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アレクシス・ハーデットの事件簿  作者: 牧嶋 駿
首なし騎士と消えた花嫁
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第12話 首なき騎士の真相

一介いっかいの葬儀屋である私にとって、クラリッサは高嶺たかねの花でした。出会いの話は不要かと存じますので割愛かつあいしますが、私たちには身分の違いという障壁しょうへきがありました。

 彼女はそのことをかいさない様子でしたが、私の意向を尊重してくれたので交際は秘密にしており、主に手紙でやり取りをしました。

 私は、営んでいる葬儀屋のほうが徐々に軌道きどうにのってきたので、もう少し金ができてからおおやけにしようと考えていたのです」


 その語り口が予想以上にロマンチックな調べを帯びて始まったので、私は知らず知らずのうちに話に引き込まれた。


「そんな折に、クラリッサの手紙の筆跡や調子が不自然に変わり始めました。筆跡が乱れがちで、内容も不自然に怯えているようなものになっていったのです。「この家には、私の考えを盗み見ている誰かがいる」「兄が妙な行動を取る」など、脈絡のない文が書かれていました。


 私ほどクラリッサのことを良く知る者からすれば、それが彼女自身に問題があるのではなく、彼女が何かの問題に巻き込まれているのは明らかでした。

 こうなったら手紙だけでのやり取りにこだわるのではなく、直接クラリッサを訪ねる決意をしましたが、実際は中に入ることすら叶いませんでした。ただ使用人に「お嬢様は療養中のため面会拒否です」と繰り返し告げられるだけでらちが明きませんでした。


 私の不安は確信に変わりました。


 クラリッサには、昔から仲の良いアニーという腹心の使用人がいますから、彼女にこっそり連絡を取りました。数日後に路地での密会を果たしたとき、彼女はしきりに周囲を気にしながら、ごく小さな声で教えてくれました。「お嬢様の部屋に鍵をつけたのはレジナルド様です。発作の恐れがあるから安全のためと。でも私、発作なんて見たことありません」と。彼女の目には、私だけが頼りだから何とかしてほしいという願いが確かに宿っていました。


 私は早速、レジナルドについて独自の調査を始めました。するとクラリッサの体調不良と、レジナルドの賭博癖とばくへきによる借金が膨れ上がった時期が一致していることがわかりました」


 自制された態度で淡々と語るブラントとは対照的に、私は彼の口から語られる内容に驚きを隠しきれなかった。そして何より、あの格式高い身分のレジナルドに賭博癖や借金があったというのは信じ難いことである。


「レジナルドは高利貸しに首根っこを押さえられていて、いつ競売処分にされるかわからない状況だったのです。――これであの男が、クラリッサが亡き母から管理を任された遺産を狙っているのだとわかりました」


 私はこの場で立ち上がらんばかりに体が力むのを感じた。


「遺産を奪う具体的な方法までは不明でしたが、ここまでわかればもう彼女を救出する理由としては十分です。

 クラリッサの部屋は二階ですが、部屋のバルコニーの外側下部には足をかけられるほどの突起があります。手すりにシーツを通して両端を持ち、突起に足を掛ければ、その場でかがむような姿勢を取れます。そしてあとは足場にしている突起に手をかけてぶらさがれば、三フィート程度の落下で難なく降りられると考えました」


 その説明に満足げにうなずくハーデットの傍らで、私はブラントがこれほど大胆な計画をいとも平然と語るさまに、尊敬とも畏怖いふともつかぬ感情を覚えた。


「馬車を屋敷の横の林に潜ませ、夜間に彼女が部屋から出ることができれば気づかれることなく脱出できる、そういった計画を立てたのです。私はアニーを通じて、クラリッサに小さな詩集の間に挟んだメモを届けました。それによって、君は正気だと元気づけたうえで計画を伝えたのです。


 そして……ああ、今は二十二時だから、まだあれから一日も経っていないのですね。私は深夜に自分の霊柩車で邸宅近くの林道に待機しました。

 クラリッサが白いシーツを手にしてこちらへ走ってきたとき、私は安堵しましたが、それはすぐに打ち破られました。静かな林のなかに人の気配を感じたのです」


 これは恐らく羊飼いのスレイドだろう。彼の証言とも状況が合致している。


「しかし何とか顔は見られずに済んだかと思います。クラリッサが馬車に乗り込んだのを確認するや否や私は急いで馬にひと鞭くれて、予定とは違いますが、普段よく行く暗い墓地のほう目指して走り出しました。そして遠回りをする形で、私の母の知人がいる遠方の修道院にクラリッサを匿ってもらうため向かいました。到着する頃には空は白み始めていました。少しだけクラリッサと成功の喜びと安堵を分かち合った後、寝もやらずこちらへ戻ってきたというわけです」


「なるほど、お話はよくわかりましたが、一点だけ確認させて頂きたく存じます」

「はい。なんでしょう?」

「脱出の折、誰かに見咎みとがめられそうになった際に顔を隠したと仰いましたね。具体的にはどのように?」


「どうしても姿を悟られてはならぬと、とっさに帽子をランタンの支柱へ掛けました。えりを立てて首をすくめるには邪魔でしたし、うまくすれば遠目に別人の影のように見せられると思ったのです。その瞬間、クラリッサも私の意図を悟ったのでしょう、咄嗟とっさにシーツで顔をおおい、急ぎ馬車へ飛び込んで参りました」


「やはり。思った通りでした」ハーデットは静かに言った。


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