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第4話 残された一歩

 私たち三人は歩くこと一時間ほどで現場に到着した。先ほどより霧が晴れたように感じるのは清涼なミントティーを飲んだ影響だろうか。


 野次馬をかき分けて、浮遊が目撃された地点までくると、ハーデットは内ポケットから絵を取り出した。右手を顎にあて、絵と現場を交互に見ながら熟考を始めた。


「強い憎しみを感じるね」

「ハーデットさんは霊感がおありですか?」


 私の言葉を聞いたハーデットは一瞬おどろいた表情を見せたあとに軽く笑った。


「すまないんだが、これを持っていてくれないだろうか?」

「え? ああ、はい」


 ハーデットはかぶっていたホンブルグ帽を手渡すと背を向けて歩きだし、ポケットから取り出した黒い紐で金髪を後ろでにまとめあげた。そして橋の欄干に足をかけた。


「何をするんです?」驚いた私は思わず駆け寄って尋ねたが、彼はというと、こちらには目もくれず欄干らんかんの滑りやすさを確かめるような動作をしていた。


「確かめたいことがあってね」そう答え、落ちないよう欄干に手をつきながら慎重に登り始めた。私の心模様を反映するように野次馬もざわざわし始めた。


「心配は無用です」ボウマン刑事が野次馬に対し呆れたように言い放ったときには、ハーデットの姿はもう霧に包まれて見えなくなっていた。


 運よく川のほうへ落下したとしてもタダでは済まないであろう高さまで、この霧のなか登る彼はいったいどんな神経をしているのか。今までの人生で探偵という人種に出会ったことがなかったが、皆このような狂人なのであろうか。


 野次馬のざわめきが風に流れた頃、霧の中からハーデットが再び姿を現した。

「どうもありがとう」危険な行為をしたにも関わらず涼しそうな顔で帽子を受け取ると、髪をほどいて再びかぶった。


「なにか進展はあったか?」

「うん、危ない冒険をした甲斐はあった」ハーデットは膝についた土埃をはたきながら、欄干での収穫を我々にも共有してくれた。

「まず、実際に欄干を歩いてみた結果、歩行では間に合わないという結論に至った。というのも、通行人がその異様な人影に気づく前に、霧の中へと消え去る必要があるからだ。


 次に、橋の一部に巻き上げ機の設置跡が残っていた。その場所から下を覗こうにも、濃霧により視界は皆無。事件当夜の霧は今よりさらに深かった。つまり、犯人は橋の上から、霧のベールの中に身を投じていたわけだ。


 さて、ここからが肝心だ。僕は幸運なことに、土埃に残された大きな足跡を発見した。分析したところ、建設作業員用の安全靴に特徴的な靴底パターンと一致した。さらに付け加えると、足跡のそばに塗料の存在を認めた。そして僕は、同じ色をウェルモア区で塗っていることを知っている。その現場を担当している会社が、以前にちょっとした事件を解決してあげたフェアチャイルド&ウィットモア・コンストラクションでね。


 霧の中で綱渡りのごとき行動を成し遂げるその胆力と集中力から判断するに、この人物は日常的に高所作業に慣れた建設作業員だろう。

 また足跡は大きいにも関わらず、橋の欄干を走破するには小柄な体躯でなければ難しい。


 つまり、犯人は小柄で足が大きい建設作業員だ」


 自信に満ち溢れた声色でボウマン刑事にそう告げるのを、私はただただ茫然と聞き入ることしかできなかった。論理が積み上げられて次々に展開されたが、私にはよく理解できなかった。


 欄干を登るなどというのは奇人の行動に見えたが、とにかく、私の想像をはるかに超えるほど犯人に近づいたらしい。


「なるほどな。次は建設現場に行くのか?」

「普段であれば、そうして小柄で足の大きな人物を探すところだがね。ただ、僕たちにはこれがあるから」そう言って私の絵を取り出し、「今から行くのはエクリプス・クラブさ」

「なぜだ?」

「そこに犯人と被害者の接点があるからだ。絵に描かれた特殊な形のカフスを見ればわかる。楕円だえん形のメタリックなバッジをつけているのがわかるだろう?」

「ああ、確かにそうだ」と漏らしたボウマン刑事が別の警察官に呼ばれた。


「君はそっちの応援に行ってくれたまえ。僕はエヴァンスさんと行ってくる。ここから一気に真相へ近づくよ」

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