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『過保護なハリケーン』と『アイアンクロー』の挟撃 キアス城生存日記  作者: FujiNoYukiAI


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静寂なる回廊の疾走 無音で追い詰める動く破壊兵器

キアス・キャッスル 静音回廊

逃げ場はなかった。僕の知恵が作り出した、アルヴィナ姉さまの「静音バリア」という完璧な防御は、エリス姉さまにとっては「騒音を気にせず暴れられる最高の訓練場」という、最悪の攻撃へと変換されてしまった。

「さあ、ルー! 走れ! 今日は持久走ではない。無音の追跡サイレント・ハントの訓練だ!」

エリス姉さまの命令は、静音バリアのせいで、僕の耳には低く、遠く、くぐもった音としてしか届かない。だが、その言葉の意味は、僕の全身の筋肉が理解していた。

回廊での全力疾走が始まった。

僕とエリス姉さまは、全身の魔力と筋力を叩き込んで、石畳の回廊を駆け抜ける。通常なら、この衝撃的な速度と脚力は、城中に響き渡る轟音を立てるはずだ。

ヒュン……ヒュン……

しかし、聞こえるのは、風を切るわずかな摩擦音と、僕自身の荒い、くぐもった呼吸音だけだ。エリス姉さまの足音、僕の心臓の鼓動、筋肉の軋み、全てが魔法の壁に吸収されている。

まるで、世界から音だけが消えた、スローモーションの悪夢のようだ。

これが、静寂なる回廊の疾走。

エリス姉さまは、この状況を楽しんでいた。彼女は音を頼らず、僕の魔力の流れと、僕が風に乗って滑空しようとする空気の微細な乱れだけを頼りに追跡してくる。「どうしたルー! 身体強化はその程度か! 静かすぎて、貴様の逃走の意志が聞こえんな!」

声がくぐもっている分、彼女の追跡はさらに正確で、そして執拗だった。彼女は壁のわずかな窪みを利用して加速し、僕の真横にピタリと張り付いた。

僕は恐怖で叫びたい衝動に駆られたが、それすらもバリアに封じられる。

「くそっ……!」

僕は、この静音バリアの特性を利用することを思いついた。

このバリアは、音だけでなく、空気の振動そのものを吸収している。つまり、全力で走り抜ける僕たちの周囲の空気の流れは、常にバリアによって矯正され、奇妙な抵抗を生んでいるはずだ。

僕は、わずかに身体強化を緩め、わざと走法を崩した。

ガッ!僕の足元から、普段なら「ドンッ」と響くはずの、衝撃が走った。その衝撃は音にはならないが、バリアの構造を乱し、僕の周囲に瞬間的な魔力の淀みを生む。

エリス姉さまは、僕の不自然な動きに気づいた。

「小賢しい! バリアの魔力吸収を利用して、速度をコントロールしようとしているのか!」

彼女は即座に僕の前に回り込み、僕の回避を封じるように、回廊の真ん中に立ち塞がった。

そして、彼女の右拳が振り上げられた。狙うは、もちろん僕の頭。訓練の締めの、あの必殺技だ。

『アイアンクロー』。

僕は頭を守るために、全身の魔力を頭部に集中させた。耐えろ、僕の身体強化!

ズオッ!エリス姉さまの指が、僕の頭部に食い込む。相変わらず、僕の身体強化を上回る痛みが走る。

しかし、今日は様子が違った。エリス姉さまは、僕の頭を掴んだまま、顔をしかめている。

「……ぐぬぬ……! 貴様……! 私の勝利の宣言が、姉さまのバリアで聞こえんではないか! これでは訓練の達成感が半減する!」

そう、静音バリアは、彼女の「隊長」としての威厳を証明する『勝利の咆哮』すらも封じ込めてしまうのだ。エリス姉さまのプライドが、物理的な限界を超えて激昂した。

「静音など、知るか! 訓練を終えるのは、私の自由だ!」

エリス姉さまは、僕の頭を掴んだまま、魔力を集中させた右足を、回廊の石畳に叩きつけた。

静音バリアの限界を無視した、純粋な物理的な破壊力。辺りを覆っていた透明な膜が、ガラスのように砕け散る、凄まじい音が響いた。

静音バリアが破られた瞬間、僕たちの全力疾走の足音、荒い呼吸、そしてエリス姉さまの咆哮が、堰を切ったように一斉に城中に解き放たれた。城壁が揺れるほどの、凄まじい轟音だ。

「よし! これで訓練終了だ、ルー! 次回は――」

エリス姉さまが次の訓練を宣告しようとした、その時だった。

地響きのような、しかしどこか神経質な叫びが、図書室の方から飛んできた。

アルヴィナ姉さまだ。顔を真っ赤にして、書物と埃まみれの姿で、回廊の角に立っていた。

「歴史的文献の照合作業中に、なんて音を! あなたの訓練のせいで、私の集中力が! そして、何よりも!」

アルヴィナ姉さまは、激しい怒りに震えながら、人差し指を突きつけた。

「静音バリアを破ったせいで、城内の空気が、急激に汚染されたわ! すぐに、全域を再浄化するまで、二人ともこの場で五体投地の姿勢を取ってなさい!」

訓練の終わりに待っていたのは、エリス姉さまのアイアンクローではなく、アルヴィナ姉さまの空気清浄の再開という、新たな形での挟撃だった。

静音訓練から逃れた僕たちを待っていたのは、埃一つ残さぬ完璧な姿勢での謝罪という、二人一緒の罰だった。




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