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この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。

第1話 オーガスト伯爵の屋敷へ


 赤ん坊の泣き喚く声は終わることを知らない。

 エルティアナは嫌気がさして、クッションを殴った。

 しかしそうしていても意味はない。

 彼女は立ち上がると、ミルクを作りにキッチンへ向かった。

 アパートのキッチンは水漏れが酷く、悪臭が漂う。

 もうこれ以上は我慢できない。

 今日こそあの男の家に行くのだ――




 そしてエルティアナはひとりの男の屋敷の前までやってきた。

 ぐずる赤ん坊を腕に抱き、着の身着のままである。

 そんな彼女を笑い、指差すものさえいる。

 エルティアナは深呼吸すると、門番に声をかけた。


………………

…………

……


「……君は、公爵家のエルティアナか?」

「ええ、私をご存知なのですね。オーガスト伯爵様」


 エルティアナは応接間へ通された。

 彼女は赤ん坊を胸に抱き、ソファに腰かけている。

 目の前の男――オーガスト・モルデントは眼鏡を光らせて彼女を見た。


「で、その子供はどうしたんだい? まさか君の子かい?」

「いいえ、この子は貴方の子です。貴方の娘なんです」

「は――」


 オーガストは虚を衝かれた。

 まさかそんな言葉が飛び出してくるとは思わなかった。

 しかしこれではっきりした。

 彼は偽りの嘲笑を浮かべて、こう言った。


「どうやら、君は気が少々変になっているようだね?」

「私が? まったくもって正気ですが?」

「どこがだ? その子は僕の子供じゃない――なぜなら、僕は君と寝たことは一度もないからだ」


 そう言い放つと、エルティアナは驚きの表情を浮かべた。

 これで目を覚ますと良いのだが……オーガストは眼鏡を上げる。


「うふふ……あはは……! 随分と頭がお花畑でいらっしゃるのね……!」


 エルティアナは少女のように笑い転げる。

 ああ、やはりこの女は狂っている。

 オーガストは帰ってもらうために使用人を呼ぼうとした。


「待って! この子はね、貴方の子よ! 間違いないわ! 貴方は一年前、仮面舞踏会で第一王子の婚約者である妹と寝たわね? その時、妹は妊娠したの! この子がその時できた子供よ!」


 オーガストは衝撃のあまり目を瞠った。

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第2話 オーガスト伯爵の屋敷にて


 彼の心臓は徐々に早鐘を打っていった。

 喉が渇いている。

 目が霞む。

 この女を――どうにか追い返さねば。


「た、確かに僕は仮面舞踏会で、君の妹と会った……しかし抱いてなど……」

「まあ、白を切るつもりですわね? 男らしくありませんわ」

「そんなことはない……そんなつもりは――」


 するとエルティアナは一枚の写真を取り出した。

 そこに映っていたのは妹とオーガストの痴態である――

 それは撮影趣味のある妹のコレクションのひとつであった。

 写真には顔も局部もはっきりと写り、これが世間に出たら破滅は免れない。


「これで、言い逃れできなくなりましたね?」


 そう言って彼女はくすくす笑った。


「くそ……! 悪魔め……! 君は悪魔のような女だ……!」

「何とでも。それより、事情を知りたいのではなくって? 今、王妃となっている妹がどうやってこの子を出産したのか」


 確かにその通りだ。

 王子の婚約者の腹が大きくなれば大事になる。

 しかしそんな醜聞は一切なかった。

 妹のメルティアナは無事に王妃になっている。

 では、一体どうやってこの子は産まれたというのか。


「分からない……。魔法でも使ったのか……?」

「あらまあ、オーガスト様の首の上についていらっしゃるのは飾りか何かでしょうか? 少し考えればお分かりになることですのに?」

「クソ……! もったいぶらずにさっさと教え給え……!」


 するとエルティアナは鏡を取り出した。

 そしてやつれてしまった自分の顔を映し、口の端を持ち上げる。

 そんな様子はやはり壊れている女を連想させ、オーガストはぞっとした。


「私達、エルティアナとメルティアナは双子ですの。そっくりの顔、そっくりの体、そっくりの声色……私達は全部全部同じなんです」


 エルティアナはそこまで言うと、鏡を握り締めた。


「だからあの性悪妹は、こんなことを計画しました! 妊娠中から出産まで、私がメルティアナになり、妹がエルティアナになる! そうして娘を出産後、まんまと王妃になったのです!」

「な、何だって!? では妹の妊娠中、君が王子の婚約者を務めていたのか!?」

「その通りですわ。オーガスト様」


 そしてエルティアナは笑顔に戻った。


「公爵家では私が妊娠し、私生児を産んだことになっています。ですから私は放蕩娘の烙印を押され、家を追い出されました」


 彼女の顔には笑顔が貼り付いているが、その手はきつく鏡を握っている。


「なので私は復讐するのです。あの妹の全てを奪ってやる」


 そして鏡が砕け散り、赤ん坊が大声で泣き始めた。

 オーガストはまるで悪魔に魅入られたかのようだった。

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第3話 国王アダム視点


 国王アダムは溜息を吐いた。

 王妃メルティアナには何の落ち度もない。

 違う――ただ、違うのだ。


 初めてメルティアナに会った時、何て高慢そうな女だろうと思った。

 その白粉の下から悪魔の顔が透けている、そんな気がした。

 アダムははっきり言って、人を見る目に自信がある。

 その人間の腹の底を覗く技術によって、ここまで生き残ったと自負している。

 だから見間違うはずはないのだ、メルティアナは悪魔のはずだった。


 しかし九ヶ月前、彼女は変わった。

 まるで二重人格のように、彼女は変わったのだ。

 宝石を見てギラギラと目を輝かせていた雌猫はもういない。

 目の前にいるのは花と歌を愛する天使の如き少女――それはまるで理想の恋人。

 だからアダムはどうにか破棄しようとしていたメルティアナとの婚約を続けることに決めたのだ。

 それからの毎日をアダムは幸せに過ごした。

 天使のメルティアナと戯れ、愛し合う日々――

 彼女となら、辛い日々さえも喜びに変わる、そう信じられた。


 しかし一ヶ月ほど前の婚礼の儀、彼女は悪魔に戻っていた。

 花嫁のヴェールを捲ると、そこには白粉に塗れた悪魔がいた。

 いや、そんなはずはない、彼女は天使だ。

 そう思っても、悪魔の気配は忍び寄ってくる。

 そして気が付くと、即物的な女が自分の妻の座に座っていた。

 しかも彼女は閨で決して裸を見せない。

 特に下半身は見られるのを嫌がる。

 一体何があるというのか?


 まさか彼女は本当に二重人格なのではないか?

 それとも悪魔に憑かれているのではないか?

 そう疑い、個人的に密偵を雇い、調べさせた。

 すると事前調査では分からなかった事実が判明した。


 病弱で部屋から出られないという彼女の姉は――双子だった。

 事前調査では無理に外へ出すと危険だと言われ、その顔も確認しなかった。

 年の離れた姉だと説明を受けていたが、それは違ったのだ。

 家族ぐるみでの隠蔽など、許せるはずもない。


 全てが氷解した今、アダムは動き出していた。

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第4話 王妃メルティアナ視点


 王妃メルティアナは今、幸せの絶頂にいた。

 私はやりおおせた、王家に知られずに子を産んだ――

 自分は今、最も輝いている女性に違いないと悦に浸っていた。


 物心ついた頃から、彼女は姉を軽視していた。

 先に生まれた姉は出来損ないで、後に生まれた自分は神の申し子。

 そう思い込むようになるほど、両親は妹だけを可愛がった。

 それもそのはず、両親はメルティアナが自分達にそっくりだと見抜いていた。

 一方、気弱な姉は妹に何かあった時のための替え玉、道具であった。

 だからメルティアナは姉を思う存分、使ってやったのだ。


 妊娠に気付いた時、産むしかないと彼女は思った。

 なぜなら堕胎には医者の手が必要である。

 もし王子の婚約者が堕胎をしたと知れたら、お仕舞だ。

 かといって、闇医者に弱みを握られるのは絶対に嫌だった。

 では自分の手で堕胎してはどうか――いいや、それは危険だ。

 この大切な命を危険に晒すなんてことはしたくない。

 だから堕胎をするなんて選択肢はなかったのだ。

 そのため、メルティアナは姉を自分の代わりに仕立て上げた。


 問題は引き籠りの姉が上手く自分の替え玉を務められるかである。

 しかし姉からの報告によれば、上手くいっていたようだった。

 実際、入れ替わった今も、問題はほとんどない。

 彼女は満足気に頷く。


 それにしても、妊娠発覚から出産までの間、姉の振りをして家に引き籠っているのはとても辛いことだった。

 そんな中、両親はメルティアナをひたすら甘やかして、ご機嫌を取ってくれた。

 だからこそ、こうして今の自分があるのだ。

 両親は役目を終えた姉を赤ん坊と共に追い出してやったらしい。

 姉には惨めな人生がお似合いと、メルティアナはほくそ笑む。


 そんなことより、今の幸せに目を向けようと彼女は目を閉じた。

 国王アダムは金髪碧眼の美男子で、最高の相手だ――これ以上は望めない。

 自分はこの国で最も栄誉な女性の地位を手に入れたのだ。

 しかしどうやら国王は勘のいい男らしい。

 結婚前と何かが違うと、事あるごとに訴えてくるのだ。

 しかし優しく微笑むと、誤魔化されるので大したことはないのだが。


 それより問題なのは出産で傷付いた箇所と妊娠線だ。

 これを見られたら、すぐに経産婦だと知られてしまう。

 だから閨では明かりを落とし、決して見ないでほしいと頼んでいた。


 まあ、それも大したことではないとメルティアナは微笑む。

 なぜなら私は神に愛されし存在――失敗や落ち度などありはしないのだ。

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第5話 オーガスト伯爵の屋敷にて


「それにしても、オーガスト様。私が公爵家のエルティアナだとよく分かりましたわね。私は社交界に顔を出したことなど、一度もなかったのに」

「メルティアナが言っていたんだよ。いけ好かない双子の姉がいるってね」

「まあ、あの子ったら私のことは家族の秘密なのに、口が軽いんだから」


 姉エルティアナは妹メルティアナの替え玉にするため、育てられたようなものだ。

 さらには両親と妹から虐待を受けてきたが、三人は体に傷が残る仕打ちはせずに、傷が残らない苦しみを与えてきた。

 水責め、電気ショック、食事抜き、眠らせない等々……様々な仕打ちを受けた。

 しかし家を出た今、自由に振る舞っても虐待されることはない。


「それではオーガスト様、この写真をバラ撒かれたくなかったら、妹を誘惑して下さい。そして私の元までおびき出して下さい」

「それは言われなくても分かるよ。ああ、バレたら首を刎ねられる」

「もし断ったら、私が首を刎ねて差し上げます」

「分かったよ。とりあえず手紙を……――」


 その時、使用人が現れて、来客を知らせた。

 どうやらまたもや素性の知れぬ客人が来たらしい。

 オーガストはエルティアナを見て、その顔色を窺った。


「私のことは後回しで構いませんわ。どうぞお招きになって」

「いいのかい? それじゃあ、その客人を呼んでくれ」


 この選択がエルティアナの人生を大きく変えるとは、誰も思っていなかった。

 やがて使用人はひとりの妙な客人を連れてきた。

 その客人は顔をマスクで覆い隠し、帽子を目深に被っていた。

 しかし身に着けているものは大層な高級品ばかりで、使用人がここまで通した理由がよく理解できた。

 ふと窓から屋敷の前を見ると、立派な馬車が停まっているのが見える。

 オーガストは客人に、顔の覆いを外すことを求めた。


「分かりました。顔を見せても、悲鳴を上げないで下さいね?」


 その声にエルティアナは嫌な予感がした。

 そして晒された顔は――


「国王陛下……!?」

「アダム様ッ……!?」


 するとアダムはにっこり微笑み、エルティアナに跪いた。


「ああ、愛しいエルティアナ。ようやく再会できたね」

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第6話 オーガスト伯爵の屋敷にて


 王妃メルティアナに双子の姉がいると判明した後――

 姉のエルティアナは公爵家にいなかった。

 アダムはすぐに追加調査を頼み、彼女の居場所と公爵家の内情を詳しく探らせた。

 やがて調査は終わり、すぐに彼女の居場所と公爵家の悪事が分かった。

 どうやら彼女は私生児を産んだ放蕩娘として、家を追い出されたらしい。

 彼女が住むのは街外れにある安いアパート。

 そこで、赤ん坊と共に暮らしているという。


 そんなエルティアナの境遇にアダムは心から同情した。

 早く救ってやらなければ――そう思い、変装をして自ら出向こうとした。

 しかし訪問直前、彼女は赤ん坊を抱いて外出する。

 どこへ行くのだろうかと後をつけてみれば、オーガスト・モルデント伯爵の屋敷へ入っていくではないか。

 彼の屋敷へ何の用があるのか。

 アダムは馬車の中から様子を窺っていたが、我慢の限界を迎えた。

 もしかしたら彼女はオーガストに金の無心に行ったのかもしれない。

 もしそのまま体を要求されていたら、どうする?

 そしてアダムは単身で乗り込むことに決めたのだ。


 やがて応接間に通されると、そこには無事な様子のエルティアナがいた。

 彼女と顔を合わせるなり、愛情が込み上げてこう囁く。


「ああ、愛しいエルティアナ。ようやく再会できたね」

「アダム様……? どうしてここに……?」

「君の後をつけていたんだ。ずっと探していたんだよ」

「私を……? どうして私なんかを……?」


 エルティアナの表情に戸惑いの色が浮かぶ。

 アダムはその前に二人の状況を尋ねた。


「それにしても、二人は一体何の話をしていたんだい?」

「そ、それは……その……――」

「エルティアナが僕に生活の援助を求めたのです」


 オーガストは即答した。

 それは嘘だったが、本当のことを喋る訳にはいかない。

 もし王妃に復讐を企てていると知られたら、それこそ首が刎ねられる。

 するとエルティアナも頷いた。


「え、ええ……恥ずかしながら……お金が尽きてしまい、妹と交流のあったオーガスト様に援助を頼みました……」

「妹と交流? まさかその赤ん坊の父親はオーガスト伯爵で、母親は我が王妃メルティアナかい?」


 その言葉にエルティアナもオーガストも固まった。

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第7話 オーガスト伯爵の屋敷にて


「こ、国王陛下……これは……このことは……――」


 オーガストは可哀想なほど怯え、震えている。

 それもそのはず、王妃と浮気して子供まで作った罪はあまりに重い。

 しかしアダムはそんなオーガストの肩を叩くと、こう言った。


「大丈夫、私は君の浮気を責めたりはしない。むしろエルティアナと知り合う機会をくれたことに感謝する」


 その言葉にオーガストとエルティアナは絶句した。

 まさかこの方は王妃を愛していない?

 二人の頭の中にそんな確信めいた考えた浮かんでいた。


「ああ、君達が察している通り、私は王妃メルティアナを愛していない。あの女はあまりに酷い。エルティアナを両親と共に虐待していた。さらには浮気した上に身籠って、その出産のために姉の君と入れ替わったんだ」

「アダム様……いつそれを……――」

「結婚後の調査だよ。メルティアナへの違和感が調査に踏み切る切欠だった」

「そんな……私と妹はそっくりですのに……」

「いいや、私はメルティアナが二重人格か、悪魔憑きかと思うほど違和感を持っていたよ。しかしその場で指摘するには至らなかった。私は勘の良さを頼りに生きてきたが、実際は大したことないのかもしれない」


 エルティアナは困惑していた。

 全て知られた――しかし彼は怒っていない。

 彼女は震える唇を動かし、こう尋ねた。


「私はアダム様を騙していたのですよ……? 憎くないのですか……?」

「憎い? そんな訳あるか。私は君を愛している」


 そしてアダムは赤ん坊を抱くエルティアナの手に触れた。


「心美しいエルティアナ、私は君のことが誰よりも好きだ。花と歌を愛し、そしてこの私にも愛情を注いでくれた優しい君。あれは全部嘘だったのかい?」

「いいえ……嘘だなんて……そんなことはありません……」

「では君は本心から私を愛してくれていたのか?」

「はい……私はアダム様を今でも愛しております……」


 エルティアナの瞳に涙が宿っている。

 アダムはそんな彼女を誰よりも可憐だと思う。


「結婚までの八ヶ月間、私の相手を務めてくれた愛しいエルティアナ。もう一度言うよ、私はあの恐ろしい妹は愛していない。君だけを心から愛している」

「あ、あぁ……――」


 アダムの言葉に、エルティアナはついに泣き出した。

 そんな様子はオーガストからすれば、悪魔の仮面を脱いだ少女に見えた。

 そして彼女が泣き止むのを待って、アダムは口を開く。

 彼の口から語られたのはあるひとつの計画。

 それは――


「実は……――」

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第8話 国王と王妃の閨


 ある夜、メルティアナはアダムの寝室に呼ばれた。

 その誘いに彼女は喜んだ――そう、明かりさえ点けなければ大丈夫だ。

 すでに一度ベッドを共にしていたが、相手は何も気付いていない。

 アダムは初めてらしいから、それで誤魔化せているのだろう。


 メルティアナはアダムだけではなく、侍女にも下腹部を見せていない。

 いつもひとりで入浴し、下着をつけてから侍女を呼んでいる。

 しかしアダムの子を孕み、やがて出産まで行き着けば、その手間もなくなる。

 妊娠線も、傷も、アダムの子を生んだ時についたと言えばいいからだ。

 出産は実家に帰ってすればいいし、きっとそんな我が儘くらいは聞いてもらえる。

 彼女はそう高を括っていた。


 そしてメルティアナは白粉を厚く塗り、めかし込んで寝室へ向かった。


「メルティアナ、来てくれてありがとう」

「いいえ、アダム様。呼んで下さるなんて、光栄です」


 そう言って抱き合った後、メルティアナの要望通り明かりが消された。

 その時、扉側から空気が流れている気配がしたが、彼女は無視した。

 やがて真っ暗な部屋の中、二人は口付けを交わす。

 そしてアダムから全裸になるように言われ、彼女は服を脱いだ。

 しかし――


「さあ、明かりを点けよ――」


 突然、アダムの声がして、部屋が明るくなった。

 しかもベッドの周囲には数名の侍女達が並んでいる。

 その侍女達は裸のメルティアナをじっと睨んでいた。

 一方、アダムは彼女の下腹部に付いた妊娠線を指差し、尋ねる。


「メルティアナ、これは何だい?」


 その言葉を聞くなり、彼女は真っ青になった。

 妊娠線を見られてしまった――それにこの状況は一体何なのか。

 しかし彼女はすぐに開き直ると、アダムに向かって文句を言い放った。


「何なんです!? 信じられませんわ! いくら国王と言えど……――」

「国王と言えど、何だい?」


 アダムはそう言いながら、手振りで指示を出した。

 侍女達は一斉にメルティアナに群がり、その腕と足を押さえる。


「では君達、彼女の下半身を調べてくれるか?」

「かしこまりました、陛下」


 そしてアダムが顔を背ける中、メルティアナの下半身が調べられた。

 彼女は抵抗しようとしたが、数人に押さえられては無理である。

 やがてひとりの年配侍女が、股を覗いて声を上げた。


「間違いありません! 王妃は数ヶ月以内に子供を産んでいます!」

「そうか。やはり君は私を裏切っていたんだね」

「ひッ……酷いッ……! 私を罪人に仕立て上げる気ねッ……!?」


 メルティアナは哀れっぽく悲鳴じみた声を上げる。

 しかしアダムの心は冷たく凍っている。

 そう、冷徹と言えるまでに――


「メルティアナ、自分自身に別れを告げるんだ」

「え……? アダム様、一体何を言っているの……?」

「君はこれから、姉のエルティアナとして国外追放される――」

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第9話 王宮庭園にて


 アダムは王宮の庭園でのびのびと両腕を伸ばした。

 こうして花々に囲まれ、鳥の声を聞くのは何か月ぶりだろう。

 その時、背後から愛しい女性の声がした。


「アダム様、一緒にお茶をしませんか?」

「ああ、メルティアナ、喜んで――」

「うふふ。さあ、参りましょう」


 そう言って、エルティアナ(・・・・・・)はにっこり微笑んだ。


 姉エルティアナと妹メルティアナ、二人は再び入れ替わった。

 しかし今度は姉のエルティアナに利がある形で――


 国外追放を言い渡された妹は泣き叫び、暴れ回った。

 それは最早発狂と言えるほどの取り乱しようだった。

 しかしそんな妹でも、屈強な男達に捕まると、大人しくなった。

 彼女はそのまま両親と共に内密に裁かれ、国外追放されたのだった。


 長きに渡る姉への虐待、王子を裏切る浮気、王家を欺く姉妹の交換、その後の姉と赤ん坊への仕打ち……全ての悪事が発覚した後も、両親は妹を庇った。

 姉のことを前妻が置いていった娘だと主張し、さらには姉の虐待現場を妹が写真として残していたにも関わらず、捏造だと喚き散らしたのだ。

 そんな両親と妹をアダムが許すはずなかった。

 三人はもう二度とこの国には戻れないだろう。

 地位も、財産も……何もかも剥奪の上での追放だった。


 一方、妹と浮気したオーガスト伯爵は寛大な措置を受けた。

 実の娘を引き取って大切に育てること、そして今回知った全ての事実を口外しないことを条件に、その浮気の罪を許されたのだ。

 彼は喜んでその申し出を受け入れ、首が刎ねられなくて済んだと呟いていた。


「どうしました? アダム様?」

「いいや、ちょっと考え事をね」


 アダムはそう言って、片目を瞑る。

 エルティアナは不思議そうに首を傾げる。

 そして彼女はアダムに顔を寄せると、声を潜めて囁いた。


(それにしても、アダム様は優しいお方ですわ。あの妹を新しい浮気相手と共に国外へ逃がして差し上げるなんて。しかも両親まで一緒に……)

(こら、エルティアナ。その話は王宮でしちゃいけないよ。妹のメルティアナのことはお姉様と呼ぶんだ)

(ごめんなさい、アダム様。分かりましたわ)


 エルティアナはそう謝って目を伏せる。

 彼女には妹がどうなったのか、真実を告げてない。

 むしろ嘘を吐いて、彼女の繊細な心を傷付けぬようにしていた。


 オーガスト伯爵の屋敷で、アダムが二人に語った計画はこうである。

 “実はメルティアナが新しい浮気相手を作り、その男と添い遂げたいと言っている。だから今度は永久に、妹と入れ替わってくれないか?”

 そのため、姉エルティアナの中では妹メルティアナはまた性懲りもなく浮気をし、アダムの手を借りつつ浮気相手と共に国外へ逃げたことになっている。

 勿論、妹にべったりの両親も一緒という設定だ。

 エルティアナはその嘘を信じ、アダムの手を取ったのだった。

 自分の嘘を素直に信じてくれるエルティアナを、アダムは可愛いと感じていた。

 そう、彼女は天使――純粋な心を持った少女なのだ。


「ああ、国外にいるお姉様もこうして幸せに暮らしているといいなぁ」

「そうだね。私の可愛いメルティアナ」


 アダムは永遠に知ることはない。

 エルティアナがオーガストを使って妹をおびき出したら、彼女を拷問して殺すつもりだったという事実を――


―END―

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― 新着の感想 ―
ラスト、姉は妹をおびき出せたとして、拷問の末に始末できたとして、その後どうするつもりだったのか… おそらく姉の心も真っ白清らかではなかったというオチにするための流れでしょうが、姉に全く権力が無い時点で…
投稿感謝です^^ 作中世界の天使がこちらの世界と同種のものであるとしたら、神もまたそうなのでしょう。 だとすると神は裏切りを許さず天使もまたそれを許さない。 だからアダムの人物鑑定眼は大したものだと…
短編の中で第1話、2話…と分けるなら普通に連載にした方が読みやすいと思いました
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