕に集中させた。微かな光と共に、腕の表面が硬質な皮膜に覆われたような感覚がある。
成功だ。
「よし! この状態でエリス姉さまのアイアンクローに耐えられれば……!」
これこそ、僕の自由への切符だ!
だが、その瞬間、頭上の天井から、アルヴィナ姉さまの声が響いた。いつもより少し焦った声だ。
「ルーカス! その部屋の埃には、未確認の古代バクテリアが存在する可能性があるわ!
アルヴィナ姉さまは、僕の魔力強化の成功を察知したのではない。ただ、僕が動いているという事実、そして汚い場所にいるという事実だけで危険信号が鳴るのだ。
そして、その声に反応したのか、地下倉庫の重い扉がドンッと勢いよく開いた。
「ルー、そんなところで何をしている! 秘密特訓か? 感心だな!」「しかし、秘密訓練は効率が悪い! 隊長である私が、直接指導しなければ、その身体強化は未完成だ!」
エリス姉さまの瞳がキラキラ輝いている。最悪だ。彼女の言う「未完成」とは、僕が完全に彼女の攻撃を避けられるようになるまで、僕をサンドバッグにするという意味だ。
「お前に、私の動きがどれだけ速くなったか見せてやる! アイアンクロー・テストだ!」
ビュン!エリス姉さまが、加速した。魔力強化を使ったわけではない。純粋な体術と反射速度だ。しかし、その速度はこれまでの比ではない。彼女もまた、僕の僅かな抵抗を察知し、強度を上げてきている!
僕は咄嗟に、右腕に集中させていた魔力を、全身、特に頭部と足に振り分けた。
耐えろ、僕の身体強化!エリス姉さまの手が僕の頭に迫る。僕は、この強化した魔力皮膜で、必殺技を凌いでみせる!ガシッ!頭を鷲掴みにされる。指が食い込んでくる。「うっ……! グウ……!」
――痛い。
身体強化は確かに発動している。通常の五倍は防御力が上がっているはずだ。しかし、エリス姉さまの握力は、その五倍を軽く上回る暴力だった。
「どうした、ルー? 身体強化か? 見事だ! だが、私の握力は魔力強化の上澄み程度では砕けない!」
頭を掴まれたまま、僕は激しく揺さぶられた。アルヴィナ姉さまの「姿勢を保ちなさい!」という声と、エリス姉さまの「もっと集中しろ!」という怒号が、頭の中で木霊する。
結局、僕の命懸けの魔力修業は、たった一撃で、姉さまの新たな訓練項目に追加されてしまった。
「身体強化の耐久訓練、百セットだ! 私の攻撃を耐え切れれば、褒めてやる!」僕は知った。この城で生き残るには、「身体強化を覚える」だけでは不十分だ。エリス姉さまが持つ無尽蔵の体力と、アルヴィナ姉さまの無限の心配という規格外の能力値を超える規格外の回避術が必要なのだと。




