第10話 首なし騎士への召喚状
濡れた石畳にガス灯の光が映り鈍く輝いていた。傘を小脇に抱えたハーデットは、どこか上機嫌に足を運んでいる。
「僕の頭のなかではね、エヴァンス君」ハーデットが揚々と言った。「クラリッサの部屋を訪れて一通りの捜査を終えた時点で、彼女の失踪と、あの目撃された花嫁の幻影とは、おぼろげながらも結ばれていたんだ」
「へえ! そうだったのか。私も、君をまねて色々と思考を巡らせてはみたのだがねえ」
「まあまあ。君に絵を描く能力があるように、僕には推理や観察といった能力があるというだけの話さ」
「ふむ、そう言われると悪い気はしないね」
私の言葉にハーデットは笑った。
「あと僕らに残されたのは首なし騎士の謎になるわけだが、部屋の捜査を終えた時点でもまだ幾通りかの解釈はあり得た。葬儀屋の捜査によって収穫がなければ、部屋に閉じこもって方針を再考せねばなるまいといった僕の言葉を君は覚えているだろうが、幸いこうして時間通りの夕食にありつくことができたわけさ。そして君は気づかなかっただろうが、僕はすでに首なし騎士に召喚状を送っているのだよ」
「な、なんだって?」私は思わず声を荒らげた。「召喚状? 一体いつ?」
だがハーデットは片手を軽く振り、口の端に愉快そうな笑みを浮かべただけであった。
「君には申し訳ないのだが、うまい食事と事件の話は相性が悪いからね。この扉をくぐったら事件の話なんかやめて、もっと人間らしく世俗的な話で楽しもうじゃないか」
そう言うと彼はそれ以上、一言も事件について触れようとはしなかった。
我々はそのまま夕食の席に着き、卓上では音楽や旅の逸話といった、いかにも軽妙な話をして過ごした。最初こそ事件のことが気になって話に身が入らない私であったが、ハーデットの語るところは、過去の出来事をまるで昨日の見聞のように鮮やかに描き出し、思わず耳を傾けさせる力をもっていた。やがて私はしばしのあいだ事件の影を忘れ、芸術や冒険譚といった別世界に浸りはじめたのである。
食事を愉快に終えて宿に戻ると、ハーデットは食後のミントティーを楽しみながら、あたかも舞台の開幕を待つ観客のように悠然と腰を下ろした。その落ち着き払った姿と裏腹に、私は次第に高まってきた胸の鼓動を抑えることができず、今にも首なし騎士という幻影めいた存在が現れるものかと、ひどく落ち着きを失っていた。
二十二時を過ぎたころ、重々しい音が扉を打った。