煌めきふたつ
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「おやあ?
……ソリス、この娘は理解していないのですか?」
「そのようです。わたくし、力不足かしら」
「いえ、仕方有りませんね。きっとお役目に舞い上がってしまったのでしょうか」
「お、お役目……?」
「性根の曲がったお嬢さん、高貴なる方々がご結婚される際、代理を立てて結婚式をされるのをご存じでない?」
急に脳に染みてきた言葉に、ビージはあんぐりと口を開けた。
代理?
代理の結婚式?
そう言えば、両親が言っていた。
代理とはいえ、未婚の若い娘が結婚式を引き受けても大丈夫なのかって。
代理なんて、そんなこと有る訳無いのに。だって、結婚式だよ? 本当でしょ? とビージは未だ理解できず混乱する。
「だ、代理って……何」
「親御さんは説明していたでしょう?」
「え、でも、冗談よね? だって、代理結婚なんておかしいし、それってアタシが愛される本物の花嫁になる為のウソでしょ?」
「代役を引き受けることが、何故本物の花嫁に? それに、誰に何時愛されて花嫁になって欲しいと頼まれたのですか?」
「それは……」
「説明は受けましたね? その上で引き受けましたね?」
「そ、そうだけど……そうじゃなくて」
「……ああ、大衆劇の演目と現実を混ぜていますか?」
「大衆……劇」
優しい口調なのに、冷え冷えとした言葉がビージに突き刺さる。
しかし後で吐かれた溜息に、彼女の頭に血が上った。
「貴女、おかしいわ。理解して引き受けてどうしてそうなるの?
貴女は単なる騎士階級の娘よね?
どうして、侯爵家の令嬢の代わりになれると思ったの?」
「だ、だから。代理なんてウソだって。祝福された結婚式を、代理なんて……」
「代理でないなら、おかしいと思わないの? 参列者も、親兄弟すら居ない結婚式なんて」
侍女の言葉もビージにめり込んでいく。
段々と指先から痺れていくようだ。
「まあ、貴女に着せた物は中古で色褪せては居るけど、中々のお品だから勘違いしたのかしら」
「え、中古……!?」
どう見ても、偶に着られる晴れ着よりも新しく上等なのに……とビージは衝撃を受けた。そう言えば、布地が薄いところが所々にあり、縫い付けられたキラキラした飾りもほつれているところがある。
「高位貴族の結婚の本番は領地で行うけれど、手続き上王都で挙式しないといけないの。
代理婚とはいえ、アレは全て侯爵家の面子の為の装束よ。貴女本人を着飾るものではないの」
「そんな……」
「ああ、折角のドレスがシワだらけね。その程度のドレス、侯爵家は下げ渡すでしょうけど……。物は大切になさいよ」
「……」
最早、ビージは話を聞く気力が失せていた。
自分は何をした?
町中で伯爵夫人になれると自慢して回った。もう戻らないからとはしゃいで……。
「ははあ、あはは。おかしい子供は育ってもおかしい。
家計が貧しいから家を助ける為、花嫁の代役を健気に受け入れる娘なんて」
「物事は複雑です。聞いていたのと違うことはよくあることですよ、ソリス」
若い男の呆れた笑い声に、ビージの頭に血が上る。他人を馬鹿にしても、馬鹿にされるのは我慢ならない性根だった。
「だ、大体侯爵家のお嬢様は王都に何故出てこられないのよ? 不具合があるの? 醜いからまさか逃げた?」
「ははあ、気が強い」
「お前のような下賤な者達がしたり顔で悪評をばら撒くから、令嬢は王都がお嫌いなの」
「げ、下賤!?」
「それに貴女、新郎もよーく知っているわよね?」
「え?」
「寝込んでいる子供に地味で面白みがないって、馬鹿にしていたものね。水も掛けた。寝込む子供をベッドから引きずり降ろした」
「な、何。何を、何で知って……」
「何ででしょう」
ビージは侍女の方を振り向いた。
地味だと思っていた服は、かなり質のいい物だった。ビージが着せられている物よりもずっと。そして、大きな青く光る石の付いた指輪を着けている。
そして、若い男にも……いつの間にか取られていた手袋を脱いだ手に同じ指輪が嵌められていた。
いや、手が若い男ではない。
女の手だ。
「……まさか」
この侍女は、男だ。そして顔も……昔、見たことがある。
それは、何年か前に事故に遭った美しい女の子で、町の騎士達が詰所で代わる代わる面倒を見ていた。
幼いビージは、自分を嫌悪していた大人が子供をチヤホヤして腹が立った。
だから、騎士達の不意を突いて寝込む子供に水を掛けたり、ベッドから引き摺り出したりした。顔が気に入らないと嫌味を言ったこともあるかもしれない。女の子でなく男の子だったかもしれない。
でも、その程度だ。殺した訳でも無いのに。
でも、その子供はある日何処かへ消えた。死んだのだと思っていたが……家へ帰ったのだったら?
それも、高貴な家に。
「あの時は虐めてくれて有難う。
貴族を貴族とも思わない平民なんて、本当に居るなんて勉強になったよ。お陰で貴族にも平民にも気を付けるようになったよ」
「違うよ、エリージェ。性根の悪い者は何処にでも潜んでるってお話でしょ。私を助けてくれたのも平民の夫婦達と子供だったのだから」
「ああ、そうだったね」
ニコリと若い男に扮した女が笑う。侍女に扮した男も笑う。口調は変わったが、どちらの笑顔にも全く温かみはない。
恐ろしくて、ビージの喉からは最早悲鳴も出なかった。
「貴族の家といっても様々でね。即座に家の権力が使える程、私は可愛がられていなかったんだ。だから君程度の嫌がらせにあの日耐えられたのかな」
「だから、成長して家を掌握出来るように頑張れたのよね」
「あ……」
侍女に扮した若い男……ソリスと呼ばれた彼の手に、少しだけチカリと光る錆びた小刀が2本握られていた。
「そうそう、自己紹介しておこう。私はビアス・ソリーズ・ジツン。君が虐めてくれて死の淵を彷徨ったお陰で奮起し、兄弟を排して伯爵になる男だ」
「そして私がエリージェ・カンディ・ホフル。ソリスの……ビアス・ジツンの妻となる女よ。
貴女がなりたかった、本物の伯爵の妻にね。羨ましい?」
よく見ると、寄り添うふたりの服装は互い違いで。
まるで一つの絵画のように美しかった。
見惚れるビージの顔に、錆びた刃物が何度も振るわれるまで、その場は静まり返っていた。
悪意は悪意として回帰したようです。