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第9話 探偵の解答

 グレイヴスの驚くべき自白のあと、私たちは彼と警察に同行した。


 彼の犯行理由から情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地ありとして、ハーデットはボウマン刑事に可能な限りの口添えをした。ボウマン刑事の経験則からいうと、犯人の壮絶な過去と殺害の動機が考慮されるため極刑は恐らくなく、数年間を塀の中で過ごすことになるだろうとのことだった。それを聞いたハーデットは満足そうにボウマン刑事と握手を交わしていた。


 報告を終えた頃にはすでに深夜三時を過ぎていたが、私はハーデットの誘いでまた彼の部屋の同じ椅子に収まった。


「結局、最後まで付き合わせてしまったね」

「とんでもない。途中で抜けていたら結末が気になって眠れませんでしたよ」


「迷惑でなかったなら何よりだ」ハーデットは柔和に目を細めて言い、「自分で誘っておきながら、僕は捜査上の理由から、そのほとんどを明かさずに付き合わせてしまったからね。そのへんの解説をしようと思って呼んだのさ」


「それは有難いです」私の顔は嬉しさからついほころんだ。「根ほり葉ほり聞いたのじゃあ鬱陶しがられると思って控えていたものですから」


「気遣いをありがとう」そう言って立ち上がると、ハーデットはキッチンからロックグラス二つとブランディを持ってきて注いだ。


「では……そうだな、何に乾杯しよう。僕らの出会いにはすでにやったね」


「では事件の解決に」そう言って私はグラスを掲げた。


「うん、そうだね。それがいい。じゃあ、事件の解決に」続いてハーデットもグラスを掲げると、ふたりしてそれを傾けた。


「さて。事件の概要はグレイヴスが自白して聞かせてくれたから、僕はどうやって事件を解決したかを簡潔に話そうと思う。

 

 まずはそうだな、出発点としては、やはり君の絵なくしてこれほど早い解決は不可能だったというところだろうね。

 あの絵があったおかげで、グリム・ウォードブリッジの欄干らんかんに設置された巻き上げ機の正確な位置を簡単に計算することができた。完全に死体が宙に浮いていたという目撃者の証言から、犯人は霧と街灯の位置を計算に入れ、ワイヤーが光を反射しない角度を選ぶことで完全に見えないようにしていることがわかった。


 加えて、霧によって遠近感が曖昧になったことも、浮いているように錯覚させることに一役かっていたと思う。ともかく、犯人が計算によって実現したものなら、同じく計算によってワイヤーや巻き上げ機などの設置場所もわかるはずだと考えた。


 結果は君が見たとおりさ。これで犯人が小柄な建設作業員という情報が得られたわけだ。


 そしてその次は、またしても君の絵によって得た情報からエクリプス・クラブに向かったね。僕は葉巻室に入ってすぐ、ここが殺害現場だとわかったよ。あそこだけ暖炉を使用した形跡があっただけでなく、場違いに安物の葉巻の吸い殻が灰皿にあったからなんだ。


 エクリプス・クラブのような高級クラブにはちょっと似合わないほどのね。これも若い建設作業員の存在を暗示していた。


 ではなぜ、背伸びをしてまでわざわざあそこで殺害をしたのか。あのクラブで偶然によって出会ったのではなく、ここで殺害するために犯人は入会したと考えるほうが自然だ。僕らが発見した柱時計の裏に隠された秘密通路や、その先にある密輸業者が使っていたリフト等についても犯人は調査済みだったことがわかる。


 それどころか、死体を運ぶための台車なんかも用意していたわけだ。いわば、死体の空中浮遊という一種のパフォーマンスは、こうした準備が山頂に到着したとも考えられる。登山というのはとうぜん下山も込みだから、その長い山道をくだっている最中に僕らに追い付かれてしまったというわけだ。


 ただ殺すだけなら、ほんの数分で終わったはずのところ、実際にはこの殺人にどれほどの手間と時間がかかっているのか、こうして整理してみるとよくわかるだろう?」


「そうですね」私はブランディで唇を湿らし、「確かに異常なほどの手間がかけられた執念深い事件だったと思います。私も新聞の挿絵画家という職業柄、新聞が身近な分ひとよりも読むほうですが、これほどの事件はちょっと記憶にないですね。


 実はこの事件を目撃したときは……正直なところ、超自然現象によるものだと思ってました。ただハーデットさんに付いて捜査が進んでいくうちに、なんらかの精神障害をもった快楽殺人鬼の仕業かもしれない、と考え直すようになりましたが、真実は実際にグレイヴスさんの口からきいたように、身の毛もよだつような怪物への復讐劇だったわけですね」


 ハーデットは暖炉のほうを見つめながら、満足そうな、そして悲しそうな表情で無言の肯定をした。


「憎しみほど強力な、人間の原動力を僕はまだ知らないよ。これほど扱いづらいものもね」

本作をご覧いただき、誠にありがとうございました!


本作『ハーデット』はシャーロック・ホームズのように、ひとつひとつの短編が完結しつつ、全体としてひとつの長編世界を描いていくシリーズになります。


今回の短編『死体浮遊事件』はこれで完結となりますが、続くエピソードは準備が整い次第、順次公開してまいります。


引き続きお楽しみいただければ幸いです!

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