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アレクシス・ハーデットの事件簿  作者: 牧嶋 駿
首なし騎士と消えた花嫁
10/22

第1話 紙面の片隅にて

「ふむ、どうやら本当に出ているようだね」ハーデットは新聞をわずかに掲げると、私を見やって微笑を浮かべた。「端のほうに小さくではあるけれど、『首なし騎士と消えた花嫁』と。しかしエヴァンス君、きみの勤めているエンパイア・ポストは、いつから怪奇新聞になったのだ? さては、この前の『死体浮遊事件』の評判がよほど良かったと見えるね。君の装いも上等になっていっているようだし」ハーデットの小紫色の瞳が、吊るされている私の黒い外套がいとう、着用しているグレーのシャツ、黒のスラックスを捉えた。


 その瞳と金髪の取り合わせは、補色に近いので視覚的にお互いをよく引き立てている。私たち画家が、主張が強すぎるといって避けがちな組み合わせの色を嫌味なく彼はたたえていた。


「まぁ、そんなところさ」私は安楽椅子あんらくいすに身を沈め、冬の雨に冷やされた足を暖炉のほうへ投げ出しながら言った。


 実際、『死体浮遊事件』の記事は読者に好評だった。怪奇現象かと思われたものが、実は冷静な推理によって暴かれた人為的じんいてき犯罪であった、という筋書きが読者の心を捉えたのであろう。


 記事に使用する挿絵画家である私が、単なる偶然によって事件の発見者となり、この私立探偵――警視庁のボウマン刑事はハーデットを諮問しもん探偵と表現したが、ハーデット本人は私立探偵だと言っていた――の捜査に同行する事となった。それによってどの新聞社の、どの記者よりも詳細な事件の情報をもってして書いた挿絵と、臨場感のある語りがよかったのであろうと自分なりに分析した。


 あの一件以来、会社が私に求めるのは、もっぱら第二の『死体浮遊事件』であった。


 いかにして事件の詳細を知り得たのか、記者たち等は私にしつこく情報源を尋ねてきたが、ハーデット本人の意向により、彼の名は一切口外しなかった。

 

 さいわい事件のあとも彼との関係は続き、ときおり誘われては、この部屋に集まって話をしたり、ちょっと足を伸ばして街の片隅にある洒落た店で食事を共にするような間柄になった。


 したがって、私は決して遊びほうけているのではなく、これはれっきとした取材活動の一環なのである。


「あまり世俗的せぞくてきになりすぎると、品格を落とすことになるよ。でもまぁ、ひとつ読んでみようか」ハーデットはそう言うと、紙面に載った事件を読み上げ始めた。



 昨夜、ロザーク農場にて夜間の見回り中であった羊飼いの男が、異様なる光景を目撃したと、深夜の街角酒場にて声高に語り、これが耳ざとい常連客を通じて本紙のもとへ届けられた。曰く、同日深夜午前二時ごろ、黒漆の馬車に乗った首なき騎士が、白衣の花嫁らしき女性を腕に抱え、闇の中へと消えたとのこと。

 当該証言は現時点で警察当局に正式報告されておらず、また他の目撃情報も得られていないため、詳細の真偽については慎重な確認が望まれる。

 いずれにせよ、この手の「亡霊馬車」や「首なき騎士」にまつわる噂は、かねてよりノクス川流域にてささやかれていたものであり、今回の騒動はその一端を裏づけるものとして、にわかに市井の関心を集めている。



「明け方にタレコミが入ったのだろうね。急ぎで間に合わせたから、君の素晴らしい挿絵が添えられていないわけだ」

「その通りだよ。それも複数人からのタレコミといっていたね。全員がパブでの噂話から持ち込んでいるのだが、それなのに言っていることがバラバラだというので、まずは隅に小さく載せたらしい」

「言わずもがなだよ」満足そうに言って立ち上がり、雨に濡れた窓を通して外を見た。「うん、やっぱりそうだ。上等な馬車の音というのは、たとえ雨のなかであったとしても明らかにわかる。どうやら依頼人がきたようだ」

「えっ! じゃあやっぱり、この事件をやるのだね」


 そういえば、ハーデットがいつもくつろいでいるときの白シャツに加え、茶系で統一されたネクタイとベストを着用していることに気が付いた。この来客は予定されていたものらしい。


「まだ関係があると確定したわけじゃないんだが、とある失踪事件を見てほしいとボウマン刑事から電報があったんだ。この首なし事件の目撃現場と近いらしくてね」


 下宿のおかみであるティビンズ夫人が名刺をもって取り次いですぐ、扉を叩く音が聞こえた。


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