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『過保護なハリケーン』と『アイアンクロー』の挟撃 キアス城生存日記  作者: FujiNoYukiAI


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キアス・キャッスル 資料保管庫(ルーカスの天国)

僕は毛布の上で丸くなっていた。この埃とカビの匂いこそが、僕にとっての自由の香りだ。城内のどこよりも清浄ではないが、どこよりも安全。アルヴィナ姉さまの潔癖症レーダーから最も遠く、エリス姉さまの訓練衝動から完全に隔絶された聖域。

僕は目を閉じ、天井を見上げた。ぼんやりとした薄暗い空間に、小さな埃の粒子が舞っている。この粒子の一つ一つが、姉さまたちの監視の目から逃れた自由の象徴だ。

僕は、無重力の海に浮かぶように、ゆっくりと深く息を吸い、そして咽せた。ゴホッゴホッ。

「…このために、僕は知識を武器にし、姉さまの行動原理を分析し、最高の論理的脱出ルートを構築したんだ…」

勝利の余韻に浸りながら、埃を纏し僕は体を少しだけ動かした。毛布のぬくもりが心地よい。静寂の中に響くのは、自分の心臓の音だけ。いや、遠く、壁の向こうから、ごく微かな音が聞こえる。

ヒュオオオオ……

アルヴィナ姉さまが風魔法で城内の空気を循環させている音だ。この音が僕には子守唄のように聞こえる。彼女は今、祖父様の「静的な儀式」を成功させるべく、僕の無事を信じ、全魔力を浄化に注ぎ込んでいるだろう。彼女は、僕が「汚れた壺と巻物」を「無人かつ清浄な部屋」に移送し、そこで「儀式の監視」という名の「静置」を完璧にこなしていると信じている。

そして、その音よりも少しだけ近くから、非常に微細な「ドスッ」という音が聞こえた。

「 …エリス姉さまの、五体投地からの『地面叩き』の音だ…」

エリス姉さまは、今も回廊で、最高の集中力を維持しながら張り付いているはずだ。「動かず、静かに、一瞬で目標地点に潜伏する能力」のテストという、架空の任務を完遂するためだ。彼女にとって、この訓練は「僕が教えたい訓練」であり、「辺境伯家の機密」に関わる重要な任務だ。彼女は、僕がこの最高の精神集中訓練を終えるまで、微動だにしないだろう。

僕は完全に安心し、毛布に顔を埋めた。この完璧な構造は、僕の理論の正しさを証明している。姉妹の行動原理という「最強の鎖」を、姉妹それぞれの行動原理という「最強の錠前」で固定したのだ。

「ふぅ……」

僕は毛布から顔を出し、保管庫の中を見渡した。埃っぽい木箱、古い羊皮紙、錆びた甲冑の破片。その中に、ひときわ目を引くものがあった。

棚の上の隅に、銀ではなく、銅でできた小さな茶器のようなもの。その周りには、古びた、分厚い文献が山積みになっている。

「…そういえば、祖父様の『最適な空気清浄度』の文献は、本当にあったはずだけど……『銀の壺』の記述は…あったかな?」

僕は身体を起こし、棚へと近づいた。この銅の茶器、もしかすると、僕がアルヴィナ姉さまに告げた「銀の壺」の、本当のプロトタイプかもしれない。僕が勝手に捏造した話が、本当に祖父様の隠された文献に基づいていたとしたら、それはそれで面白い。

僕は銅の茶器を手に取った。重みがある。底には、摩耗した紋章が刻まれていた。

と、その時。

カサッ。

茶器の隣にあった、分厚い羊皮紙の束が、床に落ちた。

「しまった…!」

僕は音を立てないように息を詰め、落ちた羊皮紙を回収しようと手を伸ばした。その瞬間、羊皮紙の束が開いた。

そこには、祖父様の癖のある筆跡で、こう記されていた。

辺境魔術師の休息における最適な空気清浄度

大規模な再浄化には、静的魔力を持つ銀の壺に古い巻物を入れ、無人の部屋で三十分間、静置しなければならない。

(注:この記述は、我が家の過度に潔癖な者(アルヴィナを想定)が、休息を邪魔しないようにするための、完璧な言い訳である。実際には、汚い保管庫の片隅で、ただ静かに寝転がるのが、魔力の再充電には最も効率的である)

ルーカスへ。お前の休息は、辺境伯家の安寧よりも優先される。

僕の動きが、完全に停止した。

「……祖父様……」

僕は銅の茶器と、その「注」の記述を交互に見た。僕が捏造したと思っていた「知識と清浄の危機」という論理は、実は、祖父様が僕のために残してくれた、完璧な「サボり公認文書」だった。

この城の「汚い」資料保管庫は、ただの保管庫ではない。

アルヴィナ姉さまの潔癖症を逆手に取り、エリス姉さまの訓練狂いを封じ込めるための、辺境伯家代々の「サボタージュ聖地」だったのだ。そして、その儀式の存在は、アルヴィナ姉さまの「知識欲」という弱点を突き、彼女の行動を縛るための「絶対命令」として機能する。

僕は、無意識に口元が緩むのを抑えきれなかった。

「……さすが、祖父様。僕たちは、完全に同じ遺伝子を持っている……」

僕は羊皮紙を元の場所に戻し、銅の茶器をしっかりと握りしめた。これは、ただの茶器ではない。自由への、そして最高の休息への「鍵」だ。

僕は再び毛布に寝転がり、銅の茶器を胸に抱いた。

これで、安心して眠れる。僕が今している行動は、辺境伯家の伝統であり、城の清浄度に関わる最優先事項なのだから。

再び、遠くでアルヴィナ姉さまの風魔法がヒュオオオオと響く。

そして、その音に混じって、ごく微かに、エリス姉さまの低い「ドスッ!ドスッ!」という、地面を叩く音が聞こえる。

姉さま方は、今も僕の「潜入・静置ミッション」の成功を信じ、それぞれの任務に邁進している。

僕は目を閉じ、眠りに落ちる。

自由は、かくも静かで、埃っぽいものだった。

【そして三十分後――】

僕は、儀式が完了する三十分きっかりで目覚めた。時間厳守は、任務の基本だ。

僕は素早く立ち上がり、服の埃を払い、一瞬で顔を整えた。

銅の茶器を棚に戻し、静かに資料保管庫の鍵をかけた。

僕は、まるで「汚染された危機を救った英雄」であるかのように、清々しい顔で回廊へと向かう。

回廊には、まだエリス姉さまが五体投地で張り付いていた。

「……エリス姉さま。任務完了だ。無事に、銀の壺と巻物を静置し、三十分間の監視を終えた」

エリス姉さまは、地面から額を上げ、荒い息を吐いた。彼女の顔は、精神集中のあまり、汗で濡れている。

「……ルー……! よくやった! 私が教えた『絶対的静止』の訓練を、まさかこんな形で完遂するとは……! 私の誇りだ、ルー!」

エリス姉さまは感動のあまり、勢いよく立ち上がり、僕に抱きついてきた。抱擁は、五体投地の訓練の延長線上にある、最高の身体接触訓練なのだ。

そして、遠くから、アルヴィナ姉さまの疲れた、しかし満足そうな声が響いた。

「ルーカス。よくやったわ。城の清浄度の波形が、目覚ましく改善した。やはり、祖父様の文献は正しかった……。すぐさま、洗浄室に行きなさい。そして、その『汚れた』体を清めて、任務の詳細を、書面にまとめて提出しなさい!」

「もちろんですよ、アルヴィナ姉さま。すぐに、『辺境魔術師の休息における最適な空気清浄度』に関する、詳細な任務報告書を作成します」

こうして、僕は二人の姉さまから「訓練と知識のダブル承認」を得たまま、清潔で静かな自分の部屋へと向かうことになった。

資料保管庫での三十分間の「休息」と、その後の「報告書作成」という名の「静かな作業時間」。

僕の最高の自由は、まだ続くのだ。


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