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記憶喪失になったヒロインは強制ハードモードです  作者: 春目ヨウスケ


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幕間 輝き 6






 ルキウスから見た今のミアリーは、一言で言えば、普通の女の子だった。地に足が着いているマトモな感性と良識を持った女の子。

 だが、彼からすれば何か違ったらしい。素直すぎる上に、根は善良、そして、突っついただけで、まるで金属ナトリウムを水に放り投げた時のように、大袈裟に反応する彼女が面白くてたまらないようだ。みるみるうちに、彼は彼女にどハマりしていき、彼女と出会ってからというもの、兄弟は随分変わっていった。


「……この僕が、兄弟以外で、こんなに誰かにハマるの初めて……。

 彼女といると退屈しない。暇でつまらないと思う時間が無い。それだけでも僕からしたら驚きなのに、彼女といると楽しいんだ」


 彼の世界の中心は、彼女になりつつあった。

 彼女の一挙一動をその目に焼き付けるように、毎朝ウザ絡みし、デートに行き、人嫌いだった今までが有り得ないほど積極的に彼女と関わろうとした。

 特に、あの時以来トラウマになっていたサンディアラに彼女を連れていくと言った時は、ルキウスは驚いたものだ。

 今まで、何かと価値観がズレている彼を修正する為にも、ルキウスが何度か彼に発破をかけ、説教したこともあったが、今は、彼自ら、彼女の為に本気で自分を変えようとしていた。


「兄弟、ミアリーと一緒にいるとさ。全部の景色がキラキラして見えるんだ。不思議だよね~」


 そう語る彼は明るく純粋で毎日が楽しそうで、ルキウスがよく知るどの彼とも違った。おそらくこれが彼の本当の姿なのだとルキウスは最近になって知った。


 (この世界への嫌悪感より、彼女への好感が上回ったのか……? その結果、彼の本来の性格が出たのか……。

 そうか、これが兄弟……。良い性格しているじゃないか)


 正に転機。

 彼女の存在は、彼を急速に人間らしくしていった。

 彼女の預かり知らないところで、彼女の敵を次々粛清しているのは気になったが、ルキウスは止めても結局我慢出来ずに隠れてするだけだろう彼の性格を考え、止めなかった。

 そんなことより彼がこの世界に愛着を持つことが重要だとルキウスは考えていた。

厄災の起点としてではなく、彼として人生を歩むこと。

 そのきっかけに彼女はなったのだ。

 彼が彼女を自分の中心にすればするほど、ルキウスにとっても彼女は一筋の希望の光になっていた。

 彼女がいれば、いつか彼も本当の意味で人間になれる。

 そんな気がした。



 だが、トラブルを運んでくる不良債権な女でもあった彼女は……なんと聖女になった。

 本人も不本意な選ばれ方で複雑だったようだが、ルキウスの内心も複雑だった。

 聖女は厄災を止められる唯一の存在だ。そして……厄災の起点である彼とは対局の存在。聖女からすれば彼は倒さなければならない宿敵であり、彼からすれば聖女は天敵そのものである。

 そして、聖女もまた厄災で命を落とす運命にある。

 何故、彼女なのかとルキウスは何度も考えた。

 ようやく見つけた希望もまた厄災が起こってしまえば終わる運命にある。

 ルキウスはより一層、覚悟を決めるしかなかった。


「厄災は訪れさせない……絶対に」


 彼がもし何かの拍子に、もしくは創造主の陰謀によって、起点となってしまった時、全てを守る為、ルキウスは10年をかけて日々の開発や研究の裏でその設計図を創り上げた。


「後は、俺が努力すればいいだけ。

 ミアリーにも、兄弟にも負担をかけない……。

 守ってみせる。俺は絶対に失うわけにはいかない。何もかも……」


 ルキウスの計画は完璧だった。

 しかし、この世界には足を引っ張る存在が多すぎた……。

 精霊、教会……否、そもそもこの世界に生きる全ての存在が、自分本位に生きすぎていた。全員、厄災というこの世界を壊す大災害のことを考えているというのに、だ。

 ……まるで何者かが厄災を確実にこの世界に齎す為に、人々の精神を酷く歪め、誰も彼も下衆に成り代わらせたかのようだった。そして、ルキウスという最後の人類の希望を狙って追い詰めるように、この世界のありとあらゆる存在がルキウスの邪魔ばかりし、その果てに……。

 ルキウスは死に追いやられた。














「……っ」


 ルキウスが気がつくと、そこは星空の中だった。

 白、赤、金色、様々な色をした星々がルキウスの視界を全て覆い尽くしている。

 隣には天の川が流れ、頭上には星雲が広がり、視界の端から流れ星が降ってくる。

 そんな気色をルキウスはぼんやりと仰向けに宙を漂いながら見ていた。


「……ここは、まさか……」


 この宙はルキウスにとって馴染み深い場所だった。

 ルキウスが兄弟と出会う少し前に、偶然見つけた空間。

 世界と魔力を通じて共鳴した先にあった空の向こう側……幼い頃、父に一目会いたくてたまらなかったルキウスは、よくここに来ていた。一面、星空のここに来れば、メトシェラの気配だけでも感じ取れる気がしたのだ。しかし、結局、ここはただの星空でしかなく、いくら通っても星は光り輝いているだけで、幼いルキウスの心を埋めてくれることはなかった。

 しかし、何故か今、そこにいる。

 ルキウスは頭を抱えた。

 ミアリーを連れて逃げ出そうとしたまでは記憶にあるが、そこから何が起こったのか……思い返すが、走っている最中、体に激しい痛みが走った辺りで記憶は抜けていた。


「誰かに襲われた……?

 っ! 待て! じゃあ、ミアリーは、兄弟はどうした!?」


 慌てて元の場所に帰ろうと、ルキウスはその手を空間に繋げようとする。

 しかし、その時気づいた。


「……っ!」


 手に付けていたはずの手袋がない。

 自分の衣服をまさぐるがどこにも無かった。その上……魔力を自分から感じない。

 ルキウスは瞠目するしかなかった。

 ミアリーを救うため魔力をほぼ使い切ったとはいえ、微々たるものだがこの体に残っていた筈だった。

 だが、それが無い。

 まるで最初からこの身体の中にそんなもの存在していなかったかのように、そこには何も無かった。

 これでは2人のいる場所に帰れない。


「ここにいる場合じゃないってのに! 俺は! まだ!」


 しかし、どうにもならない。

 この空間から出ることも、向こうと連絡を取る手段もない。

 更に、悪い物事は積み重なっていく。

 その時、ルキウスは気づいた。


「……!」


 こんなに焦っているのに、体の反応が異常なまでに薄く、心臓すら跳ねていないことに。

 心臓に手を当てる。すると、脈すら感じず、ルキウスのその顔は青ざめることもなかった。


「……まさか」


 回転の早いルキウスの頭は最悪な結論に至る。


「死んだのか……?」


 信じられなかった。

 自分が既に死んでいるなど。

 しかし、そうでなくては魔力の異常も体の異変も説明できない。

 ルキウスは目の前が真っ暗になったようだった。


「認めない……!」


 その声は、拒絶だった。


「俺は何も成しちゃいない! まだ彼女を助けていない! 兄弟も! 世界も! 未来もまだ!」


 拳を握る。これ以上ないほど握る。しかし、いつ血が出てもおかしくないというのに、その体からは血が出ることはなかった。


「俺が大切にしているものは何一つ!救えていない!

 こんな未来、認められるか!」


 だが、ルキウスはこの宙で立ち上がる。

 魔力が無くとも命が無くとも彼は諦められなかった。

 この宙のその向こうに自分の世界があるのは分かっている。


「俺はやらないといけない!

 託されたんだ、父さんから!俺の未来でもあるこの未来を!

 死んだくらい(この程度)で、諦められるか! 」


 彼は叫ぶ。この宙に、この場所に、過去の人を思い、先に進もうとする。

 その瞬間だった。




「……うん、諦められないよね」




 自分の背後から聞こえたその声に、ルキウスは目を見開く。

 この宙を蹴り上げかけた足が止まる。

 その声に心当たりはない。1度だって聞いたことは無い。

 だが……その雰囲気を、ルキウスは何度も感じ取ったことがある。

 ルキウスはそっと後ろを振り向いた。


「分かるよ、何も諦められない気持ち。

 僕も諦めがとっても悪いんだ……ルディアから、そこが美点だって褒められたから良いけれどね。ずっと未練がましく引きずっている。

 そう、僕も、愛も、希望も、未来も、何一つ……何一つとして()()()()()()()()……そう、例えば……」


 そこには、白銀のローブを身に纏った美丈夫が立っていた。

 見事な彫像のように完成された八頭身の長身、白銀から金色へと移り変わる艶やかな髪、満月のような輝かしい肌、鼻筋の通った芸術品のような顔……そして、その目は、ルキウスと同じように、暁の空をそのまま嵌めたような瞳をしていた。





「自分の息子に、一目会いたいという願いもね……」





 確かに、ルキウスは願っていた。

 一目見たいと。

 こんなに自分を愛して、大事にしてくれる人なのに、その姿を知らない。

 だからこそ会いたかった。

 だが、いざ本人を目の前にしたら、ルキウスは言葉を失って、ずっと見たかったその姿を見上げながら、呆然と立っていることしか出来なかった。

 その人に言いたいことも聞きたいこともあった筈だった。

 しかし、込み上げる感情に口は動かず、あまりの驚きに体は動かず、ただ彼を見ていることしか出来なかった。

 だが、そんなルキウスを笑う人間も咎める人間もここにはいない。

 目の前のその人は一歩ずつ、この宙を歩いて、ルキウスに近づくと、未だ何も言えない彼の頬に手を添えた。


「ようやく、触れられた……」


「……っ」


「ずっと、ずっと2つしかなかった

 ボヤけたレンズで、君を観測するか、ルディアのお腹に触れるか、その2つしか僕には選択肢がなかった。

君を感じるには、僕にはそれしか……」


「…………!」


「……顔、ルディアにそっくりだ。目は、僕か。

あぁ、本当に僕らの子どもなんだね……。

 背もこんなに大きくて、ルディアのお腹の中にいたとは思えない。それだけ時間が経って、君が成長したってことなんだね……。

 ルディアがちょっとずるいや。見たかったな……この目で直接……」


「……!」


 その言葉にルキウスはそっと自分の頬に触れるその手に自分の手を重ねた。

 触れられるはずのなかったその手に触れ、ルキウスは息を飲む。体温はないはずなのに、確かにそこに温もりを感じた。


「父さん……。俺も、貴方を直接見たかった……」


「…………」


「手紙もプレゼントもずっと楽しみだった。貴方から貰えるそれが嬉しかった。だが、手紙をもらっても、プレゼントをもらっても、貴方の体温も、貴方の声も、貴方の顔も……まるで、分からないんだ。

 実の父親なのに、貴方の心しか俺は知らなかった……貴方にずっと会いたかった……。傍に、いて欲しかったんだ……」


 この僅かな温もりを覚えておこうと、ルキウスは目を閉じる。

 その瞬間、ルキウスはその人に抱きしめられた。


「!」


「僕はね。先が欲しかった」


 分厚くも薄くもないその身体がルキウスを抱きしめ、その右手がルキウスの頭を撫でた。

 愛おしそうに、何度も……。


「この宙の探査機として作られた僕は、長い、本当に長い間、独りで生きるしかなかった。

 だけど、運用終了して、偶然、君の世界に落ちて、ルディアと出会って……。

 僕の人生、これからだったんだ。

 ずっと欲しかった、愛する人が……家族が、ずっと。それがようやく手に入って、これからだったんだよ……全部……。

 君の手を引いて歩きたかった。ルディアと一緒に歳を取りたかった。誕生日をみんなで祝いたかった。そして、当たり前に毎日、君の名前を呼んで、君に父さんと呼ばれたかった……。

 ……ずっと傍にいたかった……。

 お別れなんてしたくなかった……。

 でも、運用終了した旧型の僕に残された時間はあまりに少なかった。どうしても無理だった……どんなに願っても、生まれたての君にすら会えなかった」


 震える声で抱きしめるその力はとても強く、彼の愛が、彼の無念が、伝わるようだった。


「ルキウス」


 そっと名前を呼ばれ、ルキウスは顔を上げる。

 そこには今にも泣き出しそうな顔をしたその人がいた。


「……だからね、代わりに君の為に僕の時間を使うことにした。それが君の為に僕が出来る唯一の事だったから」


「父さん……」


「手を貸して」


 抱きしめていたその手が離れ、恐る恐る差し出されたルキウスの手に重ねられる。

 柔い、しかし、頼もしいその両手が、ルキウスの手を覆った時、眩い光がその手から放たれた。


「! 父さん、何を?」


 彼から放たれる光が一層強くなる。

 暁の瞳が細められ、ルキウスの手を握る力が、強くなる。


「僕は知ってたんだ。

 今日この日、君が死ぬことを」


 その言葉にルキウスは目を見開いた。


「君も察していただろうけど、厄災が起これば、君が大切にしていたものは全て失う。

……そう、君自身もそこに含まれていたんだ。

 だから、君には奮闘してもらうしかなかった。

 厄災を回避しないと君も未来もないから……だけど……」


 ルキウスはそこで察した。

 厄災は起こってしまったのだろう。ルキウスは失敗したのだ。回避出来なかった。

 どういう原因で起こったのかも分かる。自分もミアリーも……死んでしまったのだろう。ルキウスはミアリーを守りきれなかった。

 そして、ルキウスの大切な兄弟は……。

 絶望し膝から崩れ落ちそうになるルキウス。しかし、その人は手を握って支えて、首を横に振った。


「大丈夫だよ。ルキウス。

 まだ君は何も失っていない……むしろ、本番はここからだ」


「……!」


「聞いて、ルキウス。

 ここは精神宇宙(インナースペース)。全ての世界が繋がる所であり、全ての時間が混ざった場所。

 ここには、こうして生死の境すら超えて僕と君が出会えるくらい、様々な時間軸が流れている。

 僕ら星はその時間軸を移動することで様々な世界を往来しているんだ。中でも探査機である僕はもっと正確かつ詳細に様々な世界を往来できるように特別な力を持っている。

 その力を、君に渡す……文字通り、全部ね」


「…………!」


 彼の両手からルキウスの手に温もりが、力が伝わる。

 すると、温かな光の中で、その人の輪郭が少しずつ崩れ出した。彼の頬、首、ローブに至るまで、小さな白い欠片となって、光の中に消えていく。


「父さん! ダメだ!」


 ルキウスは止めようと、彼から手を離そうとする。

 しかし、未だ力強い、その両手が引き止めた。


「手紙で書いていただろ? 僕の全てを渡すって……約束を果たす時が来たんだよ、今」


「!」


「それに、僕はね、僕の大切な息子が、こんなところで、死ぬなんて許せない。

 君の願いは何も叶っていないのに、君の幸せはまだこれからなのに、何もなしえないまま終わるなんて、僕が許さない。

 ……未練がましく引きずって泣くのは僕だけでいい」


 彼の両手から、ルキウスの手を通って、魔力があったその場所に光り輝く温かな力が満ちていく。

 だが、満ちていくと同時に、彼から形が消えていき、色彩も消え、明度もなくなり、その美しかった全てがくすんでいく。

 ルキウスの瞳が揺れる。目の前で自ら死に迫っていく最愛の父を、見てられなかった。


「嫌だ……! ようやく会えたのに、やっと貴方に触れられたのに、どうして……!」


「…………()だからね」


「……!」


「子どもより先に死んじゃうんだ、親ってものは。

 でも、そうだよね……寂しいよね。僕が寂しいんだ。君はもっと寂しいよね……。

 そうだな、じゃあ、託したいものは全部託しているから……」


 彼の額がルキウスの額にくっつく。

 暁の瞳と夜明けの瞳が重なり、彼は祈るように、語り聞かせるように、彼の、世界にたった1人しかない、最愛の息子に告げた。


「全てが終わったら、僕の大事な息子(ルキウス)には、毎日、幸せに暮らして欲しい」


「父さん……」


「どんな人生を送ったっていい……それが君にとって幸せなものであれば、()()()()はこれ以上望むものはない。

 笑って、怒って、好きなものに熱中して……たまに悩んだり苦しんだりすることもあるだろうけど、それでも明るく明日に向かって、やってくる朝日を楽しみに出来るような、そんな毎日を送ってほしい……」


 彼の体の半分、また半分と、星屑になっていく。輝かしかった体は完全にくすみ、暁の瞳からも少しずつ光が消えていく。だが、ルキウスの手を握るその手はいつまでも力強かった。


「僕らの、大事な子。

僕はルディアと一緒に、君を見守っているよ、いつまでもずっと……」


 光が完全にルキウスのものになる。

 その前に、最期に彼は笑顔で……。


「ルキウス、大好き」


 そう真っ直ぐで純粋な愛だけを告げて、消えていった。






 満天の星空が、360度、広がっている。

 この宙には、生まれたばかりの若い星や死が近づく老いた星、星同士ぶつかり合い大きな星になった星、爆発してしまい塵になった星など、様々な星がある。

 その星々に同じ色は一つとして無く、光の強さも輝き方も違う。

 そう、この宇宙のどこにも同じ星はないのだ。当然、同じ物語を持った星もこの宙のどこにもない。あるのは千差満別の美しさ、輝かしさだけ。

 そして、今、この宙に、新しい物語と輝きを持った星が生まれた。


「…………」


 先程まで力強く握られていたというのに、もうその手には熱すら残っていない。

 空っぽになったその手に、雫が落ちた。

 震える手でも分かるほど温かい雫、それが手のひらにじんわりと広がっていく。

 それと同時に、胸の奥から、確かに、鼓動が聞こえた。


「…………あぁ、分かったよ、父さん」


 握られていた手を胸に当てる。

 その手にはいつのまにか黒い手袋が嵌められていた。


「俺は幸せになる……。

 あんな下らない事で、足止めくらっている場合じゃない。

 貴方の願うように、幸福に、我儘に生きるさ」


 手のひらに力を込める。

 この宙に向かい、星は飛ぼうとしていた。


「呼応しろ、世界」


 その瞳は、この星空に、金に光り輝いた。






 

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