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pray nonsense(05)

 無数のコンクリートを叩く雨音。

 雨が降りしきるマンションの屋上である。縁に金網のフェンスが張られており、果てしなく閉鎖的な空間だ。あるものと言えば、入り口の上部に取り付けられた貯水タンクや、屋上の隅で低く呻る空調設備の室外機ぐらい。あちこちから弱々しく届く光源も頼りないものばかりだ。

「ううん、覚醒者(かくせいしゃ)であるお前に幾つか聞きたいことがある」

 男が言った。

「奇遇だな。俺もだ」

 俺はそう呟き、地面を蹴った。

 男へと直進する。

 が、直ぐに後ろに飛び退いた。

 俺と、突然の俺の動きに萎縮した男の中間に、銃弾が突き刺さる。

「ははっ、無駄だ」

 男は動揺を隠すように、不恰好に笑った。それから思い出したように、その右手に持った銃を俺へと向ける。

 眞山(まやま)が小さく安堵の息を漏らしたことも見逃さない。

 五メートルも離れた場所からの初動で動揺するとは、戦闘に関して連中は素人と見ていいだろう。

「こっちだって色々と準備してあるんだ」

 男は隣のビルを一瞥した。

 どうやら例の狙撃手に狙われたらしい。サイレンサーを装備しているのだろう、銃声が聞こえなかった。しかし、照準は的外れ。避けなくとも当たらない弾道だったことから、眼前の連中と同様に、狙撃手の腕も芳しくないようだ。

 加えて、今の一撃で狙撃手の位置も大体把握できた。陀多(だた)が始末するのを待たずとも、銃弾を(かわ)すことは難くない。

「だから?」

 俺は首を微かに捻り、疾走。

 加速するまでもなく、二歩目でトップスピードに乗る。

 男はやはり動揺するが、今度は発砲した。

 そこにビルからの狙撃も加わる。

 だが、まるで当たらない。

 俺は爪先から踵へと体重移動し、重心をずらしながら走る。

 時には踵を軸に回転し、斜め横に抜ける。

 それは緩急を織り交ぜた歩法。

 まるで枯葉が落ちるかのように、変則的な速度と進行方向の変化で銃弾の雨を潜り抜ける。

「当たれよ!」

 男は苛立ちを吐き出しながら発砲する。

 正面、そして斜め上方から迫る銃弾。

 構わず、俺は男に接近する。

 後頭部の更に後ろを通過する銃弾。

 ぎんっ、と銃弾がコンクリートを抉る音。

 俺の射程圏内まで、あと半歩。

 滑り込むように、摺り足で踏み込む。

 そして俺の右腕の先、銀色の刃が(きらめ)く。

 刹那、銃を持つ男の右腕を刀で切り裂いた。

 拳銃ごと吹き飛ぶ前腕。

 どろっ、と断面から溢れ出す血液。

 男が悲鳴を上げようと口を開く。

 が、その顔面に俺は左の掌底を叩き込んだ。

「ぐ、っふ、ぃっ……」

 後方に吹き飛ぶ男。そのまま濡れたコンクリートを転がる。

 俺は素早く後方飛翔、斜め上方から降る銃弾を躱す。

「糞っ、糞っ!」

 男は血に染まった口で叫んだ。腕の断面を押さえ、憤怒を宿した双眸(そうぼう)で俺を睨む。

 その腕の断面からの出血量は、時間が経つに連れて減っている。となると、この男も覚醒者ということか。

「糞、か。お前ら、揃いも揃って品がないな。やはり躾が必要らしい」

 俺は刀を振るい、べっとりと刀身に付着した血糊を払った。それから雨が打ちつけられるコンクリートを見やる。

 そこに落ちている男の腕と、その手に握られたままの拳銃。

「覚醒者との戦闘において銃器が非効率な理由は二つ」

 俺は眞山の足を刀の切っ先で差す。

「ひ、ひぃぃぃぃぃいっ!」

 奇声を発し、尻餅をつく眞山。

 先ほど銃弾に貫かれた足は、裾こそ血にまみれているものの、既に出血は見られない。

「まず、覚醒者の治癒能力の前では、拳銃の殺傷能力は余りに脆弱だ」

 拳銃は威力こそ優れているが、その効果範囲が狭過ぎる。治癒能力が低い臓腑や頭部へと確実に命中させることが出来るのなら効果的だが、覚醒者に銃弾を命中させるには相当の腕前が必要だ。そういう点では、拳銃を主な武器とする陀多の狙撃の腕前はかなり評価できる。逆を言えば、陀多と同等以上の腕前を持たない限り、覚醒者との戦闘において拳銃は戦力と成り得ない。

 眞山が急に走り出す。足が震えているのだろう、バランスを崩しながら、無様に地面を転げるように這いずる。そして地面に転がる男の腕から拳銃を剥ぎ取り、銃口を俺へと向けた。

 俺は目を細め、

「俺の話、聞いていなかったのか?」

「黙れ!」

 眞山は両手で拳銃を握る。その顔面は蒼白に染まっていた。更に、笑う膝と共に銃口が震え、まともに撃てる構えじゃない。

「聞き分けのないマウスだ」

 俺はわざとらしい溜め息を吐き、駆けた。

「来るなぁぁぁぁぁあ!」

 発狂したような悲鳴を上げ、眞山が発砲する。

 しかし、銃弾は俺の頬の横を通り過ぎる。

 体勢を崩し、地面に尻餅をつく眞山。

 第二射を発砲される前に、俺は間合いを詰め、靴の踵で眞山の顔を蹴りつけた。

 そのまま踏み付けるように、眞山の頭部を地面に叩き付ける。

 銃声が鳴り、上空に向かって銃弾が放たれた。

 目障りなその銃を、眞山の手首ごと切り落とす。

 そして耳障りに騒がれないよう、開きかけた口を踏み付けた。

「ぅぐっ……」

 眞山が呻く。

 前歯が折れ、唇が切れ、悲鳴を上げることも出来ずにただ顔面が血に(まみ)れる。

 そして、その咽喉へと俺は刀を突き立てた。

 ごりっ。

 肉や軟骨を裂き、頚椎を砕く感触が掌に伝わる。

 一拍遅れ、鮮血が噴出す。

 もう一拍遅れ、眞山の体が大きく痙攣し、やがて動かなくなった。

「し、死んだ……?」

 一部始終を見ていた男が、恐怖の声色に咽喉を震わせる。既に腕からの出血が止まり、断面がケロイド状に固まっていた。

「誰から何を聞いたのかは知らないが、まさか覚醒者が不死身とでも思っていたのか?」

 俺は眞山の咽喉から刀を抜いた。

 ごぽっ、と不快な音と共に、固体と液体とが混ざった赤黒い物体が(こぼ)れる。

「まあ、あれは意識が永遠に戻らないだけで、脳も心肺も活動を維持している。生物学的には、一概に死んだとは言い難いがな」

「う、嘘だっ、襟澤(えりさわ)が、覚醒者は不老不死だって……」

 言いかけて、男は慌てて口を閉ざした。

襟澤(えりさわ)……?」

 聞き覚えのある名前だった。

 俺は目を細め、思考を巡らせる。

「襟澤……そうか、少し前に失踪した研究者か。奴から話を聞いたのなら、詳細を知らないのも無理はない」

 一ヶ月ほど前だろうか、襟澤という研究員が失踪したという案件を耳にした。謀反や逃亡などへの対応は管轄外のため、俺が直接に関与した訳ではない。けれど、襟澤を目撃したら捕らえるように指示が出ていた。

 不意に、無線が入る。

「伽由、狙撃手は捕えた。こっちは覚醒者じゃないようだ」

 陀多からだった。

「殺したのか?」

「いや、麻酔で眠らせた」

「戻って来い、と言いたいところだが、屋内で待機していろ。他に仲間がいる可能性もある」

「了解」

 無線が切れ、俺は男を見やる。

「屋上のお友達は覚醒者じゃないらしいな」

「も、もう一人は潰れたはずじゃ、まさか他に仲間が……?」

 男が愕然とする。

「覚醒者を不死身だと言ったり、閃光弾で潰れると言ったり、矛盾した奴だ。確かに閃光弾は覚醒者に有効だろう。使い方次第では個体を潰せる可能性もある。だが、そんな愚策が俺たちに通用するはずがない」

 俺は眞山を一瞥し、

「お前もいずれあれと同じ状態になる。気休めだが、少し話してやろう」

 俺は冷静に言葉を選びながら話す。

「自ら手を出したのか襟澤に貰ったのかは知らないが、お前が体内に摂取した(みつ)は麻薬でも何でもない。アレは仮死状態のフィラデンシア原核生物という人工生物の集合体だ。それを体内に摂取すると、フィラデンシア原核生物が覚醒し、リンパ管や血管を介して体中を巡る。その際、蜜を摂取した人間の大半は拒絶反応を起こし、ショック死に至る。お前も体験しただろう。そこから、一握りの人間のみが蘇生する。その適合率は一割以下。そんな稀な存在を、覚醒者と呼ぶ。一部の人間は蜜を摂取してもショックを起こさないが、そういった人間にとってフィラデンシア原核生物は無害だ。体内で白血球に消滅させられたり、体外に排出される」

 男はただ呆然としていた。

 気にせず、俺は話を続ける。

「一度死んだはずの人間が蘇生するのは、匪核(ひかく)という器官が体内に形成され、心臓が再鼓動するからだ。メカニズムは、体中を巡るフィラデンシア原核生物が心臓の左心房左心室に集合し、凝固、細胞分裂を繰り返して組織化、そして匪核となる。匪核を持つ人間は常人では考えられないほどの治癒能力や肉体的な成長の促進、老化の抑制、身体能力の向上などの効果が見られる。それは、匪核から亜型成長(あがたせいちょう)ホルモンという物質が分泌されるからだ」

「あが、あがた……?」

 今一つ飲み込めていない顔をする男。

「亜型成長ホルモン」

 俺は溜め息混じりに呟き、

「亜型成長ホルモンとは、簡単に言えば、恒常的に身体を正常に保つ神経伝達物質だ。人間の身体を最も充実した状態に維持する、とでも言えばいいか。亜型成長ホルモンが細胞活動を活性化させ、高速かつ半永久的に高精度な細胞分裂を促すことで、高度の治癒能力や身体能力という効果をも手にする。ただし、成長はしても若返りはしない。例えば、子供が匪核を手にすると二十代で肉体的な変化を止めるが、老人が匪核を手にしてもその現状を維持するだけだ。まあ、それが課題の一つでもある」

 雨は強さを増し、雨音も騒音のようだ。

 けれど、俺は声の大きさを変えずに、

「また、亜型成長ホルモンの分泌量には個人差があり、治癒速度や身体能力、老化抑制などの度合いもそれに比例する。統計的には、単純に分泌量が多い方が顕著な能力を発揮するという結果が出ている。そして、その分泌量によって覚醒者は下位、中位、上位に分類される。研究者の間では十二段階のアルファベットで表現されるがな。中でも、上位の中でも限られた覚醒者はずば抜けた能力を手にする。高速治癒や不老、そして身体能力や研ぎ澄まされた感覚、更には思考速度さえも向上する」

 そこで俺は盛大な溜め息を吐き、

「だが、お前らは論外だ。治癒速度から推測すると、恐らく中位から上位の覚醒者並みの亜型成長ホルモンを持っているだろう。しかし、身体能力や思考がその程度。まるで話にならない。マウスとして以外、価値は皆無だ」

「マウスマウスって、何なんだよ、さっきから!」

 男が叫んだ。頭を覆っていたフードが脱げ、短い髪が雨に濡れる。

 俺は顎を上げ、見下すように男を睥睨する。

「そもそもの根源は、七十二支構想(ななじゅうにしこうそう)にある」

「七十二支構想……?」

 男の眉根が寄る。

 俺は小さく鼻で笑い、

「七十二支構想とは、ここ、冬ヶ(ふゆがみさき)で密かに進められている政府の極秘プロジェクトだ。計画が大きく七十二段階に分けられていることが名称の由来だ。最終目的は不老不死の確立。どうだ、そろそろ気付いただろう? 蜜は政府が作り出し、ばら撒いたものだ。そして俺たちは国の命令でお前たちを捕獲している。つまり冬ヶ岬は景気対策に発足されたのではなく、七十二支構想のために作られた、言わばマウスを育成するためのケージなんだよ。ちなみに、現在の七十二支構想は第十六支の仕上げを迎えている」

「そんな、襟澤はそんなこと、一言も……」

 男の眉根が寄る。どうやら、ようやく冷静さを取り戻しつつあるらしい。

「当然だ」

 俺は自身の眉間を指差す。

「特定の情報を保有する人間は、ここに爆弾を埋められている。明確な証拠がなくとも、逃亡や謀反などと判断された瞬間、情報の塊である脳を粉砕される。いかに覚醒者と言えど、亜型成長ホルモンは治癒能力を促進するだけだ。元から大した治癒能力を持たない臓器や脳髄を再生することは出来ない。要するに、襟澤はそれに値しないということだ」

 政府が極秘に遂行する七十二支構想は、情報の漏洩を最上級の危険因子と捉えている。それはつまり、後ろめたい理由があるということの裏返しでもある。この構想の場合、国民に知られることが計画そのものの崩壊に繋がってしまう。というのも、この計画は国民に何一つとして恩恵がなく、七十二支構想を企てた一握りの人間のみが恩恵を受けようとしているからだ。それも経済特別区域という偽りの政策まで行い、自らの欲望のために人体実験を行う計画など、世論の前では頓挫してしまう。

 また、その計画のために暗躍する俺たちも駒に過ぎない。いずれは周防や陀多、そして篠や俺も実験用のマウスとして利用される日が来るだろう。最前線で任務にあたる覚醒者は、それだけ優れたエージェントであり、それだけ優れた実験体であるのだ。

「ふん」

 突然、男が笑った。

 俺は目を細め、無言で男を睨む。

「たった今、お前たちの目的は露になった!」

 男はポケットから黒い物体を取り出す。

 それは通信機だった。

「今の話は全て筒抜けだ! 情報を公開し、同時に俺たちの組織も蜜の研究を行い、必ずお前たちの計画を阻止する。襟澤はそのためにお前たちの機関から逃げたんだよ!」

 男は不適に笑い、達成感に満ちた表情を浮かべた。

 しかし、俺は最近の電子機器の防水性の高さにほんの少しだけ感心していた、そのぐらいの興味と感想しかなかった。やがて、咽喉の奥から別の感情が込み上げる。

「くくっ、あははははははっ!」

 堪え切れず、俺は笑いながら天を仰いだ。

「な、何が可笑しい!」

 男が通信機を握り締めた腕を振るう。

 俺は無線に話しかける。

「篠、遠隔ジャミングだ」

「はい。私たちの回線を高周波数に切り替えますので、ノイズが大きくなります」

 今のやり取りを聞いていたであろう、無線の向こう側から冷静な声が返ってくる。

「構わない」

「では、実行します」

 一瞬、ががっ、というノイズが鼓膜を突き刺し、蚊の羽音のような甲高い音が断続的に流れ出す。

 これで男が持つ通信機は機能を失った。ここから先の会話は聞こえない。

 それに気付いたのか、男は手の中の通信機を振ったり叩いたりしている。

 俺は口元に手を添え、笑いを噛み殺す。

「それぐらい知っていたさ。うちの人材は優秀でね、俺たちが使用する周波数以外の電波が発せられていると、既に報告が入っていた。それがなくとも、お前たちの正体にも気付いていた」

 男は状況が把握できていないのか、あんぐりと口を開けたまま、目を白黒させている。

「ともあれ、これで七十二支構想は、第十六支から第十七支に移行した」

「は、は……?」

 未だに腹の底から込み上げる笑いと格闘しながら、俺は唇の端を吊り上げる。

「第十七支への移行条件は二つ。冬ヶ岬あるいは蜜の異常に気付き、匪核を持つ人間を含む組織が発生すること。そして、その組織が七十二支構想の内容を一割以上把握することだ」

 激しさを増すばかりの雨。

 しかし、不思議と嫌な気分にはならなかった。

「実を言うと、なかなか十七支に移行しないことに、上の連中が痺れを切らしていてね。俺たちとは違い、連中の命は有限だ。焦るのも無理はないがな」

 俺は男に向かって緩慢に歩き出す。

「じ、情報を公開すれば、終わりだ!」

 男は通信機を俺に投げつけた。

 俺はそれを刀で両断する。

「政府には情報規制専門の機関がある。それに、お前たちの戯言(たわごと)を、一体どれだけの人間が信じるだろうな」

 俺は半分に割れた物体を踏み付け、男に近付く。

「く、来るな……」

 恐怖したように目を見開き、首を振り、全身で拒絶を呈する男。

 俺は歩く速度を変えずに、

「ともあれ、これで七十二支構想は加速する。襟澤を始め、お前たちの組織は蜜の研究を躍起になって行うだろう。いずれ、必然的に俺たちとお前たちの戦闘も勃発し、激化する。すると競うように互いの研究が促進され、不老不死の確立が近付く。相乗効果という訳だ」

 男は後ずさるが、金網のフェンスにぶつかる。そして表現し難い、今にも狂いそうな表情を見せた。

 その頭の中では、様々な葛藤が行き交っているのかもしれない。飛び降りて自ら命を立つか、何も出来ずに眞山と同じ道を辿るか、どちらにしても恐怖が前提となる。そして一つだけ確かなのは、男が俺との優劣関係を理解しているということ。始めは威勢が良かったものの、すっかり戦意を喪失している。

 無知は罪だ、と以前誰かが嘲笑ったのを不意に思い出した。

 世間は、内情を知れば知るほど愕然とするもので溢れている。そして絶望の種を含んでいるものも決して少なくない。それを知らずして楽観的に生きるか、それを知って悲観的に生きるか、そもそも世間にはその二択しか用意されていないのだ。

 無知を笑った例の男のように、傲慢に胡坐を掻いていられる人間は一部に過ぎない。自己の利益をまず確保し、まるで世界中の意志決定権を手にしたかのように、ふんぞり返っている。

 だが、それを切り崩すにはまだ何もかもが足りない。

 俺自身、胸中での決着すらまともについていない状況で……、

「……ちっ」

 知らず知らず、余計な事を考えてしまった。思考は常に冷静さと暴走の可能性を孕んでいる。ましてや優れた思考速度では、壊れた振り子のように、振り幅にまるで歯止めが利かないこともある。

 俺は軽く片目を瞑り、思考を意識的に停止させた。そして、男の前で足を止める。

 屋上の縁で尻餅を着く男。無言で忙しく首を振り、屋上の下を何度も覗く。

「残念だったな」

 俺は自身の思案を振り切るように、男の咽喉に刀を突き付けた。

「俺を殺したら俺たちの情報は手に入らない。お前が殺した眞山からもな!」

「くくっ……」

 俺は口の端で嘲弄する。

「な、何が可笑しい!」

 男は唯一の腕で地面を叩いた。

「マウスには、脳と匪核さえあれば充分だ。頚椎を破壊したとしても、血管が繋がっている以上、脳と心肺の機能が失われることはない。そして心肺機能が維持されている以上、匪核も正常に活動する。それに情報なら、尋問という手間を掛けずに脳から直接取り出せばいい。まあ、使い回しが利かないのが唯一の難点だな」

「そんなこと出来る訳……」

「ないって?」

 俺は男の言葉を遮る。

「考えてもみろ。未だかつて、人類が生殖以外の方法で人工的に生物を創造した例は報告されていない。クローンや細胞培養を始めとする最先端技術も、元となる組織から作り出したものだ。フィラデンシア原核生物という生物を人工的に作り出せる機関にとって、脳から情報を抽出することは造作もない」

 生物の誕生については、波打ち際における落雷や噴火口における熱反応、太陽光による電磁波など、幾つもの仮説が提唱されているが、どれも証明されていない。もしかしたら何処かの大国が既に成功し、様々な思惑を基に機密にしているのかもしれない。しかし論点はそこではなく、生命の創造がそれだけ難解な問題だということだ。それが本国の神経科学、あるいはそれに類似及び派生する学問が優れているという証明にはならないが、ある程度の説得力は持ち合わせている。

 そして、俺の眼前で脱力する低脳な男には充分過ぎる二次元論だ。

「糞がっ……」

 男は屈辱に耐えるように、歯を食い縛った。

 その言葉に俺はまたも溜め息を吐き、

「やれやれ、躾というのはどうも難しい」

 りん、と刃が鋭利な側面を主張する。

 そして俺は、一息に男の頚椎を貫いた。

「うっ……」

 小さな呻き声を最後に、俺が刀を引き抜くと、男はコンクリートに崩れ落ちた。

 激しい雨足が破裂音にも似た音を立てる。

 眞山を見ると、頚部からの出血は止まっていた。血も雨に流され、咽喉にケロイド状の傷跡が残っていた。その胸部は定期的に上下し、呼吸を繰り返している。

 刀身の血糊を振り払い、振り返る。

 足元に転がる男の首も、既に傷口からの出血は治まりつつあり、胸部が上下していた。

「こっちは終わった。陀多、切り上げるぞ」

 俺は鞘を拾い上げ、刃を収めた。

 しかし、陀多からの応答がない。

 不審に思い、再び無線に話しかけようとしたその時だった。

 隣のビルから銃声が轟いた。

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