高位貴族の馬車
お読み頂き有難う御座います。お迎えの馬車が来たみたいですね。
しかし、それから三日後。
ビージがウキウキと豪華な馬車に乗り込んでいる姿を、多くの町人達が見た。
ひとつだけトゲのあるアザミの紋章が飾られた、黄金の飾りの付いた馬車が田舎町に現れたのだ。目を引かない訳が無い。
そして、ラティーナも食材の買い物をしに出た際に馬車とビージを見てしまう。
しかも古びてはいるが、やけにキラキラした服で着飾っていた。
しかし、注目すべきはそこではない。馬車に飾られた紋章だった。
「……アレは、ホフル侯爵家の紋章だわ……。
何をしたの、ビージ!」
王都でも有力な侯爵家の紋章に、ラティーナは震え上がった。ホフル侯爵家は、彼女の仕える伯爵家の寄親だ。そんな家が出てくるとなると、ビージが余程のことを……犯罪でもしでかしたに違いない。
そして彼女の親兄弟親戚が無礼討ちをされていないか心配に襲われた。
「おじさん、おばさん、イル!」
ラティーナは慌てて直ぐに買い物籠を自宅に届け、ビージの両親が居るイルの家の扉を叩く。
「はい?」
「イル! 良かったわ。無事だったのね」
「ど、どうした……」
血相を変えたラティーナに手を握られ、イルは顔を赤くしながらも面食らっていた。
しかし、それどころでは無い。
「大変なのよ、今、大通りで……」
そんな彼に構わず、慌ててラティーナは事情を説明する。
みるみる内にイルの顔色も青褪めていった。
「えっ、侯爵!? なっ……何で!?
ビージの相手って伯爵家だよな? いや、それでも雲の上の人だけど……」
「その筈、よね。
……ジツン伯爵家の令息はふたりしかいなくて、次男はもうご結婚済みだから長男の筈……。
いえ、もしかしてビージを愛人にしたいのかしら?」
「あ、愛人……? あのワガママビージを?
いや、そもそもお貴族様は、平民の愛人と結婚式なんてするのか?」
「……しないと思うわ。ジツン伯爵家は、その、平民や低位の貴族を嫌っているから」
嫌うどころか虫けら同然扱いだとは言えなかった。ジツン伯爵家と何ら関係ない町だが、此処は王都に近い。何処に誰の目が潜んでいるとも限らないのだ。迂闊なことは言えなかった。万が一の場合デージタ伯爵家に迷惑が掛かるし、命が危ない。
「騎士爵なんて、ってことか。だよなあ」
「でも、ジツン伯爵家はホフル侯爵家の寄り子なのよ。……流石に無礼討ちを寄親に頼らないわよね」
「というと、侯爵家に直接手を下させる何かをしたのか……。何やってんだよ、ビージ……」
騎士爵の無礼な娘程度には、私兵を遣わせば済む話だ。
態々侯爵家の馬車を遣わせたのは何なのか。
「叔母さんに話を聞いてみよう」
「そうね……」
今から何をしようが、平民同然の下級侍女と平民の少年に出来ることはない。
それに、ビージには誰も彼も困らされていたから、助けになど行かないだろう。
ラティーナとイルの行動も、あくまで身を守る為だった。
「もし、可能なら身を隠した方が良さそうよ。私、お仕えしてるデージタ伯爵家の侍女長様にお手紙を書いてみる。
もしかしたら、領地の端に住まわせて頂けるかも」
「ごめんな」
慌ただしく彼らが高位貴族に怯え、動く中。
その頃、ビージは自分の都合のいいように動く夢の中にいた。
引っ越しも大変ですよね。