最愛の勇者が死んだ。
どうして、こんなことに?
どこで何を間違った?
なぜ、彼が目を開けないの?
ここからじゃ、蘇生ができる教会まで間に合わない。
なぜ、なぜ……。
勇者アルディスが、死んだ。
魔王軍の四天王、音速の魔人フェルゼルの夜襲によって。誇り高き魔人が、まともに対峙することもせず、闇討ちを行ったのだ。
パーティーは、完全に油断しきっていた。
異変に気付いたころには、血の海が出来ていた。アルディスの胸部には大きな穴が開き、無残な亡骸となっていた。
「嘘でしょ、アルディス!冗談はやめてよ!ねぇ、ねぇ、せっかくここまで来たのに、そんな……!」―― 斥候役の女シーフ、カリナが泣き叫んでいる。先にそんな風に泣かれてしまったら、私は……。
「なんてことだ。いったい何のために、私がここまで着いてきたと思っておるのだ。魔王は勇者にしか殺せぬというのに、四天王ごときに殺されおって……」―― 剛力の戦士カルザンが吐き捨てるように言った。
そのセリフに、私は思わずカッとなり、カルザンに平手打ちをお見舞いした。
「……そういえば、お前たちは同じ村の出身で幼馴染であったか。だが、だからといって何だというのだ。こやつは、この世界のすべての命運をも背負っていたというのに」―― よく見れば、カルザンの唇の端からは細く血が流れていた。カルザンとて、彼の死に何も感じていないわけではなかったようだ。
「今から、すぐに一番近くの教会にまでたどり着くのに、使えそうなアイテムは、この荷物の中にはありませんか?」―― 荷物運びのナッシュが、賢者ゼノンに訊ねた。
「ないな。たとえ、あったとしても、この山に掛けられた結界が転移の邪魔をする……」無感情に答えるゼノン。この男は、アルディスの死を前にしても、平然と、むしろなぜか、わずかに微笑しているようにも見えた。
ゼノンにも殺意を覚えたが、そんなことよりも今はアルディスだ。私は、アルディスの遺体に近づき、穴の開いた彼の胸に手を当てながら、語りかけた。――
「ねぇ、アルディス……貴方はいつも大事な場面で大きなミスをするわね。村にいる時からずっとそうだったけど、この旅に出てからも苦難の連続だったわ。先代の勇者の聖剣を引き抜くのに力を入れ過ぎて折っちゃったり、罠だらけのヴェルファール遺跡でもほとんどの罠を起動させ、パーティーを壊滅させかけたり、エルフの隠れ里では大事な結界石を破壊して出禁になったり、あれも、これも……」
「……ミラ」
ゼノンが私の肩に手をかけ、一瞬身体が怒りに震えたが、私は続けた。――
「貴方、旅の前に言ったわよね。魔王討伐に成功して、王都に返れば、お前もきっと貴族たちから求婚される。そうすれば、実家にも仕送りが出来るし、老後も安泰だって。それに万が一、相手が見つからなければ、俺がお前と結婚してやるって。貴方は王女との結婚も打診されていたのに、そんなことを言ったのよ……だから私は真に受けて、必死に必死にがんばって、こんなところにまで着いてきたんじゃないの!貴方は本気じゃなかったかもしれないけど、私は、私は……うぁーーーんっ!」
一度、溢れはじめた涙は、我慢しようとすれば、するほど、止まらなくなる。これまで、必死にそんな素振りも見せず、心の奥底に隠してきた女心を、よりによってこんな薄情な男の前で……。
「邪魔だ、どけ」
私を最愛のアルディスの前から引きはがし、アルディスに近づくゼノン。私は我を忘れ、極炎魔法インフェルノの呪文の詠唱を無意識に始めていた。
「治癒の女神セラフィアよ、賢者ゼノンの名を持って協力を要請する。この死して間もないアルディスの魂を今一度、現世に戻し給え。蘇生!」
ゼノンの言葉により、分厚く雲に覆われた魔の山の上空から、一筋の光がアルディスの遺体にゆっくりと降り注いだ。
◇
「いやー、さすがに夜襲とか、四天王のくせになくね? マジで死んだかと思ったわー。いや、本当に死んだんだっけか、俺?」
鎧の胸部のど真ん中に大穴を開けながら、何事もなかったかのように、談笑を続けるアルディスと他のメンバーたち。胸の穴もゼノンの治癒魔法によってキレイに塞がれ、先頃までの出来事が、まるで夢の中の話であったかのように……。
何でも、昨日の戦闘中にゼノンのレベルが上がり、蘇生魔法の行使を啓示を受けていたのだという。ゼノンはそのことをアルディスにだけ告げ、他のメンバーには黙っていた。いくら蘇生魔法があるからといって、パーティーに変な気の緩みが出来ても困る。だから、しばらくの間は二名の秘密としようと、アルディスがゼノンに言い含めていたらしい。
けれど、当のアルディス本人が、蘇生魔法の安心感から、昨晩は開放的な気分から熟睡してしまい、フェルゼルの襲撃に対応できなかったのだという。―― はぁ、それ本気で言ってるわけ、それ?
「おーい、ミラ!お前、俺が死んでる時に結婚の約束の話をしていたそうだな。ちょっと詳しく聞きたいから、こっちに来いよ」
ニヤニヤと、手招きをするアルディス。
先ほどは打ち損ねてしまったが、私は今一度、極炎魔法インフェルノの詠唱を始めた。
……まあ、コイツが生き返ったのは、本当に良かったんだけどね。
―― fin.
画像は、Copilotに作品を読ませ、ラストシーンを生成させたもの。
短編本体は、もちろん作者の手によるものです。
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