第13話 真実への道筋
彼は椅子に深く腰を沈め、ミントティーの湯気を鼻先で嗅ぎながら、白い指先でカップを弄んでいた。
「エヴァンス君、これが首なし騎士と消えた花嫁の正体だよ」
「じゃあ、つまりは偶然の産物だったと?」
「その通り。遺産を狙った卑劣な犯行からの救出劇が、首なし騎士と消えた花嫁という怪異に映ってしまったんだ」
「首なし騎士? それは何です?」ブラントが訝しげに聞いた。
「このエヴァンス君が務めている新聞社が小さく取り上げた、町の怪異ですよ。その怪異の正体というのがあなたとクラリッサさんなのです」
ハーデットは、羊飼いのスレイドが目撃してから新聞社まで伝わったおおよその流れをブラントさんに説明した。
「へえ! そんな不思議なことがあるものですかねえ」
「このような出来事は、私ですらちょっと記憶にありませんよ。しかし反対に、大金を目当てにして家族に手をかけるというのは枚挙に暇がないですがね。レジナルドが依頼にきたときから、こうなるのではないかと思っていたぐらいです」
「すると君は、最初からレジナルドさんを疑っていたというのかい?」私は思わず問いかけた。
「無論だとも」彼はわずかに笑みを浮かべた。「依頼人がこの部屋を訪れたときから、僕の中では一つの警鐘が鳴っていたのさ。だからこそ、クラリッサさんの部屋を捜査している最中、君にレジナルドのそばに居てくれと頼んだ。君は勘違いしたかもしれないが、あれは捜査の邪魔になるからではなく、彼に余計な動きをさせぬためだったのだよ」
「そうだったのか! でもレジナルドさんのどこに違和感を覚えたというんだね」
「うむ」ハーデットは懐中時計を取り出し、ちらと目を落とした。「君を焦らすのも気の毒だが、まずはクラリッサさんの安否をボウマン刑事に報告しておこう。いつまでもブラントさんを引き留めておくわけにはいかないからね」
「ご安心を」ブラントさんが応じた。「現時点においても、クラリッサの身の安全は私が保証いたします。私としても、いかにして本件を見破られたかお聞かせ願いたいものです」
「そうですか」ハーデットは満足げに頷いた。「レジナルドが依頼人として我々を訪ねてきたとき、最初に目についたのはアルコール依存症に見られる手の震えだったが、これはまあ、それほど深く考慮せず良かろうと思った。
それ以上に僕の注意を引いたのは彼の外套だ。入室後に彼が脱いだ外套、その裏地は擦り切れていたが、上流階級の紳士であれば、あれほど着古した外套を使い続けるというのは珍しい。よほどの愛着があれば別だが、彼は外套を掛ける際に雑に扱ったことから床に落としたのだ。そして落としても全く気にした様子がなかったことから、特に思い入れの品でもないのだと考えた」ハーデットは一息ついて視線を私に移し、「それと、彼の癖も気になったね」
「癖だって?」
「そう。彼は質問に答える際にシャツのカフスリンクを親指と中指で弾いていたろう? さらに、僕がわざと考えるふりをして返答を遅らせてみせると、彼は机を指先で叩き始めた。これらは神経性のもので、賭博にのめり込んだ者によく見られる癖だ」
「でも、それだけで?」
「無論、これのみで断じるのは早計すぎるというものだ。僕にとって決定的だったのは、彼の懐中時計だよ、エヴァンス君。家紋入りの立派な代物だったが、僕は時計好きを装ってそれを借り受け、そこにしっかり刻まれた質屋の印を見つけた。上流階級の人間が、家紋付きの時計を質に入れるというのは窮乏の証であり、賭博の常習を裏づけるに足る事実だった」
「ふむ、なるほど!」
「とはいえ、いくら賭博癖があろうともそれだけで罰せられることはないからね。この時点では少し警戒する程度にとどめておいた。
しかしだよ。レジナルドはよほど僕のことをみくびっていたと見えて、今度は発言のなかで重大な矛盾をやった。
それは彼が妹の異常な精神状態を訴えたその理由だ。
曰く、母の死のショックによるものだそうだが、母君が亡くなったのは一年も前のこと。だというのに、クラリッサの精神の変調はここ一、二か月のことだと本人の口から聞いた。どうにも時間軸が噛み合わないじゃないか。
クラリッサさんの部屋を捜索していたとき、帳簿の一部が発見された。彼女は亡き母の遺産の管理を任されていたようで、資産の記録は克明だった。賭博癖のある兄と、家計を預かる妹……この構図が意味するものは一つだ。つまりレジナルドが、恐らく少量のアヘンを食事や飲み物に混入させることで妹を精神病院へ入院させ、その財産の管理権を喪失するよう仕向けて財産を奪おうとした可能性があるということだ。
精神錯乱を匂わせて、妹を始末したことも考えられたが、無くなっていたシーツと消えた花嫁という目撃証言でそれは否定された」
彼はティーカップを静かに傾け、言葉を継いだ。
「ブラントさんが考案したクラリッサさんの脱出劇については、バルコニーの形状と無くなったシーツを見ればすぐにわかったよ。
――しかしブラントさん、それは相手が僕だからというだけであって、警察なんかじゃあいつまで経っても気づかないでしょうから、非常に良い計画だったと思いますよ。
ただひとつ、シーツの一部や足跡を残すことなく去れたことについては、天に感謝しなくてはなりませんがね」ハーデットは悪戯っぽい笑みを浮かべた。「さて次に我々は、目撃者である羊飼いの証言に基づき、近隣の葬儀屋を調べた。だが、ここ一週間で死者が出ていないことが確認された。これでさらに事件の輪郭がはっきりしてきた。
首なし騎士の目撃という結果から遡って思考を始めたとき、ちょうど馭者席の真上に装飾か何かがあるのではと思っていた。だからランタンの支柱のある馬車を見つけたときには心躍ったよ。思惑通りそこで、恋文と同じ筆跡を持つ男――こちらのブラントさんを見つけたというわけだ。
ちょっと長々とやり過ぎたが、まあこんなところだろう。
ブラントさん。あなたとクラリッサさんの証言があれば、警視庁のボウマン刑事と協力して証拠を集め、レジナルドと、恐らくその共犯者である精神科医もすぐに逮捕されるでしょう」
ここまでお付き合い頂きまして、ありがとうございました!
こちらで第2の事件『首なし騎士と消えた花嫁』は完結となります。
現在、第3の事件を準備中ですので、引き続きお付き合い頂ければ嬉しいです!
p.s. ★を入れてくださっている方、本当にありがとうございます!
これを励みにハーデットシリーズの執筆を頑張っていきます!




